余目総合病院 待合室 3
「……そんなんじゃないですよ」
誠は強盗の言葉を否定して苦笑してみせた。
「妹が心配で、はやく解決してあげたいと思うあまり。すみません」
そう答えるが、強盗は表情をさぐるようにこちらをじっと見ている。
「お兄ちゃん……」
花織がうるうると目をうるませた。
意図的に目をうるませられるのは知っている。
そんな手助けはいいからと内心で告げつつあきれた。
「あの、もしよろしければ、妹の代わりに僕が人質ではいけませんか」
誠はそう提案した。
どちらにしろ百目鬼は、時間がかかれば様子を見に来るだろう。
それまでこの場にいる人間の安全をはかりつつ時間が稼げれば。
強盗がじっと誠を見る。
ややして花織をグッと引きよせた。
「……刑事じゃないにしたって、男じゃ反撃されるかもだし」
だよな、そう考えるよなと誠は思った。
チラチラと玄関口のガラスドアをうかがう。
百目鬼はまだ様子を見に来ないか。
五分も待たせれば「遅いっ!」と喝を入れてきそうなイメージだが、意外とそうでもなかったんだなと思う。
強盗が同じく玄関口を見る。
「……だれか来んのか」
「あ、いえ」
誠は強盗のほうに向きなおり否定した。
「応援とか? やっぱあんた警察なんじゃ」
「いえそんな」
誠は愛想笑いをした。
「いいから、はやく四津谷 和人の血液よこせ!!!」
強盗が絶叫する。
花織の首を腕でググッと絞めて上向かせた。
「くっ、ちょっ……!」
「花織さ――花織!」
誠は思わず駆けよろうとした。
相手は一人だ。隙をみて飛びかかれば。
だがその一瞬で花織を傷つけられたらどうする。
誠は足を半歩ほど出しかけて、すぐに引いた。
「ちょっ、やだ苦し……。受川さん、も、やだ。生血渡して。おねがい」
花織が強盗の腕に小ぶりの手をかけ、受付の女性にそう懇願する。
「でも花織さ……」
「生血。受川さん」
受付の女性が心配そうに花織とやりとりをしたが、ややして真顔になると「分かりました」と言ってスタッフステーションの奥を見た。
「生血です。花織さんが出してくれと」
そう看護師に伝えている声が聞こえる。
「なにあんた、ここで何か権限あんの?」
強盗が花織に問う。
「院長の娘」
花織が唇をとがらせて名乗った。
「お嬢さまなんだ。んじゃ、お兄さん医者かなんか?」
強盗が誠のほうを見る。
「えと」
誠は困惑した。そこまでの設定は考えてなかった。
「お兄ちゃん、研修医」
花織がそう答える。
刑事という疑いを逸らしてくれたのはありがたいが、医療のことを聞かれたらどうしたらいいんだ。
誠は軽く目を泳がせた。
「へえ。やたら落ちついてるから刑事かと思ったけど」
「毎日スプラッタ見てるから。メッタ刺しの患者さん治療したあとに平気でお刺身食べちゃうし」
「なるほどねぇ」
強盗がそう応じる。
花織も花織だが、強盗もなにを納得しているんだろうと誠は鼻白んだ。
玄関のガラスドアの外を、何かが横切った気がした。
目だけを動かし、横目でそちらを見やる。
百目鬼だ。
強盗からは見えない位置に立ち、しきりに強盗のほうを指している。
誠が気づいたと分かると、こんどは指を一本立てた。
「強盗は一人か」という意味か。
うなずくと怪しまれるので、誠はさりげなくうしろに手を組んだ。
親指と人差し指で輪を作ろうとしたが、もしかしたら意味を間違われるだろうかと思い、上に向けて親指を出す。
百目鬼がうなずいて姿を消した。
「生血です」
「あ、じゃ、わたしが持っていきます」
「気をつけて。受川さん」
スタッフステーションの奥から、受付の女性と看護師のやりとりが聞こえる。
カウンターの一角にある小さなスイングドアを開けて、さきほどの受付の女性が一本だけ試験管をさした試験管ラックを運んでくる。
誠に目配せした気がした。
「持ってきました」
「受川さーん!」
花織が強盗の腕に首を締められ天井を向きながら声を上げる。
「きゃ!」
受付の女性が途中で床につまずき、試験管ラックから試験管を落とす。
カシャンと軽い音がして床一面に鮮血がこぼれた。
「あ!」
強盗が動揺して床に目を落とす。
花織から登山ナイフが離れた。
とっさに花織が関節技を決めようとしたのか、強盗の腕に手をのばす。
誠は床を蹴った。
「花織さん、どいて! 逃げて!」
花織の肩をつかみうしろに退かせ、上着を脱いで腕に巻いた。




