余目総合病院 待合室 2
「かお……!」
一瞬動揺したが、誠は自身を落ちつかせた。
花織を人質にとった男と、待合室にいる人々の様子をうかがう。
花織の頬には、大型の登山ナイフのようなものが突きつけられていた。
いちおうこういったことに遭遇したさいのことはレクチャーされている。
受付の女性が、「警察のかたですよね」というふうな期待する表情をこちらに向けたが、多くの場合は警察官と名乗ると強盗を刺激することになるので、まずは名乗らないほうがいい。
「やめたほうがいいですよ、そこの人――」
花織が、強気で強盗に告げる。
「かお――花織!」
「そこの人は刑事」と言おうとしているのだと察して、誠は花織の言葉をさえぎった。
「すみません。妹を離してくれませんか」
強盗にそう告げる。
受付の女性が、「え?」という感じにかすかに息をのんだ気配がしたが、警察官と知られないほうがいいのだとこれで察してくれれば。
両手を挙げてみようか。
しかし、スーツのポケットに入ったスマホを取りだせなくなる。チャンスがあるなら百目鬼と連絡を取って応援を呼ぶ方向に持っていきたい。
誠は、花織を人質にとった人物の様子を観察した。
黒いキャップに黒いサングラス。スタジアムジャンパー、ジーパン、履き古したスニーカー。
声からしても、年齢はかなり若いように思える。下手したら十代ではないかという気がするのだが、どうだろうか。
仲間のいる様子はない。
入口にもその他の屋内の通路に通じる出入口にもそれらしき人物は見あたらない。
病院スタッフのなかにも、とくに不審な動きをしている人は見受けられない。
単独犯なのか。
「あの、目的は何ですか。……僕が聞くのも何ですが」
誠はそう問うた。
「お兄ちゃん!」
花織がやや芝居過剰な声を上げる。
警察官と明かさないでほしいというのはとりあえず通じたみたいだが、おもしろがっていないかこの子と思う。
強盗が花織の頬に登山ナイフをグッと近づけた。
花織が、顔を少しななめにして刃を避ける。
「この病院で採取した四津谷 和人の血液をよこせ!」
強盗が声を上げる。
「え……」
誠は目を丸くした。なぜそんなものを。
受付のほうを見る。
ついさきほど血液を取りに来たむね伝えた受付の女性が、目を合わせてくる。
どうしたらいいのかと指示をあおぎたいという表情だ。
「血液……ですか」
誠はつい復唱した。
花織と目が合う。
じっとこちらを強い目線で見つめてくるのは、「ぜったいに渡さないで」という意思表示だろうか。
しかし、人質がいる以上は人命優先だ。
所在不明の三上 徹の殺人を立証する、いまのところ唯一の物的証拠なのだが。
誠は、さりげなく後ずさった。
何とか半身だけでも物陰にかくして百目鬼と連絡を取りたい。
病院の出入口のガラスドアを横目で見る。
うまい具合に百目鬼が様子をのぞきに来てくれないだろうか。
「そこっ、動くなああ!」
強盗が大声を上げる。
花織の全身が大きくゆさぶられて、登山ナイフがいまにも頬や首に刺さりそうだ。
誠は脚の動きを止めた。
待合室にまだのこっていた患者は少なかったが、それぞれその場で動けずにいたあと、具合の悪そうな人が二人三人と強盗の顔色をうかがいながらもよりのベンチソファにすわった。
「動くな!」
患者の動きですら強盗が興奮して叫ぶ。
慣れていない素人という気がしたが、それだけに逆上したら何をするか分からない。
「すみません。具合の悪い人は別室に行かせてあげてはいけませんか? ――ここ病院ですから」
誠はおだやかな口調でそう言ってみた。
強盗に制服のリボンごと襟元をつかまれた花織が、「そーだそーだ」という顔で強盗の顔を見上げる。
いまいち緊張感のない子だなと誠は思った。
パニックを起こされるよりは助かるが。
「うるせえ!! さっさと血液よこせば済むだろうが!!」
強盗があらん限りの大声でわめく。
誠は唇を噛んだ。
何とか時間をかせいで人質も物的証拠もどちらも取りたいという気でいたが、そんなことをしているあいだに花織に何かあったら後悔ではすまない、。
「えとじゃあ、血液――」
「ちょ、待って。さっきからあんた、なんか場慣れした雰囲気だよな」
誠は、受付の女性のほうを向いた格好で頬を強ばらせた。
率先して動きすぎたか。
焦りすぎた。
「警察の人だとか? 私服って、非番なの? ――まさか刑事?」
誠は受付のほうを向いたまま唇を噛んだ。




