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失顔探偵 ᒐᘄがƕ たƕてい 〜失顔症のJKと所轄刑事の捜査チーム〜  作者: 路明(ロア)
第1話 となりの芝生が青すぎる

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余目家二階 2

 張り込み二日目。

 部屋の扉をノックする音がした。

 「どうぞ」などと上品に返事する習慣がないため、(まこと)は何となく聞き流す。

「あの、入ってまずいですか?」

「え? あ」

 双眼鏡で十字路を見ながら、誠は声を漏らした。花織(かおり)だ。

「何かご用ですか?」

「お食事もってきたんですけど」

 ずいぶん気遣ってくれるなと思う。張り込みで部屋を借りるなんて、わずらわしそうな顔をされることもあるのにありがたい。

「入って大丈夫です。お構いなく」

 誠は声を張った。

 ドアが開き、花織がトレーを手に入室する。部屋の中央に置かれた猫脚のテーブルに置いた。

「お構いなく」

 横目で様子を見ながらもういちど言う。

 何となく温かい料理を期待したが、トレーに乗っているのは大皿に乗ったサンドイッチの山と缶コーヒーのようだった。

「缶コーヒーのメーカーは、なんでもいいんですか?」

 花織が問う。

「え……何でもいいですけど。お構いなく」

 ついもういちど言う。

「張り込み中のお食事って、パンと缶コーヒーって決まってるんでしょ?」

 「え」と誠は口元を歪ませた。

「と、とくに決まってないですけど」

「そうなんだ」

 花織が言う。

「じゃ、夕食はトスカーナ風ミネストローネと(たら)のアクアパッツァでもいいですか?」

 極端だな。

「何でもいいですけど……」

「パンとパスタ、どちらがいいですか?」

「え……と」

 高級レストランかな。誠は困惑した。 

「ちなみにトスカーナ風なんで、パンは塩気のないやつです」

 パンって塩入ってるのか。そこすら考えたことなかった。誠は軽く眉をよせた。

「えと……パ、パスタで」

「お二人とも?」

 花織がそう問う。

「え……と。多分」

「分かりました。家政婦の御園(みその)さんに伝えます」

 成程、家政婦さんいるのかと誠は思った。

 そういえば先ほど百目鬼(どうめき)が帰ったさいに年配男性の声が聞こえた気がしたが、執事というやつだろうか。

 花織がこちらに歩みよる。

 部屋の奥に設えられたベッドをチラリと見た。

 夕べ交代で仮眠を取るのに使ったので、布団が乱れている。

 警察学校の時期に叩きこまれた生活習慣で、きちんとそろえておかないと規律違反を責められるような気分になる。

「あ……そのうち直すから。気にしないで」

 誠は苦笑した。

「気にしないです。人それぞれですから」

 変な言い回しだなと眉をひそめる。

 花織が窓の外を見た。

「大麻の売買でしたっけ。あんな路上でやるもんなんですか?」

「すぐ横に駐車場があるし、死角が多いからね。こっそり受け渡ししやすいんだよ」

 へえ、と花織が相槌を打つ。

「お隣の一之瀬さんなんですけど」

 唐突に花織が話題を変えた。

「双子の姉妹でもいるのかなと思ったんですけど、ついでに聞いてみてくれませんか?」

「は?」

 誠は顔をしかめた。

「べ……別に聞いたらいいんじゃ」

「なんか恐いじゃないですか。か弱いJKですし、わたし」

「恐いって」

「別人が一之瀬さんのふりして生活してるんです。ちょっと前から」

 誠は花織の顔を見た。

 すっと鳥肌が立った気がしたが、どこまでまともに受け取っていい話なのか。

「家の人とか近所の人とかは。何て言ってるの?」

「普通に一之瀬さんとして接してます。でも肌の感じとか目つきとか歩き方とか、ぜんぜん違います」

 花織が淡々と言う。

「……目鼻立ちは区別がつかないのに、目つきは分かるもんなんだ」

「区別がつかないのは目鼻立ちの形状と目の離れ具合いとかです。だから目つきの微妙な変化で性格分析して個人の判断をしてるんです」

 分かるような分からないような。

 そもそも相貌失認というものについて、この家に来て初めて知ったのだ。

 彼女の父親の余目(あまるめ)医師が詳しく説明してくれようとしたが、理解できそうもないので百目鬼とともにやんわりと断った。

「家宅捜索とかできないですか?」

「それだけじゃさすがに……」

 誠は苦笑した。

「役立たずなんですね」

 花織がこちらを向き真顔で言う。

 顔立ちの綺麗な少女に厳しいことを言われると、愛想笑いしか出てこない。

 ドSの素質あるなこの子と、どうでもいい評価をする。

「……すみません。でもちょっとそれは」

「んじゃ変なとこもう一つ」

 花織は人差し指を立てた。

「一之瀬さんは肥料に対してアレルギーがあって、以前はお庭の芝生の手入れを肥料なしでやってたんです」

 隣の家の芝生を誠は見下ろした。

「正確にいうと、化学物質アレルギー初期の段階だと思うんですけど」

「……肥料が苦手なのに庭に芝生を植えてるの?」

 芝生を双眼鏡で眺める。

 青々とした葉が夕方の陽光をチラチラと反射した。

「隣の家は、前に売りに出されてたんです。一之瀬さんはそこを買い取った人から借りてるみたい。芝生を植えたのは、前の住人です」

 「成程」と誠は返事をした。

「庭が荒れてると、割れ窓理論で変な人に侵入されそうでしょ。でも肥料は使えない。大変そうだったので、うちの家政婦の御園さんが何度か手入れを手伝ってました」

 それで事情を知ってるわけか。誠は思った。


「ところが最近は、手伝ってもいないのに前より青々としちゃって」

 花織は窓の下を見下ろした。





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