第四十三話 「変わらない日々②」
早朝から死の危険をどうにか回避したが、それは序章に過ぎなかった。
「はい?」
家を出た扉の前には――葵と天音が待ち構えていた。
今になって確認すると……矢印が立っていた。 二色共に。
美嘉に殺害されかけた騒動に集中していたから完全に失念していた。
「……怜音、アンタに確かめたいことがあるの」
ジト目で俺を睨む葵、と無言で圧をかけてくる天音。
「た、確かめたいことって?」
「奏のこと」
心臓が跳ね上がる。
もしかして、昨日の夜の出来事が発覚したのだろうか?
大丈夫だろう、と踏んでいた美嘉にもいつの間にか露見していた。
奏ちゃんは必死に隠しているだろうが、意図せず情報が漏れることだってある。
もしも露見したのなら、大変なことになるぞ?
 
胸に厚い雑誌でも仕込んでおいた方がいいかしら。
「正直に教えてほしいのだけど……」
「は、はい」
「アンタ、奏をサポートしていたわよね?」
「はい?」
質問が予想外過ぎて、その意図を図りかねていた。
「どうみても、怜音の立ち回り方は奏をサポートしているとしか考えられないのよね」
「怜音様、正直におっしゃってください」
これが、告白騒ぎには勘付かれていない、ということだろうか?
なら、なんとでもなるだろう。
「正直に話すと……そうだった」
「やっぱり!」
葵が近寄る。
「どうしてよ!」
「どうしてって言われてもなぁ」
「おやめなさい」
葵が暴走しかけるところを天音が制する。
「理由はわかりませんが……今回は素直に、私たちが動き出すのが奏さんより遅かったのでしょう」
天音は賢いなぁ。
「ですが……次はありません」
「ひっ」
それは般若の如き恐ろしさだった。
まるで俺が浮気したかのようだ。本当に無実なのに……。
そんな俺の想いを知らずに、二つの嵐は去っていった……。
◇
仕切りなおして家の外に出る。
「やぁ、朝早くすまないね」
登校の為、家を出るとそこには見覚えのある高級車が止まっていた。
 
運転席側の窓を開け、湊さんが顔を出した。サングラスをつけているが、彼女であることはわかる。
「湊さん」
「時間もないから、手短に話そう」
あの後のことだ。
奏ちゃんの衣装が湊さんにより制作された事実はいつのまにか学園中に広まっており、そしてどういった遣り取りがあったかまでは不明だが――来年は湊さんがデザインした制服が採用されるようだ。
当然、学園側は湊さんが過去のデザイン大会で忖度により敗北した一人だということは知らない。
 
ただ、世界的デザイナーとミスコン優勝者、二人の知名度は学園の宣伝としては十分と判断したらしい。
「復讐が虚しいとはよく言ったものだね」
「……湊さん」
「そのような顔をしないでおくれ。キミがいなければ、なしえなかった。それに……奏の幸せそうな笑顔も見ることはできなかった」
そういう彼女の顔は、確かに明るいものだった。
「これからどこへ?」
「フランスだよ」
「ええっ!?」
急だな!?
「溜め込んだ仕事をさっさと終わらせようと思ってね、二カ月程度さ」
「そうなんですね……」
「いない間の奏の面倒、お願いするよ。最初は連れていくつもりだったんだけど、その必要もなくなった」
彼女はサングラスを指で上げ、瞳を見せる湊さん。
奏ちゃんとよく似た、綺麗な水晶のような瞳だ。
「いい顔だ。もっといろいろと話したいのだけどね――奏が到着してしまう」
「え?」
奏ちゃんが?
「はっは。その様子だと、別に通う約束はしていないようだね」
「えと、本当ですか?」
美嘉繋がりで家の場所は知っているとはいえ……これは驚きだ。
「一つアドバイスしておこう」
「?」
「あの子はね……とっても嫉妬深いし、欲張りさんだ」
それは、昨日の彼女の言葉からわかる。
「だから、守ってやるんだ」
「はい、絶対に」
「直球で力強い。ポエマー君にしては……珍しい直喩だ。やっぱり君は面白い」
止めていたエンジンを始動する。住宅街に似合わない轟音を立て始める。
「ではまた会おう、朝来怜音君」
そして、一陣の風が吹く様に……湊さんの車は走り去っていった。
次回はついに最終回です。
よろしくお願いします。




