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そして今現在、その因縁の憎らしい男が目の前にいる。
お互いしばらく固まっていた。
「きみはなんでここに居るんだ?」
「あなたこそなんでここに居るのよ!」
「俺の家なんだ、当り前じゃないか」
「えっ、じゃあジェラルドのお兄さんなの?」
ジュードの方が整った顔立ちをしているが、たしかによく似ている。
「ジェラルド? ジェラルドを呼び捨てとは、きみは弟の彼女なのか?」
「えっ? その、ち、違うわよ」
「違うのに何で呼び捨てなんだ」
「それは、えっと……そんなことよりあなたジェラルド……様の兄弟なのよね?」
「ああそうだ。で、彼女でもない君がなんでここにいるんだ?」
「弟が、ジェラルド、様の友達なのよ。それで、その、ついて来たの」
「もしかしてジェラルドが好きなのか?」
「へっ…………好きだけど、いやいやそういう好きじゃなくて。趣味というか何というか」
「なんだよ、趣味って。趣味で好きってどういうことなんだ」
「うっ、うるさいわね。あなたに関係ないじゃない! 私がジェラルドをいや、ジェラルド様を好きかどうかなんて」
「確かに全く関係ないな。どうでもいいが、一応家族なので気になるだけだ」
「どうでもいいって何よ! こんな美人捕まえて、どうでもいいとか! 少しは気にしなさいよ」
「なんで?」
「いや、気にしなくていいわ。気にされても困るし。忘れて」
私たちが盛大に喧嘩を繰り広げている間に、有能なメイドが飲み物とお菓子を用意してくれていたようだ。
私たちが静かになると、さっと寄ってきて、椅子をひいて座らせると飲み物とお菓子を出してくれた。
のどが渇いた私はごくごくと冷たいアイスティーを飲み干した。さっそくお代わりが用意される。お腹がすいたので、目の前にあるフィナンシェに手を伸ばすと、ぱくりと食べた。
「あら美味しい!」
「きみは本当にたくましいな」
彼がおかしそうに頬を緩ませながら言う。
「うっ……」
お菓子に気を取られ、彼の存在を忘れていた。慌てて、口の中のフィナンシェを飲み込む。
「たくましいって、レディに失礼じゃない」
「俺の目の前にはレディはいない」
「ここにいるじゃないの」
「女性はいるが、レディはいない」
「ふん! 本当に失礼で、嫌みで、女タラシなんだから」
「女タラシ? 用もないのに女性に声をかけたりしないし、お世辞も言わないし、つきあったことすらないが」
「女性と付き合ったことないの? あらお気の毒。可哀そうだから、私がつきあってあげましょうか?」
「結構だ」
「あら、私モテるのよ。もったいないことするのね」
「そんなこと言う君はさぞかし経験豊富なのだろう。何人と付き合ったんだ? そういうやつに限って一人も付き合ったことなかったりするんじゃないのか?」
「うっ……」
「図星なんだな。お気の毒に」
「気の毒にって失礼な」
「君が先に言ったんだ」
「ぐぬぬ」
私は、言い返せなかった。しかし、つい疑問が口からするりと出る。
「ねえ何歳?」
「21歳だ。君は?」
「私は18よ」
「ふーんそうか」
「……………他に聞きたいことはないの?」
「いや別に」
「むー」
「なんで怒るんだよ」
「別に怒ってない!」
「いや怒ってるだろ」
「怒ってないったら、怒ってないの。怒ってないんだからね。そうよ、怒ってなんかないわ。怒る必要なんてないもの。怒るはずがないわ」
「それはえっと、活用形?……」
「へっ?」
「いや、いい」
「いいんなら、いいわ」
「なんかやたらつっかかってくるなあ」
「おいやでしたら、お部屋へお戻りになって。私のことは放っておいていただいて結構なので」
「はあ、どうしたものやら……」
彼は呆れたようにため息をつく。
「……それで、ジェラルドのことは好きなのか?」
しばらくして、彼は思い出したように聞いてきた。
「ジェラルド様のことは別に好きではないわよ!」
「えっ? さっき好きだって言ってたじゃないか」
「ち、違うの。あの好きはお気に入りのオモチャという感じで、」
「そうなのか……いや、オモチャって」
二人ともが黙り込んでいると、ジェラルドとクリスがやってきた。
「兄さん! リリアナさんとお茶してたんだね」
「ああ、まあ………」
「兄さん、友達のクリストファー ロセフィットくんと、お姉さんのリリアナさんだよって、知ってるか」
「ジェラルドの兄のジュードです」
「初めまして、クリストファー・ロセフィットです。クリスと呼んでください」
ジェラルドとクリスが席につく。
「リリアナさん、とっても楽しい人だろ」
「あ、ああ……」
彼は微妙な顔で返事をした。答えようもないだろう。
「あっ、あれ? あなたは先日の舞踏会の時に、姉を助けてくれた人ですよね」
「そう、だな」
「その節はありがとうございました。お礼が遅くなりすいません」
クリスが、舞踏会のことを思い出しお礼を言う。
「いえ、当り前のことですから」
「助けたって、リリアナさん大丈夫だったの?」
「ええ、ジュード様が助けてくださったので」
「姉さんお礼を言った?」
「あ、あの、先日はありがとうございました」
私は慌ててお礼を言った。
「いや、怪我がなくてなによりだった」
「近衛騎士なんですよね。是非お話を伺わせてください」
そこからクリスがジュードに近衛騎士について色々と尋ね初め、私とジュード様はそのまま特に話すこともなく、挨拶をしてうちに帰った。
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「姉さん、なんか大人しかったね。ジュードさんがいたから猫かぶってたんだね。ジュードさんカッコ良かったしね」
帰りの馬車の中でクリスが話しかけてきた。
「べつに興味ないわ」
なんかイライラしてそっけなく答えた。
「ふーん」
それから二人とも馬車から降りるまで黙ったままだった。
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リリアナは戸惑っていた。
舞踏会の後しばらくは、ジュードのことを思い出すとムカムカしていた。
それでも、散々枕に悪態をついたら怒りは収まってきていた。たまにあの笑顔を思い出すと、ザワザワして八つ当たりしたくはなるものの、それでもたまになので普通でいられたのだ。
なのにジェラルドの屋敷で再会してから、やたらジュードのことを思い出すようになり、「何なのよ!」と訳が分からず叫びたくなるのだ。
「何で嫌いなヤツのこと考えないといけないのよ!」
「今度会ったらどうしてくれよう。覚えてなさいよ」
枕の受難が続くのだった。
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☆ジェラルドの家に遊びに行ってから、何日かたったころのクリスとジェラルドの会話。
「姉さんが最近怒りっぽくなった気がするんだよね。昨日なんか訳の分からない八つ当たりされた。まあ昨日のはたまたまかもしれないけど」
「そうか、それは大変だったな」
二人は定期試験が間近にせまっていた。ジェラルドは学園を卒業後、3つ考えているうちのどの仕事に就こうかとそのことで頭がいっぱいだし、クリスも伯爵家の跡取りではあるが、近衛騎士の試験を受けるべく剣術の稽古時間を増やしていたため忙しく、二人とも深く考えることなくあっという間にそのことは忘れてしまった。
カタカナの人名を覚えるのが苦手です。
家族で同じ文字から始まる名前を付けないで欲しい、と読者として思っていたのにも関わらず、やってしまいました。
ジュードとジェラルド。
かなり書いたところで気が付いたけど、愛着が湧いていて改名できませんでした。
紛らわしくてごめんなさい。