警察署一階 被害者用の事情聴取室 2
「イボかニキビみたいなのあったんですけど、あの通り魔。それと避けたあとにクッて言ってた声がバリトン」
警察署、被害者用の事情聴取室。
開け放たれた出入口を背にして、花織がそう切り出す。
路上で二ノ宮にそっくりの男に花織が襲われて二日。
襲われたあとにまた余目総合病院に運ばれてしまった花織は、父親である余目院長の直々の診察を受け、心配していた通り外出禁止を食らいそうになったと話した。
「イボかニキビ……あった?」
誠はそう問うた。
「なに見てたの、お前」
百目鬼がタブレットを操作する。
「顔ですよ。だから二ノ宮にそっくりだったって」
誠は答えた。
「というか、通り魔ってのは違うんじゃ」
「単にJKに切りつけてみたかった二ノ宮に似た変態の可能性だってゼロじゃねえ。どれも考えとけ」
百目鬼が言う。
「イボかニキビみたいなのがありましたよ。頬に大小三つくらいかな」
花織が自身の頬をつつく。
「もう暗かったんだろ? お嬢ちゃん」
「避けたときに、相手がちょうど街灯の方に顔を傾けたから」
「成程」
百目鬼が呟く。
「お嬢ちゃんを陥没穴に落とした犯人だと仮定したとして、何でしつこく襲われるかな」
「もしかして、わたし命狙われちゃってます?」
花織が長机に身を乗り出す。
「他人事みたいに言うな、お嬢ちゃん」
「本当に心当たりないの? よく思い出してみて」
誠は眉をよせた。語気がつい強くなる。
不意に百目鬼のスマホの着信音が鳴った。百目鬼がポケットから取りだし耳に当てる。
「──あっそ。分かった、どうもね」
短い会話をすると、通話を切る。
「むかしは、こんなん刑事課に帰ってから口頭で伝えたもんだけどな」
百目鬼が呟く。
「何ですか?」
「二ノ宮には一卵性双生児の兄がいたんだとよ。親の離婚で向こうは父親に引きとられた。名前は及原 直樹」
「あ……」
「そらDNAまで同じだわな」
言いながら百目鬼はスマホをポケットにしまう。
「……替え玉にした?」
「よく自分と同じ顔殺れるよな」
百目鬼が眉をよせる。
「でもこれで、一部はスッキリしたな。人見が顔見たのは、ほぼ二ノ宮本人。お嬢ちゃんを路上で襲ったのは二ノ宮の可能性」
百目鬼がタブレットをスクロールする。
「二人も殺した人間に狙われる心当たりあるか? お嬢ちゃん」
「ないですよ。それよりその二ノ宮さんて人に、制服の上着の弁償、請求できます?」
花織が唇を尖らせる。
おそらく今日着ている上着はスペアのスペアなのだろうが、いったい何着スペアを用意しているんだろうと誠はどうでもいいことを考えた。
「制服の弁償どころか慰謝料と治療費の請求もいけるだろ。パパの病院の顧問弁護士さんと相談してみな」
百目鬼が言う。
「執事さんが詳しいので、帰ったら執事さんに相談してみます」
花織が答える。
「お嬢さまが……」と百目鬼は低い声で呻いた。
「そういえば、わたしの上着から指紋って出ました?」
花織が問う。
「ああ……あれは」
誠は宙を見上げた。
「ちゃんとは検出できなかったって」
「じゃ、早く返してください」
「そこはいつとは約束できないんだけど……」
誠は顔をしかめた。
「一卵性双生児でも指紋は違うからな。それ検出できてたら話は早かったかもしれねえが」
タブレットを眺め百目鬼が呟く。
「まあ、服についた指紋なんて、そもそも歪んでて照らし合わせられねえことも多いからな」
「やっぱり花織さんのお友達に話を聞いてみるしかないですかね……」
誠は溜め息をついた。
「二ノ宮の居場所が分かんねえからな。つまり二ノ宮が、お嬢ちゃんのお友達のライン乗っ取りしたってことになるんだろうが……どこに接点あったんだ?」
「マッチングアプリかな?」
花織が人差し指を立てる。
「……そういうので知り合った人と気軽に会っちゃうような子?」
誠は顔を歪めた。
「全然。マッチングアプリで知り合ったメンズ同士の進展のほうが大好物な子」
腐女子の友だちか……。誠は眉根をきつくよせた。
百目鬼もタブレット操作をする手を止めて額に手を当てている。
「……人見。必要なら、腐女子だろうが腐男子だろうが話聞くぞ」
百目鬼が渋い表情で言う。
「……分かってます。職務にそこ関係ありませんから」
誠も額に手を当てた。
余目家で花織におかしなことを期待されたのが、思ったよりもトラウマになっているのか。
「百目鬼さんって古い日本語しか分かんないって言ってたけど、けっこう最近の言葉も分かってるじゃないですか」
花織が頬杖をつく。
「何が」
「腐男子なんて言葉、知ってるんだ」
「いるのかそういうの……」
百目鬼が低い声でうめいた。




