余目総合病院 待合室 4
「よし、突入!」
百目鬼の声がした。
玄関のガラスドアが開き、ジェラルミンケースを肩に下げた鑑識係員が数人、駆け足で病院内に入ってくる。
誠を押しのけると、ジェラルミンケースを防護盾代わりに四方から押しつけるようにして強盗を取り押さえた。
中年の鑑識係員が、床におさえられた強盗の手から登山ナイフをもぎ取る。
「百目鬼ちゃん」
そう声をかけて、百目鬼の足もとのほうに床をすべらせた。
百目鬼が手袋をつけ、かがんで拾う。
そういえば鑑識係員を待っていたのだったと誠は思いだした。
すでに到着していたのか。
「あんな大っきなナイフ持ってるやつに一人で素手とか、あっぶないでしょ、人見くん」
中年の鑑識係員が苦笑する。
「なに百目鬼ちゃん、いつもそういうことやらせんの?」
「いつもじゃねえ、ときどきだ」
百目鬼が吐き捨てる。
じっさいには逮捕時の流れで一、二度ほどだ。誠は苦笑いした。
百目鬼がさきほど受付の女性が試験管を落として割った場所に歩みより、しゃがんで床の鮮血をながめる。
「あーあ、せっかくの物証が――と思ったら、血糊じゃねえか、これ」
「え!」
床におさえられた強盗が顔を上げて目を丸くする。
百目鬼がそちらを見て目をすがめた。
「おい、応援の車まだか。はよこいつ乗せろ」
「いま到着しました」
若い鑑識係員が外を見て声を上げる。
「血糊……」
両わきを鑑識係員に引かれ、強盗が何度もふり返りながら屋外に連れだされる。
サングラスを外された素顔は、やはり十代ではないかと思われるほど幼さがのこる。
「んで何で血糊ぶちまけられてんだ? あれの要求なんだった」
百目鬼がガラスドアの外をながめて問う。
「要求は “四津谷 和人” の採血した血液を渡せとのことでした」
誠は答えた。
百目鬼が軽く目を見開く。
「んじゃ、あれが三上 徹?」
「どうなんでしょう……。二河原や高群 遥さんの話を聞くかぎりでは、三上は四、五十代くらいとのことですが」
百目鬼が駐車場のほうに連れられて行く強盗の姿をあらためてながめる。
「どう見たってDKくらいだよな、あれ。男子高生」
やはりそのくらいに見えるかと誠は思った。
「さすがですねー。やっぱ血糊とほんものの血液って、ひと目で違い分かりますか」
花織がしゃがんで血糊をまじまじと見る。
「粘度がちがう」
百目鬼がみじかくそう答えた。
「 花織さん、“生血”って言ってなかった? なにか打ち合わせしてたの?」
ガラスドアの向こう。
強盗を乗せた応援の車が発進する様子を誠はながめた。
「 “生血” は血糊のべつの言いかたの一つです。いろいろ言いかたがあるんで迷ったんですけど、“フェイクブラッド” じゃバレちゃうでしょ?」
花織がしゃがんだ格好でこちらを見上げる。
「なるほど」
誠はそう応じた。
「つか何で病院に血糊があるんだ。プラシーボ効果にでも使うのか?」
百目鬼が尋ねる。
どう使うんだろうと誠は宙を見上げた。
「本日、看護師長の介田さんがお誕生日でして。スタッフの方々と示し合わせてドッキリからのサプライズをやろうと、きのうから血液用冷蔵庫に仕込んでたんですよね」
誠は鼻白んだ。
百目鬼が花織に背を向け、イヤそうな顔でスラックスのポケットに手を入れている。
ドッキリに試験管入りの血糊を使って血液用冷蔵庫にしのばせておく女子高生。
ちょっとイヤな気持ちは分かる。
「おかげで仕込み直しです。それともほかのドッキリ考えようかなあ」
花織が顎に手をあててスタッフステーションの奥のほうを見る。
どんなドッキリのつもりだったのか。なんか考えたくない。
「ともかくこっちは “四津谷 和人” の血液受けとりにきたんだ。はじめの話にもどるべ、人見」
「はい……」
誠は眉根をよせながらそう返事をした。
それもそうだ。
花織の仕掛けるドッキリがホラーだったりスプラッタであったとしても、とりあえず犯罪ではない。
「嬢ちゃんは事情聴くために連れ帰ることになるけどな」
花織が「わたし?」というふうに自身を指さす。誠はうなずきを返した。
百目鬼がスタッフステーションのほうに歩みよる。
上着の内ポケットから警察手帳をとりだして提示した。待合室にいた鑑識係員たちに、スタッフステーションのなかに入るよううながす。
「調書とるから署にきてもらうことになるんだけど、僕らの車でいい?」
誠は花織に尋ねた。
「うーん、ドッキリの仕込みの時間とりたいですけど……」
花織が腕を組んだ。




