警察署四階 署員食堂
警察署四階の署員食堂。署の周辺が展望できる大きな窓からは、今日は曇った空が見える。
十ほどのテーブルのうち、人がいるのは二席ほど。そのうち片方のテーブルの署員は、さっさと食べ終え食堂から出て行った。
「とはいえ」
肉ソバをすすりながら百目鬼が切り出す。
「ヒジャブっぽいの被ってたから外国人のいる界隈ってのも単純だよな。いちおう当たってはみるべとは思うけど」
「実際ヒジャブってつもりだったんですかね、あれ。単に顔を隠しても不自然じゃない変装を選んだだけじゃ」
焼肉定食をかっこみながら誠は答えた。
「コスプレの可能性もあるよな」
「ご両親にも学園長にも確認しましたが、宇佐美 澪緒さんがイスラム教に傾倒していたという心当たりは特にないそうです」
「誘拐した奴がそっちだとかいうのは」
百目鬼が眉をよせる。
「わざわざ異教徒の高校生を誘拐して無理やり改宗させる……」
誠は焼肉を咀嚼した。
「しっくり来ないというか……」
「そもそもミッション系の学園に通ってたとしても、家族がクリスチャンって訳じゃないんだろ?」
「浄土真宗って言ってました」
誠は味噌汁をすすった。かっこんだご飯を味噌汁で無理やり流す。
「お友達に聞けりゃいいんだが……」
百目鬼がソバの上の肉を箸でつまむ。
「監視つきの外出ってパターンも過去にはあるからな。買い物に出てたってだけじゃ、家出って決めつける訳にはな」
「車に乗せて行った人物がいますからね。少なくとも家出の協力者が……」
言い終わらないうちに百目鬼のスマホの着信音が鳴った。
「──はい」
ソバを箸でつまんで上下させながら、百目鬼が通話に応じる。
ややしてから無言で眉をよせた。
「……分かった。どうも」
短く答えると、通話を切る。
「決定。誘拐」
そう言い、百目鬼はスマホを内ポケットにしまった。
「誘拐ですか?!」
「宇佐美 澪緒の父親に脅迫の電話があったんだとよ」
「身代金ですか」
誠は背もたれに背を預けた。事態は深刻な方に転がったが、方向性がはっきりしたことについてはスッキリした。
「一億だとさ」
「ここ、よろしいですか?」
不意に横から話しかけられる。ソプラノの女性の声だ。
他に席は空いているのにと不審に思いながらも、誠は「どうぞ」と答えた。
目線を上げ、女性の顔を見る。
学校の制服姿の花織だった。
「え……えっ」
「うわ……」
百目鬼がきつく口元を歪める。
花織はカツ丼を乗せた盆をテーブルに置くと、空いている椅子に座った。
「いただきます」
礼儀正しく両手を合わせてそう言うと、箸でカツ丼に切れ目を入れる。
「脅迫とか来たんですか」
花織がもぐもぐとカツ丼の肉を食む。
「家出の線は大ハズレだったな、お嬢ちゃん」
百目鬼がソバをすすった。
「うさぎちゃんが犯人と共謀してるってパターンもアリじゃないですか」
花織は反論してカツ丼の肉を咥えた。
「ていうか、何でいるの」
「下校中に小腹がすいたので寄らせてもらいました」
花織がもぐもぐと肉を食む。
食欲旺盛な感じの食べ方だなと誠は思った。まあ一番お腹のすく年頃ではあるが。
「このまえ花織さんの学園にお邪魔したとき、大きな学食みたいな部屋があったけど」
「カフェテリアですね」
花織が答えた。
百目鬼がこちらを見る。「カフェテリアだとよ」と呟いて、口元を歪めた。
「でも本場もの食べたいじゃないですか、カツ丼」
「本場ものって……」
誠は眉をよせた。
「誘拐の割には、コンビニで見たとき、うさぎちゃん恐怖を感じてそうな雰囲気なかったんですけど」
花織がカツ丼に切れ目を入れつつ言う。
「恐怖を感じてたら普通あるじゃないですか。青ざめてるとか、変な汗が額に滲んでるとか、脚が震えてるとか動きがガクガクしてるとか」
言いながら花織が肉を咥える。
「そういう状態が長く続いてたとしたら、ストレスで瞼がピクピクするとか頬が痙攣するとか」
「頬の痙攣?」
誠は、漬物を箸でつまんでいた手を止めた。
内ポケットからスマホを取り出す。
花織に提供してもらった宇佐美 澪緒の動画を表示した。
「こういうのは?」
花織に画面を見せる。先日気になった部分を拡大した。
二、三度ほどだが、澪緒の口元が不自然に引きつっている。
「片側顔面痙攣とかじゃないですか?」
花織が身を乗り出し、画面を覗きこむ。
「うさぎちゃんの動作ばっかり見てたから気づかなかった」
「ストレス以外の原因とかある?」
誠は問うた。
「わたしは主にストレスって聞いてますけど。詳しく知りたかったら、うちのパパに聞いてください」
花織が椅子に座り直す。
「んでもそれ、誘拐される前の動画だろ?」
百目鬼が箸でスマホを指す。
「ええ」と誠は答えた。
「どういうことでしょう。重要なのかなこれ……」




