警察署二階 刑事課 1
警察署二階、刑事課。
午後八時すぎ。
室内奥にある大きな窓の外は、すっかり暗くなっている。
繁華街からはややはなれた行政機関が集まる界隈の建物なので、この時間になるとすでに窓の外を通る車のライトはまばらだ。
誠はPCのマウスをカチカチと鳴らして書類作成をしていた。
きょうは日勤なので、何ごともなければ書類作成のあと帰れるはずではあるが。
刑事課のドアが、雑に開けられる。
バタン、と閉める音につづいて百目鬼が誠のデスクのうしろをスタスタと歩いて行った。
「ごくろうさまです」
誠は手を止めてそう声をかける。
「おう」と気だるげな返事が帰ってきた。
しばらくして百目鬼が立ち止まる。こちらをふりむいた。
「おまえ、まだいたんだ」
「は」
誠は目をぱちくりとさせた。
「日勤だから、とっくに帰ったと思ってた」
「いえ。書類作成がまだなのがあって」
誠は苦笑いした。
「んか。何もなかったら、あとそれやって帰っていいぞ。寝られるときに寝とけ」
言いつつ、もよりの留守の席のキャスターチェアを誠のデスクの横に引っぱってきてすわる。
何か話があるのか。
誠は心の準備をした。
早く帰って寝ろと言っておきながら仕事を中断させるのは矛盾している気がするが、百目鬼と組んでいたらこんなことは日常的にある。
「このまえの高群 遥。ダンヒル姉ちゃんな」
「はい」
誠は頬を強ばらせた。
いまだ行方が分からない闇バイトの指示役、三上 徹の報復をかなりおそれていたが、何かあったのか。
「任意同行のあとかなりおびえて警察の留置場でいいから泊めてくれまで言ってきてたんだが、んな扱いする理由もねえしな」
百目鬼が誠のデスクに頬杖をつく。
「まえのブランドショップでした不正というのは」
「とっくに公訴時効だな。当のブランドショップが気づきゃ民事の可能性はあるけどよ、そのブランドはブランドでいろいろ胡散くせえ話あるとこだから、んなヤブヘビやるかっていう」
百目鬼が答える。
「さっきもまあ、電話きててよ。脅迫の被害届出してもらって、仕事は有給とってとなりの県の実家に避難してもらうってことで落ちついた」
「そうですか」
誠はため息をついた。
警察が保護する施設かなにかを持っていないのかと責められることもあるのだが、警察にできるのは公的な宿泊支援施設を案内することくらいだ。
「避難先の県警に周辺のパトロール強化してくれって要請はするけどよ」
百目鬼がそうつづける。
「んでよ」
つづきがあるのか。
帰って寝ろと言ったわりにと誠は内心で苦笑した。
「手ぇ動かしながらでいいぞ。そんな重要な話でもねえ」
百目鬼がマウスを指さす。
「あ、はい」
誠はあわててマウスをつかんだ。
「どうにも諸人がからむのな」
百目鬼が頬杖をついたまま顔をしかめる。
「ええ」
誠はマウスを動かしながら返事をした。
「闇バイトと酒々井と余目の嬢ちゃんの地獄の三つ巴か。ちっと覚悟決めとけ」
「えと」
誠は苦笑した。
花織は一般の未成年なのだが。いったいこの人の中ではどういうカテゴリーになっているんだろうと思う。
「俺としては、殺しやってる疑いのやつと酒々井がまぎれこむ可能性あるってだけでパーティ中止にしろと言いたいとこだが、そうなるとこんどは美術館からクレーム入れられるかもしれん」
「ええ」
誠はマウスを動かした。
朝石商店街のハロウィンのイベントのときも、捜査員をこっそり張りこませていたのがバレてクレームを入れられた。
「管理官と謝罪行くのかったるいからな。とりあえず目ぇふせてすまなそうにしてっと、床の柄ばっか覚えるようになってよ」
「えっと……」
誠は苦笑しながらマウスを動かした。
スマホの着信音が鳴る。
「んー」とうなりながら、百目鬼が上着のポケットをさぐる。
スマホを取りだし、画面を見た。
「──はい、俺」
すぐに耳にあて、そう応じる。
話しかたからして鑑識課からかと誠は見当をつけた。
「いや署内にいた。──日勤だからそろそろ帰るつもりなんだけどよ、人見がまだ帰らねえんだ、これが」
「え」
誠はとまどった声をもらした。
こちらのせいか。
「──んか。ごくろうさん、あんがとな」
そうと答えて百目鬼が通話を切る。
「カフス飲んでた被害者の口から検出されたDNAな、やっぱ二河原のじゃねえんだと」
告げつつスマホを上着のポケットにしまう。
「じゃあ、やはり三上 徹のほう……」
「二河原の供述は、“二人で殺した、噛みつかれたのは三上”。いまんとこ矛盾はねえな」
百目鬼がそう返した。




