第十四話 「VS葵(レイドボス)」
「ちょっと、放課後顔を貸しなさいよ」
「え、何……怖い」
六限終了後、帰りの準備をして奏ちゃんに話しかけようと画策していたのだが……葵につかまった。
言葉だけを見れば、不良の呼び出しとそう違いはない。
頭上には、俺にしか見えない普段よりもキラキラした青色の線が浮かんでいる。
天音があったんだからありますよね。ハイ、強制イベントのお時間です。
「今日は一人で帰りたい気分なんだよね」
「はぁ? 何言ってんの?」
「お言葉の通りですが」
「何バカなこと言ってるのよ、勝手に帰るんじゃないわよ」
勝手に帰るのはダメらしい。
厄介なのは、家の場所が割れていること。
下手に逃げ帰ろうものなら、家が荒らされかねないし、そうなると美嘉が泣きわめく。困った。
「手洗いだけいかせてくれよ」
「いいわ、私も掃除あるから、校門前で集合ね」
現実から逃避するためにトイレの個室で時間を稼ぐ俺。
稼ぐにしても数分かそこらだけど……。
溜息が止まらない。葵が嫌いというわけではないが、俺の好みではなかった。
いいところは勿論いっぱいあるけど、こればかりは仕方ないのだ。
「はぁ……」
そのとき、通話アプリが鳴る。
メッセージの送り主は……奏ちゃん!?
「え、あ、え!?」
思わぬ助け船につい声が出てしまった。
電気街でのデートがあった夜、お礼の連絡がきていた。それ以降、ときどきではあるけれど、会話が続いていた。
対面での会話よりもオンライン上の会話の方が普通に話せるようになるのが奏ちゃんなのである。でも、それは俺も凄くわかるぞ。
『大丈夫ですか? 葵さんに詰め寄られていたようですが……』
「正直助けてほしい」
そう返すと、すぐに返事が来る。
『疑問なのですが、朝来さんと葵さんは……喧嘩でもされているのですか?』
俺が葵を避けようとしているため、そう感じたのだろう。
「いや、してないな」
『でしたらどうして……?』
「一人でいたい時もあるからね」
『気持ちはわからなくもないですwww』
「それに、奏ちゃんを裏切ることになる」
天音は回避できなかったが、これ以上こういう展開は避けたいところというのが本心だ。
すると、既読がついたまま返信が二分くらい止まってしまう。
『恥ずかしいので、その、突然そういうことを言うのはやめてもらえると……』
「ああ、ごめんよ」
『……でも、誠実なところは嬉しいですよ?』
え?
突然褒められて、頭が真っ白になる。しかし、奏ちゃんは言葉を続ける。
『話を戻しますが、可能であれば助けましょうか?』
「いけそうかな?」
『はい、今日に関して言えば……美嘉ちゃんの協力がいりますが……』
彼女が言うには、たまたま合流したという形で、奏ちゃんと美嘉が俺たちのいる所に合流できるという。
そうすれば多少は負担が分散できるかもしれない、という話だ。
「頼っていいか?」
『ええ、朝来さんには恩もありますからね。ただ……葵さんの前で、その、いつものは、やめてくださいね?』
「いつものって?」
『い、いぢわるです! ではまたあとで!』
そうして、メッセージは止まった。
美嘉を急ぎ呼び出せば、十数分くらいで駆けつけられるだろう。
その力を借りるため、時間を稼ぐことにした。
◇
ここで葵の地雷についても話しておこう。
天音と同様、葵もいい所は多い。
幼馴染だし、実際に頼ることも多い。だけど、下手に好感度を上げてしまうと生じる地雷が厄介なことになる。
彼女の地雷……トラウマは、『父親』にある。
父子家庭で、葵の物心がつく前から母親の姿はなかった。
そして、彼女の父はお世辞にも言い父親とは言えなかった。虐待こそなかったが、定職につかず、無気力となっていたのだ。
いつしか葵が逆に父の面倒を見る状態で、どちらが親子かわからなかった。だけど、アルコール依存症を脱することができず、彼女が中学の段階で入院することとなる。
幼少期から、父のために頑張ることが常識だった彼女にとって、父の入院による不在は心に大きな穴が開けてしまう。
そんなとき、幼馴染である朝来怜音を意識するようになった。
怜音は別に自堕落というわけでない。人並みにだらしないというだけである。
だが葵は怜音のそれを、父に重ねてしまい、いつしか怜音を助けることを生きがいに感じるようになる。
父親は自分がいなければ生きていけない、彼女はそう確信している。
だから、彼女は父親のような相手を求めることを『恋』だと勘違いしているわけだ。
怜音が葵ルートですることは、その勘違いを正し、本当の『恋』を教えること。
ルートの最中で、その勘違いに怜音は気づくわけだが、それを放置していればバッドエンドとなる。
怜音は父親ではないと自覚しながらも、そうする道しか知らない彼女は矛盾の中に揺れ動き、好きな人にそのような感情を向けてしまう自分にたえきれなくなって――その果てに自殺してしまう。
そんな衝撃的で救いのない結末を迎えてしまうのだ。
このルート、初見で陥りやすい罠で、何も知らないプレイヤーに多大なトラウマを与えた。
まず、葵に会いにくだけではフラグが立たない。
定期的に父親の元にお見舞いにいってフラグを立てておかないといけない。
そうしなければ、葵に対し父親離れするように促すことができずにバッドエンド直行となる。
葵ルートに入ったんだから葵の好感度を稼いでいればいいのだろう、という恋愛ゲームの基本的な攻略法に待ったをかける罠なのだ。
◇
奏ちゃんが美嘉と合流したのを確認すると、俺を待つ葵の元へ向かう。
「ちょっと、遅いわよ!」
「お腹が痛かったんだ、すまん」
「大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫」
なんてことない小さな話を繰り返しつつ、葵が歩き出そうとする。
そのとき、俺の視線は少し先の奏ちゃんと美嘉を見つける。
「あれ、美嘉じゃないか」
奏ちゃんはいい位置で雑談しながら待機していてくれたようだ。
一方で、美嘉は「聞いてない」という表情をし、俺を見る。
それもそうで、葵と会うとわかれば美嘉は絶対にやってこない。奏ちゃんはうまいこと我が妹を誘い出したのだろう。
「本当ね。それに……奏も」
「……こんにちは、にーやんに葵さん」
逃げ出すことが不可能と悟った美嘉は、「後で何か奢れよ」といった表情をしながら俺を睨みつけてきた。
俺は「わかった」、と葵に気付かれぬようにアイコンタクトを取る。
「ちょっと美嘉、アンタまたジャージで外出たりなんかして……だらしないわ!」
「うへぇ、お母さんが一人増えたみたいだぁ」
「そんな年じゃないわよ!」
俺と幼馴染だったため、家族ぐるみの付き合いが長い。
故に、彼女は美嘉の面倒も見るようになっているわけだが、今回の狙いはここにある。
美嘉は出不精であるわけで、そのだらしなさは俺以上。葵が血眼になって直そうとするのだ。
そうなれば、俺への注意はかなり削がれる。
「作戦は成功です」
先行する葵と美嘉の背を見守りながら、奏ちゃんは小さく敬礼をする。
「ありがとな。また今度美嘉と一緒に何か奢るよ」
「言わないでください。これは奏が提案したことでもあるんですから……二人で一緒に美嘉ちゃんに美味しい焼肉でも食べさせてあげましょう」
「そうだな」
一応言っておくと、美嘉は別に葵が嫌いなわけではない。
「そういやな、かな……夜瞑さん」
奏ちゃん、という名を葵の前で呼んでしまったら、これまでの根回しが台無しになってしまう。
「なんでしょう?」
「一つ謝らないといけないことがある」
すると、びくっ、と震える様子を見せる奏ちゃん。
「な、なんでしょう?」
「逃げようと思ったんだがな、昨日天音に捕まっちまった」
「えっ」
「ごめんな」
「あ、あの、どうして謝るんです?」
「いや、だって、さ? ああいうことして他の子と出かけるのは……裏切りだろ?」
「……っ!」
みるみると赤面する奏ちゃん。
「そ、そういうのは、い、今はやめてください! 嬉しいですけど、嬉しいですけど、今だけは!」
「あ、そうだった。すまん」
すこしきわどい会話だったが、葵らは何も気づいていないようで助かった。
「ちょっと、アンタたち」
「「はい」」
俺と奏ちゃんはほぼ同時に返事する。
「これから美嘉ちゃんの服を買いに行くから付き合いなさい」
「ひえええ、私は別にいいんですけどー……」
頼りない兄を許してほしい、妹よ。
葵に見つかったら最後、こうなるのだ。
葵はそれを正しい恋と知る日がくるのだろうか――――?




