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ジュード視点です。
ジュードは母親のお供で、観劇に来ていた。母親は本当は友人と行く予定だったが、彼女は体調が悪くなったらしい。
「喜劇なのよ。とても面白くて楽しめると男性にも女性にも人気なの」
恋愛ものなら御免だが、それならいいだろうと思い同行することにした。
劇場に着いた。ボックス席に案内されている時、少し離れた所でちょうどボックス席に入ろうとしている男女が見えた。女性はリリアナだった。年上らしい美しい男性と腕を組んで、楽しそうに笑っていた。顔がかなり近く、本当に親密そうである。
我が家で会った時は相手がいないようだったが、とうとう付き合う相手が出来たのか。彼女がその気になれば断る男はまずいないだろうしな……
「ジュード、どうかしたの?」
俺は、ハッとした。
「何でもない」
「どこかで見たことがあると思えば、リリアナさんね。うちに遊びに来てた」
「あ、ああ」
「ジュードは彼女が好きなの?」
「はあ?!」
「あら違ったのかしら? 本当に綺麗よね。まあ、素敵な方と居たからどうしようもないかしら。フフフ」
何がフフフだ! ジュードはドスンと席に座った。リリアナに会えば、先に相手が出来たと自慢気にされるのだろうか?
劇はとても面白く、出演者が観客席の間を歩き回って観客を巻き込みながら大変盛り上がった。
幕間の休憩時間。
「リリアナさん久しぶりね」
母と二人ロビーに出ていると、母がリリアナを見つけて声をかけた。
勘弁してくれよ。彼女に話しかけるなよ! ジュードは他人の振りをしたかったが無駄だった。
「まあアトキンス伯爵夫人、ご無沙汰しております」
リリアナはこちらへ体を向けた。
「ジュード様、先日はお世話になりました。色々とありがとうございました」
彼女は美しい笑顔を見せた。
「あっ、いえ」
彼女がえらく素直で、普通に笑い掛けられて驚いた。
好きな男の前だからよそ行きの態度なのか?
「あら何かしたの?」
「弟と近衛騎士隊の見学会に参加させていただいて、お世話になりました」
「あら、そうなの。ところでそちらの素敵な方は?」
「ディラン・スタインと申します。リリアナの叔父です」
「そうだったのね! 良かったわね」
「!!!」
何が『良かったわね』だよ! こっちを見るな!!
俺は母親を睨み付けた。
「…………素敵な叔父様と御一緒で」
俺の冷たい視線に、母はとってつけたように言った。
「とても若そうに見えるわ」
「リリアナの母親とは年が離れておりまして」
「そうなのね」
「そろそろ席へ戻ろうか」
母がこれ以上変なことを言い出さないうちにと、母を促して挨拶をして立ち去った。
リリアナは最後まで、にこやかだった。
ボックス席へ戻ると母に釘を刺す。
「母さん、誤解されるような変なことを言わないでくれよ」
「何も変なことは言ってないわよ。ジュードにチャンスがあるって分かって良かったじゃない」
「またそういうことを。俺は別に彼女とは」
「そうなの? あなたはまだ21だから良いけど、彼女はそろそろ急がないといけない年なんじゃないかしら。後悔しないようにね。何もやらずに後悔するよりも、やれるだけのことはやってから後悔しなさいよ。気になる人にはドンドン積極的にいくのよ! うちの息子たちは皆女性に対して積極性がないわよね。そのくせ見合い話は会う前に断るし。まさかあなた達、女性に興味がないと言うことはないわよね?」
「はあ……」
そのあとも女性の口説き方について、散々聞かされたのだった。
☆リリアナと叔父
観劇に行きジュード様の母親に声をかけられた。叔父を紹介するとなぜか『良かったわね』と言われた。
ジュード様のお母様はとても無邪気な方なのに、ジュード様は今日も愛想が無い。さらに機嫌が悪いのか時々母親に冷たい視線を投げていた。そしてあっという間に母親と共に席に戻ってしまった。
去っていく彼の後ろ姿を見送っていると叔父が話し掛けてきた。
「リリアナ、彼が居なくなってガッカリしたのかい?」
「まさか! 私には素敵な叔父様がいるし」
「うれしいが、俺ではリリアナと結婚できないからな」
「本当に残念だわ」
「先ほどの男性が居るじゃないか。見た目は申し分なかったぞ」
「見た目はね」
「見た目は好みなんだな」
「もう! 席に帰って劇を楽しみましょ」
「そうだな。彼の誤解も解けたようだし」
「何のこと?」
「何でもない」
ジュードの態度が少し気にかかったものの、はしたなくも大笑いしながら劇を楽しんだのだった。