余目家二階 3
「いや例えばさ」
誠は双眼鏡で外を見ながら切り出した。
「化学物質の入っていない肥料を使い始めたとか。そういうのないの?」
「たとえばどんな?」
窓の桟に手をかけ、花織がこちらを向く。
「たとえば……腐葉土とか、鶏糞とか牛糞……」
「臭いですよ?」
花織が真顔で言う。
「郊外ならまだともかく、こんな駅近くの住宅街で使うの? ご近所からクレーム来ますよ?」
「そうか」
双眼鏡を覗いた格好で誠は相槌を打った。
「籾殻と燻炭とピートモスを混ぜたものに生ゴミを入れて堆肥をつくる方法もありますけど。あれもちゃんと対処しないと虫がくるみたいですね」
誠は思わず口元を歪ませた。
「なまじ顔の見分けがつくと、顔で騙されるんですね」
隣の庭を見下ろし花織が呟く。
何かの真理ように聞こえるなと誠は思った。彼女は別の意味で言っているのだが。
「サンドイッチ、食べたらどうですか」
花織がテーブルに歩みよる。
「役立たずの警察さんでも、食べちゃダメとか言うほどケチじゃないです」
そう言い、自身もサンドイッチを一つ摘まんで口にする。
「……すみません。いただきます」
誠はそう返した。何で謝ってるんだろと思ったが。
花織が大皿を窓際まで運んでくれる。
「ありがと……」
双眼鏡から顔を外し、誠はサンドイッチを摘まんだ。
窓際から離れられないから持ってきてくれたのか。
気のきく美少女。それだけでついつい何か期待してしまうが。
「やってたかぁ?」
重厚なイメージの声とともに、部屋のドアが開く。
タブレットを手に百目鬼刑事が入室した。
「いえ。何もしてません」
誠は敬礼した。
「んあ?」と百目鬼が目を眇める。
「こいつサボッてたの?」
花織の方を向き、百目鬼は誠を指差した。
「いいいいいえ。やってました」
あわててそうと言い直す。
「不審なものを通報しても対処してくれませんでした。職務怠慢な人だと思います」
花織が不機嫌な表情で誠を指す。
「で」
そう続けると、花織は誠と百目鬼の二人を交互に指差した。
「いま入って来たのが百目鬼さん、今までわたしと話していたのは、人見さん」
「……分かんないで話してたの?」
誠は鼻白んだ。
「声で見当はつくんですけど、お二人の声とか体格とか動きとか見比べると確認がしやすいなって」
不思議な世界だなと誠は思った。
実際、どう見えているのか。いちど可視化してほしい。
「サンドイッチどうぞ」
花織が百目鬼に対して言う。
「ども」
愛想もなく百目鬼が返した。花織のほうを見もせずに、誠が手にした双眼鏡をひったくり外を見る。
花織がなぜかじっとその様子を見ていた。
まだ二人の区別がつけにくいのだろうか。
もしかしたら、立ち位置が変わると混乱するんだろうかと想像してみる。
「百目鬼さん」
花織が呼びかける。百目鬼が「んあ」と返事をした。
「人見さんにはお聞きしましたけど、今日の夕食はトスカーナ風ミネストローネとアクアパッツァでいいですか?」
「いいよ」
振り向きもせずに百目鬼が返事をする。
「お気遣い、どうもね」
少し間を置いて一応お礼を言った。
「パンとパスタ、どちらがいいですか? 人見さんは、百目鬼さんはパスタじゃないかって答えてましたけど」
「ああ、いいよ」
百目鬼が答える。
花織がじっと百目鬼の背中を見ていた。ややしてから、誠のほうを見る。
唐突に目を合わせられて、誠は戸惑った。
「分かりました。家政婦の御園さんにそう言います」
花織がペコリと礼をした。サラサラの黒髪が肩から落ちる。
ドアを開け、花織は退室した。
「家政婦なんているんだな。さっきは執事みたいな爺さんいたし、すげえ家だな」
双眼鏡を覗きながら百目鬼が呟く。
「あ、やっぱり執事さんなんですか」
「そういう感じだったってだけ。役職とか聞くのも変だし、知らねえけど」
百目鬼は答えた。
「お嬢さまなんですね……」
誠は花織が出ていったドアを眺めた。
「お前、飯食って仮眠とったら?」
百目鬼がそう言う。
「すみません。取らせてもらいます」
誠はそう言い、大皿からサンドイッチを取り咥えた。
三切れほどをまとめて手に持ち、もう片方の手に缶コーヒーを持ってベッドに座る。
ベッドの小物棚に置かれた目覚まし時計が目に入った。
掛け時計もない部屋なので気遣ってくれたのかもしれないが、腕時計もあるしスマホもある。
まあ、ありがたいがと思いながら誠は目覚まし時計を眺めた。
「ん?」
時計の台座だと思っていた部分に違和感を覚える。サンドイッチを膝の上に置き、目覚まし時計を手に取った。
「ん?」
指二本ほどの大きさのその台座を、縦にしたり横にしたりして眺める。
強引に引っ張ると、外れた。
「ん? ん? ん?」
「うるせぇ。なに鳴いてんだ」
百目鬼が窓際で声を張る。
「百目鬼さん、ちょっ……」
誠は外れたものを指差した。
「そこで言え」
「小型カメラだと思います」




