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ポルトガルから来た女  作者: Kitsuny_Story
はじまり
3/23

バスの中

「バス来た」酒井はエンジン音の方に顔を向けると、遠くからバスの姿を確認した。

「あれがバスなんですね」七海はそっと呟く。

「あれで町まで僕たちを運んでくれるんだ」

「馬車みたいなものですね」

停車したバスに乗り込むと、年配の女性が一人で入口近くに座っていた。その他には乗客はおらず、中はガランとしていた。七海と酒井はバス後方の二人掛けの座席に座る。酒井は窓際を七海に譲ろうとしたが、七海がスーツケースを肌身離さず持っているのを見て、酒井が窓際に座ることにした。

「こんな大きな馬車はじめてです」

「馬車よりきっと速いよ」

 バスはぶるんと震えて出発する。どんどんバスが加速すると、七海はスーツケースを強く握り、目を少しだけ見開いて窓の外を見た。何も言わなかったが、バスのスピードにとても驚いていた。ちょうどバスは美月たちの車の横を通り過ぎるところだった。

「七海さんは生まれたときから、ずっとポルトガルに住んでるの?」

「ここ二年ほどイギリスの方に住んでいました」

「へ~大学がイギリスにあるの?」

「いえ、仕事で」

「どんな仕事か訊いてもいい?」

「私はカタリーナ王女様の世話役をしています。カタリーナ王女様がイギリスの王子とご結婚されイギリスの宮殿に住まいを移されたので、私も同行したのです」

「世話役なのに、ここにいて大丈夫?」七海の立ち振る舞いを見ていると、王女様の世話役という仕事をしていることも、不思議と現実味が湧いた。

「そのカタリーナ王女様に懇願されて、私はここに来ました」七海は前を向いたまま言葉を続ける。視線の先には古ぼけた中吊り広告があった。


「カタリーナ様は誰よりも祖国を愛しています。もともとイギリスに嫁いだのも、イギリスとの政治的・軍事的つながりを強固にするためです。カタリーナ様も祖国でずっと暮らしていたい気持ちを押し殺して、自ら進んでイギリスに行かれたのです。

 スペインがポルトガル侵攻の準備に入っていることを知ったカタリーナ様は、誰もいない寝室に私を呼んでこうおっしゃりました。

『七海、あなたの一族は代々ポルトガル王家に仕えてくれました。あなたの一族がどういう経緯でポルトガル王家に仕えることになったか知っていますか?』

『いいえ、知りません、王女様』

『三百年前、祖国ポルトガルはスペインから侵攻を受けました。海からも陸からも大軍で攻められ、ポルトガルの王宮は完全にスペイン軍に包囲されたのです。もはや降服し、王宮をスペインに明け渡すしかない。そう誰もが諦めていたとき、一人の男が王に進言しました。

『あと一日持ち堪えてください。そうすればスペイン軍は包囲を解きます』そう言ったのは下働きの石工職人でした。

『なぜ、お前にそれが分かる?』ポルトガル王は尋ねます。

『私の生まれ故郷の蛇がそう教えてくれたのです』石工は答えました。王は石工の話に聞く耳を持たず、すぐに下がれと言いました。ただ後一日だけ降服するのを待つことにしました。すると、不思議なことに次の日からスペイン軍は撤退を始めたのです。

『なぜ、お前の言う通りになった?』ポルトガル王は再び石工を呼んで尋ねます。

『私が蛇にそうお願いしたからであります』石工はそう言ってニヤリと笑いました。

 後で判明しことですが、そのときスペイン軍にはペストが流行していたそうです。ただ、それ以来ポルトガル王はその石工を王の相談役にまで出世させました。またポルトガルに危機が迫った時、その石工に相談できるように傍に控えさせたのです』

『その石工が私の先祖ですか?』

『そうです、あなたはその石工の末裔です。あのとき以来、スペインは再びポルトガルに侵攻しようとしています。次はきっと容赦しないでしょう』

『はい…』

『七海、また蛇にお願いしてきてくれませんか?あなたの先祖が行ったように』カタリーナ様はそう言って、私の両手をそっと包みました」


 酒井は黙って七海の話に耳を澄ませていた。とても不思議な話だった。遠い国のおとぎ話のようだった。

「カタリーナ様の願いを受けて、私は一人でポルトガルに戻りました。そして王宮の部屋に戻り、ベッドの下に隠れた床のタイルを一枚引きはがしました。そこに秘密の道具があります。先祖代々伝えられてきた蛇に会うための道具です。あの石工が使って以来、私がはじめて使うことになります。三百年ぶりに床の下から出てきたのです。その道具を使って、私は今ここにいます」七海はさっきよりもスーツケースを強く握った。その中に秘密の道具が入っていた。

「その石工もこの道を通ったのかな?」酒井は窓の外を見ながら尋ねた。窓の外には相変わらず青い空と丘陵地が広がっていた。

「きっと、ここを通りました。バスなんて使わなかったでしょうけど」

「蛇に会えるといいね」

「はい」七海はそう言うと、スーツケースを握りしめていた手を緩めて背もたれに背中をつけた。

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