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ジェラルドの家を訪問して少し経った頃、クリスが近衛騎士隊への入隊希望者の為に行われる見学会に行くと言う話を聞いた。
家族も一名だけだが一緒に見学できると聞き、リリアナはクリスに同行することにした。
近衛騎士隊の見学会に行けば、ジュードに会えるかもしれない。隙を見てどうにかしてぎゃふんと言わせてやるんだから。
これでスッキリした気分になれると不純な動機で参加を決めたのである。
リリアナは気合いを入れてクリスと共に指定された日に王宮へ出掛けた。
王宮の騎士の詰所の前には見学希望者が集まっていた。家族は一名のみ同行を許されていて、母親や父親が多そうだった。
そこから騎士専用の食堂に案内された。ここで全体説明会が行われ、グループに別れて見学を行い、最後に訓練に参加するという流れで行うようだ。
全体説明の会場にはジュードはいなかった。勢いこんで来たので拍子抜けして、ボーッとしているうちに全体説明が終わる。
「それではグループに別れての見学に移ります。担当者が名前を呼ぶので、付き添いの方も一緒に担当者の所へ集まってください」
そう司会者が説明すると、いつの間にか室内に居たようで数人の騎士が前へ出てきた。
「あっジュードさんだ!」
クリスが目ざとく見つけ小声で言う。すっかり諦めていたので油断していた。見つけるなり心臓がバクバクしてきた。
「こ、これは武者震いね」
「はあ? 戦いに来たのかよ……そもそも震えてないし」
クリスが呆れたように小声で突っ込む。
ジュードが自分のグループの名前を紙を見ながら読み上げ始めた。
「クリストファー ロセフィット」
「はい!」
クリスが返事をしながら、立ち上がる。ジュードがこちらを見て私を見つけ一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに紙に目をやると、残りのメンバーの名前を読み上げた。
リリアナもクリスについて、ジュードの元へ向かった。
グループ分けが終わるとジュードが口を開いた。
「このグループを担当するジュード アトキンスです。よろしくお願いします。先ほども説明がありましたが、簡単に注意事項をお伝えしてから見学に移ります。まず、同伴者のいる方は、移動の際はお互いがいるか確認し、迷子にならないようお願いします。また、途中体調が悪くなったり、トイレに行きたくなった方はすぐに私にお伝え下さい。くれぐれも無断で別行動しないよう重ねてお願いします。それでは見学場所に移動します」
流れるように説明する。張りのあるよく通る声が気持ちよく響く。
質問にも、ハキハキと答えながら歩くジュードの姿から目が離せなかった。
何度か目が合ったが、彼は表情を全く変えず、私たちは最後の訓練場へ到着した。
「ではこれから、訓練に入りますので、同伴者の方は観客席へお願いします。観客席以外の場所へ移動しないでください。もし先に帰りたい方がいらっしゃいましたら、あちらで手続きをお願いします。トイレはそちらです。では、他の方は私についてきて下さい」
そういうと彼は訓練場の中へ入っていった。
客席の最前列に腰をおろす。
騎士達が次々と訓練場に入ってきて、参加者と打ち合いを始める。ジュードも手合わせしながら指導を行っている。
熱心に指導する姿を飽きることなく見つめた。
クリスの順番が来た。ジュードに打ちかかり、いなされ、また打ちかかりを繰り返す。さすがに王女付きの騎士だけあって、ジュードは強いようだった。
文句の一つでも言ってスッキリしたかったから来たのに、話をする暇もなく、さらに彼を見ていると、そんなことがどうでも良くなってきて、なぜか幸福感に包まれて、ただただ彼を見つめていた。
訓練が終わった後は、3組の騎士が順番に出てきて、打ち合いを披露してくれた。
ジュードも見事な打ち合いを見せ、相手の剣を弾き飛ばしていた。
それが終わると初めにいた場所へ皆で移動し、少し話を聞いた後、解散になった。
クリスと共にジュードに挨拶に行く。お礼を言うと、他の人も待っていたのですぐに彼のもとを離れた。
クリスが着替えに行ったので一人で待っていると、ジュードが近づいてきた。目が合ってドキドキした。
「まさかいらっしゃるとは思いませんでしたが、近衛騎士隊に興味があったのですか?」
「え、ええ。お弟が騎士隊に入りたいようなので……」
実は目的が違うので若干挙動不審になり、下を向く。
「今日はえらく大人しいんですね」
「っ! こういう日もあります。いえ、これが普通です。えっと多分……」
人がたくさんいる場だから、弁えているのよと思いながら、顔をあげると、彼と目があった。
胸がきゅんとなり、胸を抑える。なぜか恥ずかしくてしどろもどろになり、いつものように話せない。
「あなたの普通ではなさそうですが、」
「はあ……」
「反応が薄い。なんか元気がないようだけど大丈夫?」
彼が私の顔を覗き込もうとした時、背後から声がかかった。
「ジュードが女性としゃべってるとは珍しいな。それもリリアナ嬢と。紹介してくれよ」
「えっ、ああ。彼女は弟の友人の姉上なんだ。で、こちらの男が同僚の」
「セドリック・オルコットです。22才独身です。婚約者も彼女もいません」
彼はウインクをした。
「はあ……」
「セドリック!」
「一目惚れなんです。もし良ければ僕と」
「どっか行け!」
ジュードは手で追い払った。
「あいつがごめん。不愉快じゃなかった?」
「ええ。大丈夫です」
「いいヤツなんだよ、ああ見えて。仕事の時は真面目だし。今日は具合悪そうだからそれどころではないだろうが、彼と話してみようと思うなら、後日弟にでも伝えてもらえば仲介はするよ」
「………………」
他の人をオススメされて、なぜか悲しくなってきた。
「やっぱり具合が悪いのか? 座るか?」
彼が心配そうに聞いてくる。涙が出そうだ。
「姉さんお待たせ。どうかしたの?」
クリスが、着替えを終えて戻ってきた。
「お姉さん具合悪いのか、何だか元気がないんだよ」
「えっ? 大丈夫なの?」
「うん。何か時々胸が苦しいだけ」
「大丈夫じゃないじゃん!」
「変な病気ではないと思うから大丈夫よ」
「とりあえずすぐ家に帰ろう」
クリスが慌てて言った。
「歩けるのか? 歩けないようだったら」
ジュードが声をかけてくる。
「あっ、結構です。歩きます。歩きます。絶対に歩きます。むしろ歩いたほうがいいので」
ジュードに抱き上げられたりしたら心臓が止まる。慌てて答えた。
「それではご機嫌よう」
「ありがとうございました」
「?……ああ、気をつけて」
ジュードが戸惑っているうちに、二人は暇を告げると、馬車に乗り帰って行った。