警察署二階 鑑識課
「余目総合病院……」
警察署二階鑑識課。
誠と百目鬼は署に戻ってその足で鑑識課に寄り、加害者らしき人物が治療に現れたという病院の名を聞いた。
「たったいま分かったとこ。五日まえだってさ。夫婦ゲンカで奥さんに噛みつかれたとかいう四十代の男性が来たって」
スチールのデスクに電話での聴きとりをメモした用紙をならべ、中年の鑑識係員が説明する。
「ところがね。手首についた歯型がどうも男性のものと思われるんで、病院側も不審に思っていちおうチェックしてたって」
百目鬼がスチールデスクの上のメモ用紙をながめてうなずく。
「さすがだねえ、あの病院。事件慣れしてるってか」
「……いいから、さっさと概要だけ説明してくれねえか?」
ごきげんで余目を褒める鑑識係員に対して、百目鬼は不機嫌そうに眉間にしわをよせた。
「うわさによると人見くんの彼女のご実家じゃないの?」
「人見は知んねえけど、俺はそこの名前にアレルギーがあってな」
百目鬼が答える。
「いや俺も、そういうことはいっさい……」
誠は眉をよせた。何か変なうわさがあるんだなと思う。
「やはり歯型で性別って分かるものですか?」
誠は尋ねた。
鑑識係員が、うんうんとうなずく。
「男性のほうが女性より歯列弓――つまり歯ならびのアーチが広いの。歯の大きさも個人差はあるけど女性よりも大きい傾向がある」
鑑識係員が口を半開きにし自身の歯をさわりつつ説明する。
「余目にきた男性だけど、噛みつかれた箇所が腫れてて、おそらく二、三日くらい放置していたんじゃないかと思われた。――本人に聞いたら、やはりそうだって」
百目鬼が顎に手をあててじっと説明を聞いている。
五日まえのさらに二、三日まえなら被害者の死亡の推定日時とも合う。
「細菌感染してますねって告げて抗生剤を処方したけど、“これ、ウイルスとかあっても効きますか” って質問されたって」
「ウイルス……?」
誠はつぶやいた。
「被害者が何かのウイルスに感染してたってのはあるのか?」
「ないと思うよ」
鑑識係員が答える。
「B型肝炎とかC型肝炎とかHIVとか、あとコロナなんかに感染してるかどうかは、司法解剖まえに確認するからね。コロナのころからはPCR検査できるとこ増えたし。とくにそういうのは鑑定書になかったよ」
「被害者が何かのウイルス保有してるとか吹聴してたのか? ――まあウソなんだろうけどよ」
百目鬼が宙を見上げる。
「たんに細菌とウイルスの区別がついてないって人もときどきいるみたいですけど」
誠は顎に手をあてた。
翌日の午後四時五十分。
聞き込みを終えた誠と百目鬼は、署員食堂で早めの夕飯をとろうと窓ぎわのテーブルについた。
注文した醤油ラーメンと味噌ラーメンが運ばれてくる。
誠は、わり箸入れを開けて百目鬼に一本手渡した。
つぎに自分のわり箸をとる。
「ごくろうさまですっ。六日まえにうちにきた患者さん、事件関係者だったそうですね」
テーブル向かい側に制服姿の花織があらわれ、見よう見まねの敬礼をしてから向かいの席にストンと座る。
来た……と誠と百目鬼は顔をしかめた。
情報源はやはり余目総合病院のスタッフだろうか。
事件に関連した体制はしっかりしているが、院長のお嬢さんにたいしての情報漏洩がちょっとなあと思う。
「いまどの殺人事件の担当ですか?」
「言えるわけないでしょ」
誠は答えた。
“殺人事件”と限定して尋ねるあたりが、こちらの担当する事件の絞りかたが分かってきた感があってやだなと思う。
「闇バイト殺人はもう追ってないんですか?」
「ノーコメント」
誠はわり箸を割った。
「追ってるんなら、人見さんにはなかなかつかめなさそうなレア情報あげちゃいます」
「なに」
誠はラーメンの麺を箸でつまんだ。
「あ、やっぱり追ってるんだ」
花織がこちらに身を乗りだす
「関係ないの。ほかのひとが担当してても情報提供なら聞くの」
誠は語尾を強めた。
「三合百貨店ってあるじゃないですか。このあいだ美術館のパーティのアクセサリーとか選ぼうと思ってお友だち何人かと行ったんですけど」
花織が切りだす。
「え……うん」
聞き込みで行ってきたばかりの百貨店の名を聞いて少しあわてたが、誠は平静をよそおった。
やはりああいうところで買いものするんだなと思う。
「あそこに例の人妻ものAVのお姉さまがいらっしゃったんです」
「え」
誠は目を丸くした。
パーティと百貨店と人妻ものAV。カオスな単語選びに思考が追いつかない。
「まえに見せてもらった、対岸で洗濯ものを干しているあやしげな映像です。あれの二番目に映っていらしたお姉さまがダンヒルの店舗にいらっしゃったんです」
「え……ダンヒル」
誠は困惑しつつ復唱した。
横に座った百目鬼が、無言で箸を置く。上着のポケットからスマホを取りだした。




