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失顔探偵 ᒐᘄがƕ たƕてい 〜失顔症のJKと所轄刑事の捜査チーム〜  作者: 路明(ロア)
第4話 花より団子よりお金でしょ

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余目総合病院三階 2

 病室に入ると、白い衝立(ついたて)の向こう側から年配の女性看護師が顔を出した。

 何の会話をしているのかという風に目を丸くしていたが、すぐに(まこと)百目鬼(どうめき)をベッドのある方へと促す。

 八畳か十畳ていどの広さの部屋に、ベッドが一つだけ。

 個室か、と誠は室内を見回した。

 草賀谷(くさがや)医師と思われる白衣の男性がこちらを振り向く。

「ええと……担当の先生と看護師長さん?」

 白衣の男性が「ええ」と返事をする。

 誠と百目鬼は、そろって警察手帳を開き自己紹介した。

 かたわらのベッドに、顔のほとんどを包帯とガーゼで覆われている男性が座っている。

 露出しているのは、髪の一部と片目、鼻の上部くらいか。

 想像していたよりも物々しい様子に誠は一瞬引いた。

「えと……“佐藤 一郎(さとう いちろう)” さん?」

 誠は話しかけた。

 男性がうなずく。

 身体の動きや姿勢よく座っている様子からすると、体力が大きく落ちているという感じではない。

 花織が歩き方に特徴があると言っていたのだ。歩くことはできるはず。

「えと……ケガは。酷いんですか?」

 誠は医師に尋ねた。

「ケガ自体はそう大きなものはないですが。後頭部の打撲と、顔中の擦り傷ですか」

「だから顔中に包帯とガーゼを?」

 誠は問うた。

「傷が外気に触れるとどうしても痛いというので。まあ、精神的なものかもしれませんが」

「……精神的」

 誠は曖昧にうなずいた。

「“佐藤 一郎” さん」

 百目鬼が声をかける。

「あんた、勝手に整形された、狙われてるって言ってるって聞いたけど」

 “佐藤 一郎” は、コクコクとうなずいた。

「声は……出ませんか?」

 誠は問うた。

「保護された当初は出ていたんですが、次の日になったらどうも出ないと訴えて」

「意志疎通は?」

 百目鬼が尋ねる。

「筆談と、簡単な内容ならジェスチャーですか」

 医師が答える。

 誠はベッドの横に(しつら)えられた棚を見た。

 何枚かの白紙のメモ用紙と、ボールペンが置いてある。

「書いたメモを、ちょっと見せていただけたら」

「ああ……はい」

 看護師長が棚に歩み寄る。

 メモ用紙を二、三枚さぐり、“佐藤 一郎” の方を見た。

「佐藤さん、さっき書いたメモは?」

 “佐藤 一郎” は首を振った。

「捨てちゃったの? もう?」

 看護師長がゴミ箱を見る。

 空っぽだ。

「すみませぇん。捨てちゃったって。今度は取っておきますから」

 看護師長が苦笑する。

 誠と百目鬼は目を合わせた。

「“佐藤 一郎” さん」

 百目鬼がもういちど声をかける。

「あんた、誰に狙われてんの。本名は? それ言わなきゃ、こっちも対処できないよ?」

 百目鬼がやや高圧的にも見える態度で言う。

 これだから警察はと文句も言われそうだが、この時点ではこの男性が被害者と決めつける訳にもいかない。

 もしかしたら逆かもしれない。

 何らかの容疑の逃亡犯、もしくはまだ発覚していない犯罪を隠そうとしている人物。それも疑うべきなのだ。

 とりあえず事件性ありの可能性とみられたのは、後頭部の打撲だろうが。

「せめて文字で書けないかい?」

 百目鬼が目を眇める。

「あの、あまり無理をさせても」

 看護師長が眉をよせて(とが)める。

「……ああ。すみません。そうですよね」

 誠は愛想よく笑ってみせた。

「今日は署に戻って、お会いできたとだけ報告します。何か話したくなったら、病院を通じてまたご連絡くれますか?」

 誠は “佐藤 一郎” に向けて笑いかけた。




「──あ゙あ゙? 何すかそれ? いや思ったよりも──事件性はよく分からんですけど」


 余目総合病院の第二駐車場。

 百目鬼がワゴン車のドアを開けながらスマホで通話する。

 通話の相手は刑事課長だろう。横目で見ながら、誠は運転席に乗りこんだ。

 百目鬼が通話を切り、スマホをポケットに入れる。

「保護された直後、警察にかなりしつこく “狙われてる” って相談メールしてたんだとよ。で、最寄りの交番勤務の奴が行って話聞いて、次に生活安全課が行って訳分からんくて、たまたま手が空いてた俺らに行って来いと」

「……どこかの課が忙しくなると生安に仕事振ったりはしますけど……」

 誠はハンドルに手をかけ溜め息をついた。

 そんな形のたらい回しだったのか。

「とりあえずそれらしいのが顔出しゃ安心すんだろくらいの発想か?」

 百目鬼が顔をしかめた。

「道理で事件性が曖昧な感じでしたもんね……」

「え? 事件性ありそう? とか言ってたぞ」

 百目鬼がドアを閉める。

「花織さんの話だと、スマホは持っていなかったってことでしたけど」

「そのつど看護師さんとか事務の人のを借りてたんだとさ」

 百目鬼が答える。

 病院内で彼の話が広まってたのはそれかと誠は思った。

「……まあ、あの人が妄想癖か何かじゃなけりゃ、怪しいは怪しいわな」

 百目鬼が言う。

「メモさっさと捨ててたの、筆跡鑑定で身元特定されるのを避けたとかか?」

「それか、万が一持ち帰られて指紋が出るのを避けたとか」

 誠は(あご)に手を当てた。

「すり傷が外気に触れると痛いってのもな。まあ、そういうのも何かの症状であるのかもしれんけど」

「……包帯で顔を隠すための方便だとしたらってことですよね」

 誠は答えた。

「声も、身元特定につながるのを避けて出ないふりをしてる……?」

「だとしたら近くに知り合いがいるってことですか? 声ですぐに気づくくらいの仲の。それが狙ってる人物?」

 車のシートに身体を預けて、百目鬼が宙を睨む。

 誠は広い待合室エリアに座っていた人間をざっくりと頭に思い浮かべた。

 特におかしな動きをしていた人間には気づかなかったが。

「だとしたら、絶対に本名言わんのもそいつに嗅ぎつかれるからか……」

 百目鬼がおもむろにタブレットを取り出す。

 捜索願いの一覧を出し、しばらくスクロールしていた。

「身長とだいたいの年齢が一致する男のは結構あるけどな……」

「顔を隠されていたら顔写真はあまり役に立たないですね」

 誠はそう応じた。

 百目鬼がピタッとスクロールする手を止める。

 誠も、何かを連想して百目鬼の手の動きを凝視した。

「いえ……」

 苦笑する。

「わ、我々には我々のノウハウがありますから」

「だな」

 百目鬼が答える。

 

人見(ひとみ)さーん! 百目鬼さーん!」


 噂をすれば。

 澄んだソプラノの呼ぶ声が聞こえて、百目鬼はそそくさとタブレットを座席の横に置いた。

「出せ! 出せ」

 誠はあわててシートベルトを締めた。

「緊急事態! 緊急事態! まだ出さないで!」

 エンジンをかけ始めたワゴン車の後部ドアを勝手に開け、花織が後部シートに転がりこむ。

「ちゃんとロックしとけ」

 百目鬼が後ろを向き顔をしかめる。

「何してんの。危ないでしょ」

 誠は(とが)めた。

「緊急事態です」

 花織は息を整えた。


「 “佐藤 一郎” さんの中の人、変わってます」





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