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舞踏会は王宮の1階で行われています。

 彼を初めて見かけたのは2年前の王女の茶会に呼ばれた時だった。


 王宮へ行き、入り口に居る騎士に声をかけると、少し待たされた。茶会への参加者が数人集まったところで、庭園へ案内された。

 会場には騎士が数人おり、私の近くにいた騎士である彼が声をかけてきた。


「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」


「リリアナ ロセフィットです」


「こちらへどうぞ」


 席へ案内され、椅子をひいて座らせてくれた。


「ありがとう」


「いえ」


 彼は元居た場所へ戻っていく。全く表情が変わらない。

 茶会の間も女の子をチラチラ見たりせずきちんと周りを警戒していた。真面目な男だなと思った。



 2度目は数ヶ月後の自分のデビュタントの時だった。16才になった貴族の子女の社交界デビューために、王宮で開かれる舞踏会である。


 初めての舞踏会で両親とともに参加したが、やたらと男性に囲まれダンスに誘われた。数回は踊ったものの、疲れ果てた。彼らをどうにか振り切って父親にテラスへ連れ出してもらった。

 

 テラスに出ると、また声をかけられないよう、入り口から暗くて見えにくい端へ移動した。


「はー。もうなんなの? 次から次へと湧いて出て、しつこいったらありゃしない」


 男性たちから解放されて、ホッとすると愚痴がこぼれた。


「リリアナはとびきり綺麗だからねえ」


「疲れたからって断ってるのが聞こえてるはずなのに、また別の人が踊りに誘うのよ。だから疲れたんだって! そしたら今度はあちらで休憩をとか、歩けないようだったら運びましょうかって、スケベ心丸出しじゃない」


「ははは」


「女神のようだとか、可憐でふれると折れてしまいそうだとか、はかなげで捕まえてないとどこかに行ってしまいそうだとか、背中がゾクゾクするし、私に当てはまらなすぎて、笑いをこらえるのに必死だったわ。なんであんな訳の分からない例えを出したがるのかしら?」


「はかなげではないな」


「本性を知れば皆さっさと逃げ出すんでしょうね。クリスにいつも言われるもの」


「クリスはなんて失礼な奴なんだ。リリアナはただ思ったことがすぐ口から出てしまうだけなのに」


「それがダメだって言われるのよ。声をかけられないようにもっと派手な化粧と衣装でけばけばしくしたらいいのかしら? それとも、『おとなしい女性が好きな人お断り』と看板でも出しとこうかしら、父様、これ結構本気よ」


「くっくっくっ……」


 背後からくぐもったような笑い声が聞こえてきた。父親が驚いた顔をして、私の後方を見ている。その目線の先に、男性がいた。


 彼は紺色の服を着ており、バルコニーの外の明かりの届かない暗い所に居たため、私も気が付かなかった。彼は前かがみになって苦しそうに笑っている。


「看板って……」


「ちょっと! 盗み聞きするなんて」


「いや、最初からここにいただけで、わざわざ聞こうとはしていない」


「それでも笑うなんて失礼よ! こっちだって真剣なんだから」


「それは失礼した。『盗み聞きすると噛みつきます』の看板も出しておいてくれ」


「なっ! なんて嫌な奴、それは近衛騎士の制服ね。なんでこんな失礼な奴が近衛騎士なのよ、こんな所でずる休みしてないでちゃんと働きなさいよ」


「休憩がてら、テラスの治安維持をしてるんだ」


「はぁー? なんなのよそれ」


「ちゃんときみのことも守るよ、何かあれば……たとえ、どんなに口が悪かろうとも」


「信じられない! 腹立つ!」


「リリアナやめなさい。お前も大きい声で話していたのだから、聞かれたとしてもしょうがない」


「こちらこそ申し訳ありません。つい口が過ぎました」


 彼はきちんと向き直ると頭を下げて殊勝にも謝るが、怒りは収まらない。


「ふん!」


「リリアナ」


 父親の声が低くなる。


「こちらこそ言いすぎました。申し訳ありませんでした。それでは失礼いたします」


 私も立ち上がりちらっと見て頭を下げると、さっさとその場所から退出した。

 後で、以前茶会の時に案内してくれた近衛騎士だと思い出した。



 3度目に見かけたのはそれから2年後だった。

 つい先日、クリスのデビュタントに一緒に行ったときで、彼は王女の斜め後方に立ち警護をしていた。

 リリアナは、彼に気が付かれないようちらちらと盗み見た。


 髪はアマンダより少し明るめのブロンドで短い。ちょっとつり目で怖そうだけど、鼻筋が通っていて鼻の形も完璧だ。リリアナは鼻の形にこだわりがあるのだ。男らしい精悍な顔付きで、すらっと背が高く、近衛の紺色の制服が似合って、悔しいけど格好良い。

 さらに王女つきということは、優秀であるということだ。非の打ち所がなく、さらに腹立たしい。

 順番が来たので、そちらの方を見ないように王族に挨拶をした。


 クリスやジェラルドと踊り、ジェラルドの幼馴染のフローラとも仲良くなった。楽しく過ごしながら、ふと王女たちがいる方を見ると、彼は王女とともに引き上げたのかいなくなっていた。



 その後、舞踏会から帰ろうとジェラルドたちと別れた後、化粧室に行った。

 化粧室から出ると、待っていてくれたクリスが少し離れたところで知り合いと話し込んでいる。

 そちらへ向けて歩き出そうとすると、前から来た男に話しかけられた。


「ねえ、少し話さない?」


「もう帰るところで、皆を待たせてますから」


 そう言いながらクリスの方へ行こうとする。


「そんなこと言わないで、少しだけ。ね、逃げないで」


 私が右へ行けば右へ、左へ行けば左へと行く手をふさぎ通らせてくれない。


「通らせて」


 無理やり通ろうとした。


「待って」


 腕を掴まれそうになった。


「やっ」


びっくりして声をあげ、体をひく。


「いやがっているだろう、やめなさい」


 後ろから声がして、騎士が伸びていた男の手を掴んだ。


「離せよ」


 騎士はつかみかかろうとする手を後ろにねじ上げる。


「痛い、離せ!」


「抵抗するのはやめてください」


 男が大人しくなると騎士が振り返った。あの近衛騎士だった。

 彼は少し驚いたような顔をしたものの、心配そうに聞いてきた。


「大丈夫ですか?」


「え、ええ」


 私も、なんとか返事をした。

 彼は男の方に向き直った。


「あなたはただ、女性と話したかっただけかもしれない。でも、女性にとっては力でかなわない相手にしつこくせまられるのは、非常に恐ろしいことなんですよ」


「も、申し訳ない」


「二度としないで下さい……」


「二度としません。申し訳ありませんでした」


「次にこのようなことがあれば、容赦しませんよ」


と言うと、彼は手を離した。男はあわてて逃げていった。


「あ、あの。ありがとうございました」


「いえ、以前お話しした通り、ちゃんと守ることができて良かったです」


「えっ?」


「言いましたよね、何かあればちゃんと守ると」


 無表情だった男がいたずらっぽく笑った。



「姉さん!」


「……ではお迎えが来たようなので失礼します」


 クリスの声に、彼はまた無表情にもどると、一礼して去って行った。

 私は呆然と後姿を見送った。


「姉さん大丈夫?」


 クリスが声をかけてくれるが、上の空だった。



 家に帰ってからベッドに入るが、あの男の笑った顔が目の前にちらついて眠れない。


「なんか腹立つ! なんなのよあいつ! なんて気障ったらしい! やっぱり嫌いよ! 助けてくれたからって絶対にほだされたりしないんだから。あの時と言葉遣いも違うし、別人だと思ったのかし……いやいやちゃんと私と分かってて言ってたわね。近衛騎士として働くときは丁寧語なのね。使い分けてるんだわ。なんかグッと来るわよね。いや、それが狙いね。なんていやらしい。ああやってきっと女をたぶらかすのね。まあ怖い男! きっと女タラシだわ。危険だわ。ジェラルドも危険な男だけど、それをはるかに凌駕しているわ。女の敵だわ。

 それにしても、返す返すも腹がたつわ。なんなのよ! 私を翻弄するなんて許せない! 嫌いよ。嫌い!」


 枕に八つ当たりをする。


 コンコン。ノックの音がした。


「姉さんうるさい!」


 アマンダの冷たい声が聞こえた。

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