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朝石駅前アーケード商店街 13

「ボウガンの矢に、ヒ素塗られてたってよ」


 仮装の人々がひしめく商店街の大通り。

 別の刑事と連絡を取り合った百目鬼(どうめき)がそう切り出す。

「ヒ素混入犯に間違いないみたいだ。いま警察車両の中で、動機は十万石の評判を落として倒産させてやりたかったって話してるんだと」

 百目鬼がポケットにスマホをしまう。

「コロナで就活失敗して、大学卒業後に十万石の本社でアルバイト、そこで嫌な上司がいたからとか何とか」

「半年ほどで辞めてるのはそういう」

 誠はそう応じた。

 魔女の格好をした女性たちが、目の前をぞろぞろと歩きながら笑い声を上げる。

「パッケージだののぼり旗だのは、バイト辞めるさいにコッソリ持ち帰ってたんだと。中のケーキは、ここにくる二日まえに工場のほうの臨時バイトに入って盗んだ」

 ごった返す人々をながめ、百目鬼が溜め息をついた。

「やたらとあちらこちらに意味ありげな書き込みをしてたのは」

「 “謎めいた書き込み” ってことでネット内で話題になれば、ヒ素で死亡者が出たさいの騒ぎも大きくなるんじゃないかと考えたんだとさ」

 百目鬼がスラックスのポケットに手を入れる。

「女子高生ってのはとくに意味はないんだと。女子高生ターゲットにすりゃ一番インパクトあると思ったんだとさ」

 百目鬼がそこでいったん言葉を切る。


「……ただ、お嬢ちゃんのアカウントにちょこちょこちょっかい掛けてたのみると、俺としては性癖も絡んでんじゃないかと思うけどな」


 百目鬼がさらに混みあってきた大通りをながめる。

「エックスで “拡散希望” とかやりゃ早いのに、ちゃっちい演出しやがって。中二病か」

 百目鬼が吐き捨てるように言う。

「いや、拡散希望はちょっと」

 誠は苦笑いした。

「あとあと面倒くせえだろうから、あのアカウントは消せってお嬢ちゃんに言っとけ」

「俺が言うんですか」

 誠はそう返した。

「俺は当分キャピキャピ生物と話すのはダメだ。反社のおっさんの数倍疲れる」

 百目鬼が顔をしかめる。

 大通りの人の数がさらに多くなってきた。いちばん人の多い時間帯だろうか。

「……んで、いつまで待たすんだ、あの嬢ちゃんは」

「本物の十万石のバームブラック買いにいくって行ったんですけど……」

 誠は人混みを眺めた。

「放置して帰ったら、なんとか探偵とか言ってわけ分かんねえ事件に首つっこみそうだからな。仕方ねえけどよ」

 百目鬼が頭を掻く。

 スマホの着信音が鳴った。百目鬼がスーツのポケットからスマホを取り出しタップして耳に当てる。

「──ああ、すぐ戻ります。そのまえに、保護した迷子がケーキ買いに行きまして。いま迷子待ちです」

 誠は横で苦笑した。


「お二人とも、ごめーん」


 花織が十万石の紙袋を持ち小走りで近づく。

「待った?」

「めいっぱいな」

 百目鬼が答える。

「紙袋って、何個買ったの」

 誠は問うた。

「十個?」

 花織が紙袋の中を覗く。

「どんだけ買ってんだ。いい占いが出るまで開ける気か」

「ニセの露店で買っちゃった子たちに犯人捕まったって連絡したら、本物買ってきてってたのまれちゃった」

 花織が紙袋の中の小箱を数える。

「あと、このちゃんが親戚のパーティーで来られなかったからもともと頼まれてたのと、メアド交換したJCの妹ちゃんと御園(みその)さんにお土産と」

 「あと」と続けて花織が百目鬼のまえに紙袋を開いて差し出す。

「お二人にも。好きなの取って取って」

 せかすように紙袋を揺らす。

「ケーキとか要らね」

 百目鬼が複雑な表情で拒否する。

「あーじゃあ、百目鬼さん、これ」

 花織が適当な小箱をとって百目鬼の胸元に押しつける。百目鬼が仕方なしに手を出した。

「も一つ」

 花織がもう一つ小箱を取って百目鬼の小箱の上に重ねる。

「二個セットか?」

「奥さんにあげて」

 百目鬼が珍しく呆気にとられた顔をした。

「要らねえー」

 ものすごく嫌そうな顔で小箱を一つ紙袋に返そうとする。

「百目鬼さんに聞き取りされた子たちが、奥さんいるのかどうか聞いたら答えてくれなかったけど、なんかいそうだよねって」

 花織が確認を取るようにこちらを見る。

 誠は無言で苦笑を返した。

 花織が誠のまえでふたたび紙袋を開く。

人見(ひとみ)さんは、彼女なし独身だったよね」

「……悪かったね」

 花織が取って、というふうに紙袋を揺らす。

 誠は紙袋に手を入れ、小箱を一つとりだした。


「ハッピーハロウィーン」


 花織が明るく言った。

 



「ケーキってか、干し葡萄(ぶどう)パンだな」

 商店街の屋内駐車場、警察車両のワゴン車の中。

 オレンジ色のルームライトをつけ、助手席で百目鬼が小箱を開ける。

 バームブラックを指先でつまみ「ふん……」と小さく呟くと、一口(かじ)った。

「干し葡萄っていうか、ドライフルーツですよ」

 花織が後部座席でそう解説して自身のバームブラックを二つに割る。

「わー指輪入ってた! 人見さん、指輪、指輪!」

「入ってるの、ぜんぶ違うの?」

 誠は尋ねた。

「指輪入ってると結婚できるの! すごい! 初めて出た!」

 花織がはしゃぐ。

 やっぱりそういうの嬉しいのか。女の子なんだなと誠は思いながら自身の小箱を開ける。

「旦那になるやつ、大変だな」

 ボソリと呟きながら、百目鬼が顔をしかめて口の中に指を突っこむ。

「何だこれ?」

 マジパンで作られた小さな丸いものを指先で裏にしたり表にしたりする。

「エンドウ豆ですねー」

 花織が後部座席から身を乗りだす。

「女の人が引いた場合は、年内には結婚できないって意味なんですけど」

「まったく関係ねえじゃねえか」

 百目鬼がぼやく。

「これは?」

 誠は自身のバームブラックの中に入っていた棒状のマジパンを花織に見せた。

「マッチ棒だと思います」

 花織が答える。

「ああ、マッチ棒……」

「不幸な結婚が待ってるという意味です」

 マジパンをつまんだまま、誠は顔をしかめた。



 終





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― 新着の感想 ―
花織さん、指輪よかったですね。 誠さん、頑張ってください。
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