記憶の欠落
────どうやら夢を見ているようだ。
ここはどこなんだろう、とても景色がいい。僕以外に2人居るようだ。どちらもとても笑顔だった。
遠くには、大きな建物、たくさんの人々。
ここは大きな街のはずれの山?なのか。
「ハル、行こう」
目の前の少女Aはそう言った。
「置いていかないでよ〜」
少し後ろにいた少女Bはそう言った。
「私たち、この景色を見るのは最後かもね」
少女Aは笑顔でそう言った。
「最後だね。でもまたいつか───」
少女Bは悲しそうな顔でそう言った。
僕は、どんな顔をしているのかな?
────「ハル、ハル!起きなさい」
目を覚ました僕の目の前には、母親らしき人。
「おはよう…?」僕は少し困惑したけど挨拶をした。
「今日もいい天気だよ、ハル。お母さん、あなたの好きなヴェイス兎のシチューを作ったわよ」
僕、ヴェイス?兎のシチューが好きなのか?
そして、やっぱりあなたは母親なのか?
「ありがとう」
「さぁ、早く食べましょう!」
夢の中で見た、2人の少女のようにとても笑顔だった。
─────「ごちそうさまでした」
「ハル美味しかった?」
「うん、とても。」
そう、とても美味しかった。大好きだと言っていただけはある。だけど僕は兎のシチューを食べた記憶も、目の前の母親の記憶もない。それどころか僕が何者で、誰なのか、そんな記憶も全てない。
「ハル、街でお買い物をしてきてちょうだい!」
そう言って、母親と名乗る女性は僕の手にお札と硬貨らしきものを渡した。
「行ってきます。」
そう言って僕は、家を出た。
街には、たくさんの人々がいた。
薬草に、武具、農具に、豚や兎の肉、野菜に果物の出店。
「お〜、ハル!1人で買い物なんて珍しいな!」
肉屋のおじさんがそう言った。
珍しいということは、いつもは母親と来ているのか?
「ヴェイス兎の肉、安くしとくぞ〜買ってけ!100Gだぞ」
100Gが安いのか高いのかもわからず、もらった硬貨を渡した。
「500G硬貨からだな、はいよっ!400Gのお釣りだ」
今出したのは500G硬貨だったらしい。
「おーーい、ハルの坊や〜、野菜買ってかないか〜」
野菜売りのおばあさんがそう言った。
僕はどうやら、この街によく来ているようだ。
「ハルの坊や、今日は新鮮なソルベジタが採れたよぉ」
「とても、美味しそうだね」
「そうじゃろお、ほら、持ってけい」
「お金は?」
「お金?ゴールドのことかの?いらぬよ。ハルの坊やの
母さんにゃ、世話になっとるからのお。」
母さんの知り合いのようだ。
「なら、お言葉に甘えて。」
僕はそう言ってソルベジタと呼ばれていた野菜をもらった。
「ハルの坊や」
笑顔だった野菜売りのおばあさんが、少し悲しそうな顔で僕を呼んだ。
「隣町が魔女にやられたようじゃ。パンジャも、もしかすると…危ないかも知らぬぞ。」
魔女…?何者なのだろう。魔術を使うのか?それに隣町がやられたとはどういう事だろう。それにこの街はパンジャというのか?
僕は情報量の多さに少し困惑した。
「ハルの坊や、母さんと一緒にパンジャをでたらどうじゃ。」
野菜売りのおばあさんは、そう言った。
「どこに行けばいいの?」
「そうじゃな…。どこへ行けばいいのじゃろうな。」
「魔女って?」
「ハル、魔女を知らんのか?それは驚いた。」
魔女は、この世界の常識なのか?
「魔女だよ魔女。封印されていた十ノ魔女が解放されたのじゃぞ!!」
十ノ魔女…?僕はわからない。10人の魔女か?それとも10歳の魔女?
「ハル、本当にに知らんのか?隣町は魔女によって消えた。なぜ封印が解けたのだ。パンジャももう終わりだろう。王国の騎士も魔女狩り(ウィッチバーン)を決行すると明言したしのぉ…。」
「魔女って、怖いの?強いの?」
「怖いも強いも、そんなレベルではないんじゃぞ。魔女史を見たことの無い子どもは初めてじゃぞ…。」
魔女史というというものがあるのか。
「魔女の中にも、良い奴悪い奴がおるんじゃ。とくに静寂の魔女とよばれるサバトは人間にかぎらずあらゆる種族と交流があるのじゃ。」
静寂の魔女…?サバト?やっぱり知らない。
魔女とはなんなんだ?
「魔法を使うの???」
「魔法といえばいいのかのぉ…。ワシにもそれはわからぬ。波動とはまた別の力とされているからのぉ…。なにせわしは、波動を扱えんのじゃ。」
波動?次から次へと知らない言葉。
僕は考えるのをやめた。とりあえず全てを受け入れていこう。そう考えた。
「波動って、なに??」
「ハルの坊や??どうしたんじゃ?魔女どころか波動もしらんのか???記憶でも飛んだんじゃないか?」
そうかもしれない。当たり前であろうことを僕は何も知らない。何故だろう。あの夢に出てきた世界とは全く違う世界のように感じるこの世界。僕は何者なのだろうか…。
「もしかしたら、僕、記憶がおかしくなっているかも」
「魔女の仕業か…?ハルの坊や、なんかこう、知らぬ女と会話したりしたか?」
「わからない」
「ハルの坊や、お家へ帰りなさい。母さんにその事を話すのじゃ。なにせ、波動を扱える街一番の波動使者なんじゃから、何かわかるかもしれぬぞ」
波動使者、名前からして波動というものを扱える者のことだろう。とりあえず母親と名乗る人物に聞いてみることにしよう。
────僕は歩き出した。その時だった。
一瞬だった。なにかが光った。そして大きな音がした。
僕は衝撃で吹き飛ばされた。
僕だけじゃなく、家もも出店も…肉屋のおじさん、野菜売りのおばあさん、なにもかもが吹き飛んだ、壊れた。