諸人美術館 大広間 1
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。路明
百目鬼が腕時計を見る。
「六時からだそうだ。あと十五分くらいか」
インカムを直す。
窓の外は、少し薄暗くなりはじめていた。
六時からはじまって、八時におひらきと聞いている。
花織たちも帰りはそれほど遅くはならなそうだと誠はホッとした。
「イベント会社さんも分かってっから、おまえらはテーブルにカクテル運んで置くくらいでいいとよ。なるべく自然にやれ」
「はい」
誠はそう返事をした。
大広間の出入口の大きな扉のまえで、イベント会社のスタッフが二、三人、そわそわと生き来している。
腕時計を見つつ会話を交わしたあと、ゆっくりと大広間の扉を開けた。
「そろそろ客入れんのか」
百目鬼がそちらを見た。
廊下の向こうに設置された受付ブースでは、ベストにタイトスカート姿の美術館のスタッフが席についている。
マスカレードマスクもいくつか用意されているようだ。
「――んじゃな。俺は厨房の廊下んとこにいっからよ。何かあったら知らせろ」
百目鬼が手をふって立ち去る。
「はい」
誠はインカムを直した。
「人見、あれ呼んでね?」
八十島が返事のあとにそうつづける。
示されたほうをみると、バックヤードの出入口からバーテンダーの格好をした人物が手招きしている。
「カクテル作ったから運べってことじゃね? もしかしてけっこうこき使う気でいんのか?」
八十島がそちらに向かいながらつぶやく。
誠は早足で追った。
「考えてみりゃ自給払う必要ねえバイトだもんな、イベント会社にしてみりゃ」
八十島が苦笑いする。
そういうことなんだろうかと誠は軽く眉をよせた。
バックヤードに入ると、ステンレスの作業台や棚、シンク、数台の冷蔵庫などがならぶ光景が目に入る。
「カクテルどこっすかー?」
八十島が奥のほうに向かって声を張った。
「ああ、そこ。作業台の上に置いたから」
奥から出てきたさきほどのバーテンダーと思われる男性が、作業台のはしのほうを指す。
数枚のトレーのうえに、きれいなイエローオレンジのカクテルが入ったグラスがならんでいる。
その横にあるトレーにならんでいるのは、すこし雰囲気のちがうストロベリーレッドのカクテル。
「きっれー。こういう本格的なのあんまナマで見たことなかった」
八十島が声を上げる。
「あれ……」
誠は、バーテンダーの格好をした男性を見つめた。
以前見かけたことがある。
商店街のハロウィンのイベントのさい、酒々井といっしょにいた男性だ。
やはり花織が工事現場で酒々井を見たさいに同行していた男性というのはこの人物か。
「オレンジのやつが “ニュー・イヤーズ・ミモザ” 、赤いやつが “マスカレード” ね、イケメンさん」
バックヤードの出入口から、聞き覚えのある男性の声が聞こえる。
誠はふりむいた。
酒々井 令人だ。
バックヤード出入口のたて枠に手をかけ、体をあずけるようにして立っていた。
きょうもいつものごとく舎弟をつれているが、服装は白のフォーマルスーツだ。
「ここの “再出発” と、イベントの仮面舞踏会にちなんだカクテルね。――ちなみにぼくが好きなのは “カミカゼ” だけど、カクテル言葉が “あなたを救う” って、アメリカ人がつくったにしてはロマンチックじゃない?」
そう解説する。
ゆっくりと誠に近づくと、顎をしゃくり煽るような目で見た。
「似合うねえ、イケメンさん」
誠はさりげなく目をそらして無視した。
酒々井が八十島のほうをみる。
「そちらは? 弟さん?」
童顔を気にしている八十島は、ふだんならここで口をとがらせてでもいそうなのだが、こちらの表情で不穏なものを察したのか目配せしてくる。
誠は軽くうなずいた。
「そこにいるのは、ぼくがむかしから飲みに行っていたバーのバーテンダーで、伊吹くん。――一般人だからいじめないであげてね」
無言で応じる二人の顔をながめると、酒々井はフッと鼻で笑った。
「百目鬼さんと離れるの待ってたよ」
そう言いクスクスと笑う。
無視をつづける誠の顔をしばらくながめると、舎弟に目配せしてきびすを返した。
大広間のほうに靴音が遠ざかっていく。
「……だれあれ」
八十島が不審そうに眉をひそめる。
「酒々井 令人」
誠は答えた。
「あれが」
八十島が酒々井の去った方向をもういちど見る。
「イメージしてたのとかなり違ったわ。イケオジなのな。おっしゃれ」
「別邸に踏みこんだとき見なかった?」
誠はふたたび作業台のほうに向き直った。
酒々井が伊吹という名だと紹介したバーテンダーが、何ごともなかったようにカクテルを「おねがいね」というふうに目で指ししめす。
誠は会釈した。
「あんときは見なかったな。俺、外いたし」
八十島がオレンジ色のニュー・イヤーズ・ミモザのカクテルの乗ったトレーを手にする。
指先で格好よく持つのかと思いきや、ふつうにファミレスのような持ちかただった。
あれでいいのか。
誠もマスカレードのカクテルのトレーをふつうに持った。




