警察車両ワゴン車 車内 2
「推定二十代、行って三十歳手前ってところだと思います。男性、やや猫背、なで肩、たぶん運動不足ぎみ、お肌の手入れはしないタイプ」
「運動不足とかどこで分かるの」
誠は尋ねた。
「走るとき軸がしっかりしてないというか。あとドアから離れたあと、小さく息を切らすみたいな音入ってます」
花織が言う。おもむろに顔を上げた。
「この人をどこかで見つけたら人見さんに連絡すればいいんですか?」
「おう」
百目鬼がフロントガラスのほうを見たまま返事をする。
「ムリにさがし回るとかはしなくていいから。どこかで見つけたらで」
誠はそう補足した。
後部座席に手をのばしてタブレットを返してもらおうとしたが、花織がもういちど動画を見はじめる。
「これどこです? この近くで張ったら見つけやすいんじゃないですか」
「そういうのはいいから。たまたま見つけたらで」
誠は手をのばした。
「それじゃ、わたしが出撃する意味ないじゃないですか」
「なに出撃って」
誠は顔をしかめた。
「こちらとしては、それでも今回はありがたいよ。ここの防犯カメラにも顔が分かるほどちゃんとは映ってなかったから」
「防犯カメラが少ない建物か、性能の悪い防犯カメラを使ってる建物なんですね」
花織が言う。
「いいの、そういうのは」
誠は顔をしかめた。
「ていうか、お二人って窃盗の担当でしたっけ?」
花織が問う。
誠と百目鬼は、二人そろって聞こえないふりをした。
花織がタブレットのバックキーをタップする。
事件資料を保存していたアプリを勝手に開いた。
「ちょっ……! なに見てるの!」
誠は、後部座席に思いきり身を乗りだしてタブレットをとり返そうとした。
百目鬼が迷惑そうにサイドウインドウ側に大きくよける。
「返しなさい!」
「え、なんですかこれ。ダイイングメッセージ?」
花織が誠の手をタブレットごとよける。
開いたのは、“◯、 ◯、◯” と床に書かれた現場の写真だ。
「花織さん!」
「キューキュー……ゼロ? それともキューキューオー?」
花織がそう読み上げる。
「救急車呼んでって意味?」
百目鬼がゆっくりと後部座席を振り返った。
「丸、点、丸、点、丸でしょ?」
誠は尋ねた。
花織が、あらためてタブレット画面をじっと見る。
「アルファベットのQじゃないんですか? 丸書いて端のほうに点」
花織が空中に丸と点を書く。
たしかに手書きのときはそう書くと習った気が。
「亡くなるまぎわだから、丸と点がちょっとズレたのかなって」
花織が言う。
誠は意見を求めようと百目鬼のほうを見た。
「Q……」
百目鬼がそうつぶやいて、ダッシュボードに指でなんども “Q QO” と書く。
「……これだとどういう意味になるんですかね」
誠は問うた。
「分かんね」
百目鬼が眉をよせる。
「日本人にQを使う氏名なんてねえわな」
「むかしのアニメのオバケくらいですよね」
花織がタブレットを見ながら口をはさむ。
「……そもそも犯人の名前じゃない? べつのことを伝えようとしたとか?」
誠は眉根をよせた。
「ねね、この写真の下にあるプレツィオーゼ内藤さんの “プレツィオーゼ” ってどういう意味ですか?」
「いいから。タブレット返しなさい」
誠は顔をしかめた。
自身も調べてイタリア語だと分かったが、そこまで教える義務はない。
花織が制服のポケットから自身のスマホをとりだす。勝手に検索しはじめた。
「へー、イタリア語」
ややしてからそう声を上げた。
「共同経営者への聞きとりによると盗まれたものは宝石、貴金属、アクセサリー合わせて数十点。倉庫にあったもん雑にかき集めて持っていった感じで、値段はバラバラ」
余目家近くのコンビニに停めたワゴン車内。
花織を自宅まで送ったあと、タブレットに送信されてきた資料を百目鬼が読み上げる。
「値段がバラバラってのは」
「宝石についてそれほど詳しいやつじゃないってことか」
百目鬼がそう答える。
「宝石って、金庫に入れておくものだと思ってました」
誠は手をのばして表示された資料をスクロールした。
「入れておくのはめちゃくちゃ高価なやつくらいだな。あとはせいぜい鍵つきのガラスケースとか棚」
百目鬼が答える。
「じゃあ、侵入さえすればわりと簡単に盗める……」
「保険入ってんじゃねえの? 知らんけど」
百目鬼が画面をスクロールする。
途中でピタリと指を止めた。
「……なお不法侵入の現場に残っていた靴の跡と、先日の同会社の倉庫内で発生した殺人事件のさいに採取した靴の跡が一致」
百目鬼が早口で読み上げる。
「同一人物の可能性があるってことか……」
誠は目を見開いた。
「担当違う窃盗の話を親切に知らせてくれると思ったら」
百目鬼が顔をしかめる。
犯人だったかもしれないのか。とり逃がしたことを誠はあらためて悔やんだ。
「んでつまり、この靴底の主が “キューキューキュー”?」
百目鬼が眉根をよせる。
「 “キューキューゼロ” か、“キューキューオー” ですね。花織さんの見方を採用するなら」
誠は答えた。