警察車両ワゴン車 車内 3
「被害者の胃の中にあったカフスは、加害者のものと断定していいんでしょうか」
誠はフロントガラスの外を見つめた。
車のエンジンをかける。
そろそろ薄暗い。
むこうのほうに見えるショッピングセンターの各店舗は、さきほどから煌々とあかりをつけはじめた。
駐車場の照明もつき、こちらをまっすぐに照らしている。
「まずはその線でさがすのが自然だべ。それでハズレだったら仕切り直すしかねえけど」
「ええ」
誠はギアをドライブに入れた。サイドブレーキを解除して車を発進させる。
「酒々井の野郎の冤罪晴らしてやるみたいでムカつくけどな」
百目鬼が助手席のシートに背中をあずけて大仰なため息をつく。
「あームカつく」
「えと……」
誠は苦笑いした。
「あんな野郎、いまさら余罪が一個二個ふえてもたいして変わりねえのにな。――まえに関係者ホテルに救出に行ったときだって、ぜってえ相手の拳銃奪うか盗むかして酒々井側が撃ってんだろって」
「ああ……」
誠は相づちを打った。
酒々井の関係者らしい母親と小さな子が事件に巻きこまれたあの件か。誠は記憶をたどった。
百目鬼はあのとき医師にむりやり鎮痛剤を打たせて強引に現場復帰していたが、それでも頭の中はいつも通りしっかりしていたんだなと思う。
「線状痕は相手側が違法に所有していた拳銃のもの、拳銃についた指紋も相手側のもののみ、硝煙反応は誰からも出ず、おまけに相手側も “暴発しただけ” と言い張ってけっきょくそこは追及できずじまいになりましたね」
「あームカつく」
百目鬼がふたたび声を上げる。
「ムカつくから、帰ったら乱取り五分✕十本とかやんね?」
「えっ……」
ウインカーを出し、公道に出る。
誠はハンドルを握りながら苦笑いした。
この人とか。ちょっとキツいな。
着信音が鳴る。
百目鬼のスマホのようだ。
上着のポケットからスマホを取りだすと、百目鬼が画面を見た。
「──はい、俺」
話しかたからして、刑事課の同僚か鑑識課かと誠は見当をつけた。
「ああ、噛みついてか。あり得るな。──まじか、あんがと」
そう応じて、フロントガラスの外をながめる。
「一週間経ってんかんな。至急病院にも問い合わせ──もうしてっか。ごくろうさん」
引きつづきみじかく相づちを打つやりとりをする。
「いま署に戻ってるとこ。──予定? 人見と乱取り稽古、時間無制限の予定」
いつの間に時間無制限に。
誠はハンドルを握りながら苦笑した。
「いやそっち優先するわ。──んじゃ。戻ったら」
そうみじかく答えて通話を切る。
「悪いな、人見。乱取りきょうはなしだ」
「いえ」
誠はそう返事をした。
ほんとうにそのつもりだったんだろうか。うさばらしでただ言っているだけかと思っていた。
「鑑識にちっと行ったら、あとメシだ。それでやったらゲロ吐くからな」
「はい」
誠はそう返した。
基本いい人だと思うんだが、どこまで本気か分からないジョークにときどき困惑する。
「胃から検出されたカフスな。被害者が殺されるまぎわに加害者に噛みついて抵抗したときのもんじゃねえかって鑑識で見当つけて、口んなかに相手のDNAねえかさがしたんだとよ」
ハンドルを握ったまま、誠は目を見開いた。
「なんせカフスそのものについた指紋やらDNAやらは、胃液で検出ムリになってんかんな。この方法じゃ持ち主は特定できねえ」
「ええ」
誠はうなずいた。
「んでも、もしあのカフスが手首に噛みついて抵抗したときにゴックンしたもんなら、口んなかに相手のDNAが付着してる可能性がある。うまくすれば相手の傷口からも被害者のDNAが検出可能だ――んで」
「はい」
誠は相づちを打った。
「DNA、検出できたとよ。加害者のものと思われる血液と組織片からな」
「はい」
誠はそう返事をした。
さきほどの百目鬼の通話中の話しぶりで、内容はだいたい見当をつけていた。
「いま鑑識が市内の病院に問い合わせてる。一週間まえかそれ以降に、噛みキズの治療で病院に来たやつがいねえかどうか」
「は……」
返事をしようとして、誠は言葉につまった。
「市内の病院」か。
またいつもの反応があるだろうか。
百目鬼が沈黙する。
「……ま、いっか」
ややしてそうつぶやいた。
「ムカついてるときに、精神的負担の多いことは考えねえようにする」
「……はい」
空はもうすっかり暗い。
ウインカーを出し、右折して入った県道の標識を車のライトが照らす。
そのまま署に向かった。




