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第二十話 「小さな想いと、大きな決意」

 とんでもない展開の連続であったコミケの夜、夜瞑奏はまたもベッドの上で後悔を繰り返していた。


 「恥です、恥をかきましたぁ……」


 綺麗に脱いだコスプレ用衣装を抱きしめながら、身体を丸くする奏。


 「何も問題はなかったように見えるけれど?」


 一方で、姉である夜瞑湊はいつも通りの静かに、だけど含みのある笑みを浮かべた。


 「そ、そんなことありませんよぉ!」

 「ははは、そう焦らなくてもいいさ、私の妹よ。想い人の前では、誰であろうと緊張で思い通りにいかないというもの」


 こと恋愛において、奏以上の経験値をもつ姉は、そんな後悔で壊れそうになっている妹をフォローする。


 「湊姉様も、そうなのですか?」


 最早、好意を悟られていることに関しては奏も言及しなかった。


 姉の前で虚勢は無意味なのだ。


 「そうともさ」


 奏が普段座っているゲーミングチェアに深々と腰掛け、腕を組んで座る湊はそう言葉を続ける。


 「焦燥による空回りや失敗は、私にもあった。他の異性が傍にいると、柄にもなく気が逸ったものだよ」

 「湊姉様も……」

 「何だってできるという私の魔法も……惚れた男の前では形なしだったよ」


 湊は奏に反して、絶対的な自信を持っている。己が才能を魔法、と称することができるくらいには……。


 奏にとって、湊は理想そのものだった。


 彼女の考える、完璧超人と表しても過言では決してなかった。


 だからこそその姉が、人並みに恋をし、そして凡人が思い描くような嫉妬をしていたとは……思いもよらなかった。


 「叶わぬ恋だってあったものだよ。それが巡り巡って今の私を躍動させる燃料となったのは間違いないけれどね」

 「湊姉様は、やっぱり強いです」

 「強くなんてないさ。ただ、弱く見られたくない、その一心なだけさ」


 奏は一度弱気になってしまえば、目も当てられない程に深く沈む傾向にある。


 真横で奏の成長を見続けた湊にはよくわかることだった。


 「妹よ、考えてみてほしい」

 「?」

 「本当に好きな相手でなければ、今のように一喜一憂することは決してないだろう。だから、恥なんて思わないでほしい。少なくとも……あのポエマー君、もとい朝来怜音は今日の奏の姿を見て、とても嬉しそうだった。これはデザイナーとしてだけでなく、姉としても喜ばしいことなんだよ」

 「……奏を見て、喜ぶものですかね」

 「世間一般の話ではない。彼が喜ぶんだ」

 「…………あう」


 現に、今だって奏は今日の衣装を大切に抱いたままだった。


 「……でも、やっぱり恥ずかしいですよ。朝来さんは私はどんな姿でも似合う、可愛いといってくれますが、信じられません。こんなちんちくりんな体ですよ? 朝来さんの周りには、同性の私から見ても容姿端麗な方がいらっしゃるというのに、奏なんかに気をかけてくれて、好きと言ってくれて……。理解できないことだらけです」

 「うふふ」

 「湊姉様?」

 「今、奏は惚気ていることに気が付いているかい?」

 「っ……い、いえ、そんなことは……」

 「いいんだ、これも青春だ」


 すると、湊はたちあがる。


 「湊姉様?」

 「いやね、彼はいいモデルになりそうだ。モデルを引き立てるのは、最上級の衣装。久方ぶりに奏以外の人間の服を作りたいと思ったものだからね……今日はお暇させてもらおう」


 非常にマイペースな所も、湊の魅力だと奏は理解していた。


 「ただ、こんな愚姉でも一つ、奏に有益なアドバイスを送るとしたらそうだね……」


 一度小さく振り返り、奏を優しく見つめる。


 「行動あるのみ、だと思うよ。だいぶ過激な行動だったとしてもね。競合が多いのなら、なおさらだ」


 「行動……ですか」


 姉が去った後、奏は鞄からミスコンのチラシを取り出す。


 「奏はとっても怖いです」


 ミスコンへの参加を表明することは、表立って葵と天音と戦うことを意味する。


 別に、怜音への『好き』の感情を暴露するわけではないから、仲違いを起こらないだろう。


 でも、だ。


 相手はどちらも強敵だ。漫画やアニメの世界から飛び出したような存在だ。


 自分に太刀打ちできる可能性など……。


 「それでも……朝来さんだけが、朝来さんだけは信じてくれています」


 根拠としてはとてつもなく薄い。


 たった一人の、言葉でしかない。


 既に多くの生徒から注目を集めている人と比べると、余りにも弱く不安定。


 だけど、どうしてか……強く信じられた。


 彼のその言葉一つで、自分を信じることができそうな気がするのだ。


 「朝来さん……あなたのせいですよぉ……」


 服を抱きしめる力が強くなる。


 ぎゅっと、丸裸の感情が喉元から溢れるのを我慢する。


 だけど、告白されてから強まる鼓動が、今日――最高潮に達していた。


 「…………」


 皺が付いてしまうことを恐れたか、冷静になったか、再び鏡の前に立って自分の体に衣装を重ねる。


 「……似合う、似合う……えへへ」


 言葉を繰り返して、嬉しくなって、顔が綻ぶ。


 そして机に並ぶ、二枚の写真。一枚はプリクラの時に撮影した写真、そして二枚目は今日の写真だ。姉が気を利かし、二人並ぶ姿を撮影してくれた。


 「……えへぇ」


 綻んだ顔は、より一層に情けない表情となる。


 「こういう写真……思い出を、作ることは、できるのでしょうか?」


 誰もいない場所で、そのような言葉を零す。


 再び、資料に目を通す。


 「後夜祭、踊り」


 考えるだけで、顔が赤くなる。まだ優勝してすらいないというのに。


 

 学校見学の際に、この行事に最後まで参加したことがあった。


 後夜祭はとてもきれいなもので、奏には遠い世界に見えた。多くの人が後夜祭を楽しむ中、優勝した女子生徒と支えた男子生徒の間には、決して入ることのできない空気があった。


 それはまさしく御伽噺おとぎばなしの王子様と、お姫様みたいで……。


 「……行動、あるのみ……」


 一度目を瞑る。


 だけど冷静に徹しようとも……まぶたの裏に容易に怜音の顔が浮かぶほどに、彼女は熱を帯びていた。


 「もしも、もしもいい結果を残せるのならば……」


 目を開き、宣誓するように言葉を続ける。


 「……私の想い(だいすき)を、朝来さんに伝えましょう」

「だいすき」を重ねて――。

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