ミツな会談
F県A市、繁華街の一角の雑居ビル。
地下に続く階段を降り、薄暗い廊下を進んだ先にその部屋はある。
部屋の真ん中には丸いテーブルがひとつ、そしてそれを囲うように三人の男が、ソファーに座って、向かい合っていた。
「なぁ、コレ外していいか?」
一人の男が自分の顔を指して、鬱陶しそうに周りの男に尋ねた。
「やめとけ、ペイ。そいつはしちゃなんねぇ」
それに答えたのは男の右隣にいたガタイの良い、熊のような巨漢の男だった。
「奴らがどこで見張ってるか分からねぇんだ、軽はずみな行動はするもんじゃねぇ」
低く響く男の言葉にもう一人の男も続いた。
「シュウさんの言うとおりです。奴らの嗅覚はハイエナ以上です。どこから漏れ出るか分かりません。それに、ここが嗅ぎ付けられたらこの楽園が失われるどころか、取引先にも迷惑をかけます。辛抱してください。」
坊主頭に剃り込み、タンクトップから伸びる腕には大きなタトゥーが見える男は、落ち着いた声色で最初の男を諭す。
「チッ、わーったよ!ったく、息苦しいー世の中だよな、まったくよー。」
一人目の男、ペイは仰け反るように背中をソファーに預け、天井をみやると、ため息をつきながら左に首を傾ける。
「そんなら早く始めちまおうぜ、セツ。あんまり時間もねぇんだろ?」
じゃらじゃらとアクセサリーがつけられた腕で頭を掻きつつ、セツと呼ばれた坊主頭の男を促した。
「そうですね。シュウさんも初めてよろしいですか?」
セツがシュウに確認を取ると、シュウは頷きだけで返事を返した。
「わかりました、それでは皆さんはじめましょう。それぞれの手札をお願いします」
セツの言葉を合図に、男たちがテーブルにそれぞれが持ってきた袋を乗せた。
「それではどなたからいきますか?」
「それならこっちからいかせてもらおうか」
最初に動いたのはシュウだった。
シュウはテーブルの紙袋に丸太の様な腕を突っ込むと、中から金色に輝くものを取り出した。
「お、おい、最初からえげつないもの持ってきやがったな、シュウ」
「えぇ。これは、もしやあの?」
シュウの取り出したものに驚きを見せる二人に、シュウはサングラスの奥で不適に笑った。
「そうさ、こいつはスガのじいさんが作った幻の金塊、永田屋のスイートポテトだ!」
野太い声を張り上げてシュウが叫ぶ。
「こいつはスガのじいさんの最高傑作のひとつ!和菓子屋の永田屋で唯一置いてある洋菓子だ!材料は王道の紅芋はるか。味もストレートに芋を生かし、甘くしっとりとした舌触りは飽きがこない。最近はじいさんの体力が落ちてきたせいで、店が開くことも減ってきている幻の名店だ、手に入れるのは苦労したぜ」
取り出したスイートポテトを並べながら、シュウは自分の功績を讃えた。
「あの、永田屋を持ってくるとは、さすがシュウさんですね」
「こいつは気合い入っちまうな!んじゃ、次は俺がいかせてもらうぜ。俺からはこれだ!」
シュウに感化されたのか、ペイは目をギラギラさせながら自分の袋からそれを取り出す。
「なるほどな、そうきたか」
「面白いですね」
先ほどよりも落ち着いた様子でペイの品物を眺める二人。しかしその様子にペイは意地の悪い笑みを浮かべる。
「二人とも気付いたみたいだな。そう、今日俺が用意したのは芋を使った甘納豆、通称芋納豆だ!だがな、普通の芋納豆と思ってくれるなよ、こいつはな、紫芋で作った芋納豆なんだよ!」
ペイが袋を開けて中身を取り出す。そこにはキレイな紫色の芋に、キラキラと輝く砂糖がまぶしてあった。
「紫芋!?そんなの見たことねぇぞ!」
「えぇ、しかもこの美しい仕上がり、よほどの老舗とお見受けします」
驚愕の表情を浮かべる二人に、ペイは勝ち誇った笑みを浮かべて続けた。
「こいつはな、創業が明治までさかのぼる老舗の店、桜島豆店の至極の一品だ。紫芋は本来、甘味はすくねぇ品種だ。だが、ここの芋納豆は努力と研究のお陰で短所を長所に変えやがったんだ!甘納豆にはないさっぱりとした味わいだが、それはただ簡素ってわけじゃねぇ。一口食べれば病み付きになっちまうさ!そしてこの宝石のような見た目。まさに貴婦人の瞳って言われるアメジストじゃねぇか!な、そう思うだろう!」
食い入るように自分の持つ芋納豆を見る二人を見て、ペイはのニンヤリと笑う。
「俺は以上だ。さぁて、最後はセツの番だぜ。なに出してくるんだ?」
言葉を向けられたセツは、テーブルに肘をついて、組んだ両手に額を乗せた。
「いやぁ、やはりお二人は素晴らしい。最高です。最高の探求者達です」
ふふふ、と不気味に笑い始めるセツ。その様子を見て二人が顔を見合わせる。
「なぁ、これって入っちまったか?」
「まぁ入らない方がおかしいわな。俺だってワクワクしてんだからよ。ほらセツ、笑ってないで早く紹介してくれ」
シュウから促され、少し落ち着きを取り戻したセツが、最後の一品をテーブルへ出す。
「お待たせしました、私がお出しするのはこの、ドーナッツです」
セツの目の前に置かれたのは何の変哲もないきつね色のドーナッツだった。
どうゆう事だ、と疑問を浮かべる二人に、セツが静かに語りだした。
「お二人とも気付きませんか?このドーナッツ、ただのドーナッツではありません。」
セツの質問に、二人は同時に鼻を動かし、目を見開く。
「この、香りは!」
「まさか、フジノのドーナッツか!?」
答えにたどり着いた二人にセツは満足そうな笑みを浮かべる。
「その通り、こちらはかの有名なドーナッツ店、フジノの物です」
両手を広げ、嬉々とした表情で話すセツに、ペイが疑問をぶつける。
「いや、待て。フジノのメニューにこんなの無かっただろう。どうゆうことだよ、セツ!」
「慌てないでください、ペイさん。これからご説明します。今回ご用意したのはですね、お二人もご存知のドーナッツの有名店でもあるフジノ。そのフジノの、新作です」
新作、という言葉にまたもや驚く二人。そしてセツも興奮が我慢できないといった風に言葉を続ける。
「今回の味は、今まで王道で攻めてきたフジノにしては新しい挑戦だったのでしょう。表面のコーティングを見てください。この艶やかさ、どこか見覚えがありませんか?なんとこちら、大学いも味なんです!」
「「大学いも!?」」
二人の声が今日、初めて重なった。
「はい、ドーナッツの生地にはシュウさんと同じ紅芋はるかを混ぜこんで、しっかりとした濃密な味わいに、蜜の方はぎゅっと濃縮された旨味が、ドーナツの油分を優しく包み込んで、油っぽさを感じさせず、するりと食べれてしまいます。しかし、次から次へと手が出てしまうため、すぐに無くなってしまいます。それはまるで深まる秋に抱く憧憬と哀愁を連想させてくれます。」
恍惚とした表情でかたるセツに、二人は呆れた表情だ。
「いつ聞いてもこいつの話す言葉の意味が伝わってこねぇんだよな」
「まぁ、こいつなりの感覚だ。そこはとやかく言えねぇわ。それよりもだ!おまえ、このドーナッツ、どうやって手に入れたんだ?」
シュウの言葉の意味に気付き、ペイもセツを見る。
「はい、お察しの通り、お店に並ばせて頂きました」
「ばっ、おまえ、何て無茶を!あいつらに見つかっちまうぞ!」
「ああ、フジノが人気店だと言っても、いや、人気店だからこそ、奴らの監視があったはずだ!スガのじいさんやペイの店とは訳が違うんだぞ!」
「お二人ともありがとうございます。私にとっても危険な賭けでしたが、運良く奴らには見つかりませんでした」
「運良くだとっ!?目を付けられたら最後なんだぞ!」
「しかもおまえさっき言ってたよな?取引先にも迷惑をかけるって。こんなあぶねー橋、いつものおまえなら渡んねぇじゃねぇか」
二人が本気で自分を心配してくれているのが伝わり、セツは不謹慎とは思いながら、ひそかに嬉しくなる。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。何と言ったらいいのか。皆さんと集まるのも久々で、何か良いものをと考えていたところにフジノの新作というのを目にしてしまって…この場に相応しいものをと思うあまり軽率な行動を取りました。申し訳ありません」
しょんぼり、といった様子で頭を下げるセツ。
「おまえの気持ちは伝わった。ありがとうよ、こっちも窮屈な思いをしてたもんで、少し神経質になってた。素直にうれしいぜ、セツ」
ため息を吐いたシュウだったが、呆れたようにセツに笑いかける。
「そりゃ俺だって、うれしいさ。だけど、おまえになにかあったらって考えちまったら、素直に喜べねぇ。次からは気を付けろよ。んで、あんがと」
最後はハッキリと聞こえなかったが、ペイの背けた顔が少しばかり赤い。
「男のツンデレは流行んねぇぞー」
「るっせぇ!もういい、さっさと食おうぜ、待ちくたびれちまった」
「えぇ、そうですね。それではマスターにお茶を淹れてもらいましょう」
セツが注文をしようと立ち上がったところ、奥から呼ぼうとしていたマスターが慌ててやってきた。
「皆さん、奴らです!自粛警察です!」
マスターのその一言で、和やかな空気から一変して緊張感が部屋に漂う。
「おいおい、巡回時間にはまだ早えぇだろう!」
「まさか、私がつけられていたんでしょうか!?」
恐れていた事態を招いたのかとセツの顔に絶望が浮かぶ。
「いいえ、連絡ではこちらに向かっている様子はありません。恐らく、奴らの巡回時間が変更されただけのようです。なのでご安心を、セツさん」
マスターの言葉に胸を撫で下ろす三人。
「ですが、ここに来るのも時間の問題です」
マスターの言葉にシュウがうなずく。
「そうだな。中途半端だが、今日はここでお開きだ」
「チッ!ホント空気読まねえよな、あいつら」
「残念ですが、仕方ありませんね」
それぞれが持ち寄った手札(お土産)を分けあい、それぞれ別々のドアに向かう。
「そんじゃ、お前らまたな。くたばんなよ」
「ほざいてろよ、おまえが一番目立つんだからな、気を付けやがれ」
「いずれまた、必ず。今度も最高の出会いを持ってきますよ。それでは。マスターも、失礼します」
三人が挨拶を終えて扉が閉まる。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
バタン、と音を残し、部屋にはお辞儀をするマスターだけになる。彼らが座っていたテーブルには、マスターへのお礼が甘い匂いを漂わせていた。
「さて、お茶にしましょうかね」
パンッと手を合わせたマスターと共に、今回のミツな会談は幕を閉じたのだった。