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『心喰屋』

趣味を出しました。

「『モノノ怪店』、それに「紹介屋」ですか?」

「その通り、と言っても名前だけでは胡散臭いですかね・・・・?」

「あ、えっと、・・・・はい。正直よく分からないです」

「ふふ、それではもう少し詳しい説明を」


 女性がそう言って口を開こうとした瞬間、勢いよく扉が開かれた。あまりにも勢いが着きすぎて、ドアベルの音はただの衝撃音でしかなかった。

「紹介屋!乾電池はまだ買って来ていないのか!こっちは急を要するんだぞ!」

 現れたのは中学生くらいに見える少年だった。少年は灰色の髪に赤い目をしており、黒いマントをしていることからまるで吸血鬼のように思えた。しかし、吸血鬼と呼ぶには幼く、また生き生きとしすぎており、なによりも紹介屋の女性に詰め寄る姿が小型犬のように見えた。


「落ち着いて、『シンクイ屋』。乾電池はもう買って倉庫に入れてます。それと、お客様の前ですよ」

「ああん?客だ?」

 少年がこちらを訝しげに見つめてきた。私はドキリとしたが、バイトで培った作り笑いで誤魔化した。


「・・・・ふん、つまらねぇ笑い方をする女だな。それに、俺のことをガキだと思っていやがる」

 ドキリ。私が彼に対して思っていたことを当てられてしまった。顔に出ていただろうか?

「顔に出ていなくても、心にはっきり出てやがるからな!ハッ!つまらない奴だ、考えてる事も抱えてるモノも、二束三文が精々だな!在り来りで面白味のない心だ!」

 何故私は初対面の人にここまで散々に言われているのだろうか。相手が子供のような姿だと言うのに、泣きたくなってくる。

「『シンクイ屋』、失礼ですよ」

「この程度で揺らぐ様な弱っちい心か!要らねぇ要らねぇ!使い道のない雑な心だ!」

 要らない、そうか。私の心要らないのか・・・・なんだか本当に価値のないものに思えてきた。泣きたいと思う心も私の雑な心のひとつだもんな。

「『シンクイ屋』・・・・」

「そうだ、どうせそんな脆弱な心なんざ持ってるも持ってないも同じだろう?俺が食ってやろう。さっきは二束三文と言ったが、それなら別だ。特別料金を出してやるよ。なァ、良い考えだろう?生まれ変われるいい機会じゃねぇか!」

 買ってくれるのか、それなら食べて貰った方が得に――


「ハートイート!!」


 紹介屋さんの叫び声に驚き意識が戻ると、目の前に『シンクイ屋』さんの恐ろしい牙の生えた口があった。慌てて距離を取ると、彼は舌打ちを打って紹介屋さんを睨みつける。しかし、紹介屋さんもまた『シンクイ屋』を睨んでいた。


「彼女は"私の"お客様です。手を出すことは貴方でも許しませんよ」

「おー怖い怖い。そう凄むなよ紹介屋、ちょっとしたジョークじゃねぇか」

 未だ恐怖で落ち着かない胸を服の上から抑え、2人のやり取りを見ていると少しずつ冷静な思考を取り戻して視界がクリアになった。先程『シンクイ屋』さんに責められていた時、私は周りの事が見えなくなっていた様だ。



「申し訳御座いません。彼は『心喰屋』。心を喰うと書いて、心喰です。彼に少しでも心の隙を見せると、あの様に狙われてしまうのです・・・・先に説明していればこのような事には」

「い、いえ!気にしないでください。私も何も言い返さずにやられっぱなしでしたから」

「いえ、いいえ。言い返す事は出来ないと思います。彼はそういった存在なのです」

 そういった存在?ただ口が上手く人の心につけ入る詐欺師のような存在という事だろうか?私が疑問を隠すことなく表情に出していると、紹介屋さんはにこりと笑い「分かりやすい物をお見せします」と言って、両手を人差し指と小指以外の指先をくっ付けた、所謂狐の顔を作った。

「古今東西、怪異を炙り出す方法は数あります。火に照らす、鏡に映す、中でも人の両手と5つの指があれば可能なのが、この狐の窓です」

 紹介屋さんはそう言いながら狐の顔を表裏に向け指先を組み合わせて窓を作った。どこかで聞いた事がある、狐の窓という幽霊を見る方法だったと記憶している。

「ええっと、それが一体なんですか?彼がまさか幽霊だとでも・・・・」

「幽霊ではありませんが、そういう事です。彼は人ではない。騙されたと思って狐の窓をお試しください」

「おい、誰の許可を得て俺の事を見ようというんだ!」

「お客様を騙そうとした罰です。甘んじて見られてしまいなさい」


 心喰屋さんはそれを言われると不服そうな顔をしたものの、こちらを睨むだけでそれ以上文句はつけてこなかった。私は恐る恐る狐の窓を作り心喰屋さんを覗いた。


「けしょうのものかましょうのものよ、すがたをあらわせ」


 私がそう3回唱えると、狐の窓越しに見る心喰屋さんは全く異なる姿をしていた。


 例えるなら大きな猿だ。人の頭身の猿がそこに居た。しかしただの猿と言うにはあまりにも禍々しい口をしており、鋭く穢らしい牙が並び厭らしい三日月を描いている。耳は大きく2つ生えており、アンバランスな怪物の様。手だけが異様に人と同じ形状で、見ているだけで不安になってくる。毛むくじゃらの見た事の無い怪物が、そこには居た。



「なっ、なんですか!こ、これ・・・・!?」

「見えましたか?彼が本当の心喰屋、心を読む妖怪のサトリが心を食うことを覚えてしまった『心喰屋』です。ですので彼に言い返すのは、サトリと言い合う様なもの・・・・勝ち目は無いのです。ご安心を、先程はあの様な事をしておりましたが、基本的に彼には勝手に人の心を食べないように言ってあります。」

「言ってあるって・・・・」

 そんなことを言われても、実際食べられかけた身からすればその約束が守られているか怪しいものだ。


「彼もまた『モノノ怪店』のひとつなのです。彼は心を取りだし、心を売っております」

「心を、取り出す?」

「ええ。恋心や真心、敵対心や嫉妬心等、取って欲しいものを取り除き、求められる心を売り渡す。それが彼の『モノノ怪店』、『心喰屋』です」


 信じられない、そんなこと出来る訳が無いという思考が、先程見た彼の正体で掻き消される。あんな怪物のやる事なら、出来てしまうのではないかと思ってしまった。そして同時に、自分に芽生えたのが好奇心だった。


「あの、もし良ければ・・・・お仕事現場を見せて頂けませんか?」

「はぁ?何言ってんだお前。俺の正体見てビビってたクセによォ」

「邪魔はしません!遠くから見てるだけ・・・・お客さんの事も見えない位置で構いませんから!霧の晴れるまでの間だけでもお願いします!」

「・・・・面白いではありませんか、折角興味を持って頂いたんですし、見せてあげてくださいよ心喰屋」

かつ

「・・・・責任はお前が取れよ?紹介屋」

「ええ、勿論。お客様、そういう事です。構いませんよ」

「あ、ありがとうございます!」




 心喰屋さんに案内されて、倉庫から乾電池を持って階段を昇っていく。3階にある扉に『心喰屋』の看板を見つけた。外で見たよりもこのビルは大きいようで、1フロアに2店舗は入っているようで、心喰屋の他にも扉の前に看板を出している店があった。私がキョロキョロと辺りを見渡していると心喰屋さんに「何してやがる」とぶっきらぼうに呼ばれた。

 心喰屋さんが開いた扉に私も入っていく。店の中は間接照明で薄暗い中でも落ち着いた雰囲気が漂っていた。何かのアロマを炊いているのか、うっすらと香りが漂う。いくつかの仕切りあり、マッサージ店を思い浮かべた。

 心喰屋さんは乾電池を少し古臭い目覚まし時計に入れて、他の時計と時間を合わせる。


「お前はそこのカーテンの裏に椅子があるから黙って座ってろ」

 言われた通りにカーテンの裏に行くと、パイプ椅子がひとつ閉じられていたので開いて座る。心喰屋そんは大きなため息をついた後に立ち上がり、仕切りのひとつに声をかけた。


「お客さん、時間だ。起きてこっちに来て椅子に腰かけろ」

 お客相手でもぶっきらぼうか言い草は変わっていないようだ。それでも仕切りから出てきた寝起き風の女性をソファに座らせる手つきは優しい。心喰屋さんはお客さんと対面して座り、2人の真ん中にロウソクを立てて火をつけた。



「アンタが取り出したいのは、元恋人への恋心だったな?」

「はい、彼と別れる為にも・・・・彼に対する恋心を、完全に切り離したいんです。お願いします」

「承った。それではこの炎を見つめて・・・・炎だけに集中するんだ。恋人との思い出を、恋心を燃やすようなイメージで」


 女性は言われた通りにそのロウソクの火を見つめる。ゆらゆらと揺れる火を見つめる女性に対して何をするかと見ていると、心喰屋さんは人の姿をやめて正体を出した。そしてそのまま大きな口でロウソクと女性諸共頭からかぶりつく。

 有り得ないほど大きく開かれた口と、女性を食べてしまった瞬間見て、小さく悲鳴が漏れてしまう。幸いにして聞こえなかった様だが、よく見ればかぶりついてはいるものの食べてはいなかった。モゴモゴと彼は口を動かし、吸い取るようにジュルジュルと音を立ててそして女性から離れる。女性はあんな事をされても尚、まるで気がついていないみたいにロウソクを一心不乱に見つめていた。

 心喰屋さんは元の子どもの姿に戻りそのまま口を動かすと、近くに置いてあった瓶を手に取り、口からなにかを吐き出した。まるでキャンディのようなカラフルな球体はコツンコツンと瓶の底で跳ねて転がる。


「お客さん、取り出せたよ。これがアンタの恋心だ」

「あ、ああ・・・・ありがとうございます。なんだか不思議ですけど、噂は本当だったんですね。あんな奴の事を好きだったのが今じゃもう信じられない!本当にスッキリしました」

「これが仕事だからな。気に入ったなら贔屓にしてくれ」



 女性のお客さんは財布から数枚の紙幣を心喰屋さんに渡すと、再度お礼を言って去っていった。心喰屋さんはそこで私の方に振り返り、手招きをする。


「ほれ、これが俺のやり方だ。もう十分だろ?霧が晴れるのを待つなら下で紹介屋と待ってろ。それとも、お前も試しにやってみるか?」

「なんだか催眠術みたいな感じでしたね。ええ、はい。見せて頂きありがとうございます。でも折角だしやって貰おうかな・・・・」

「ほう、それなら客としてもてなそう。お前の取り除きたい心はなんだ?それとも何かの心を求めるか?誰かが捨てた心をここでは売っている。お前の求める心のままに応えよう」



 私が返事をしようと口を開いた瞬間、お店の扉が勢いよく開かれた。本日二回目の乱暴な入室に、この店のマナーはこれなのかと思ったが、心喰屋さんの鬱陶しそうな顔とやってきたお客さんの必死そうな顔から思ったことが的外れだと理解する。

「あの人はまあ、お得意様だ。ちょっと下がってろ」

 心喰屋さんは小声でそう告げると、私を後ろに押し下げた。



「よお、お客さん1週間ぶりだな。もう来ないと思っていたが、まだご贔屓にしてくれるみたいで・・・・」

「御託はいいのよ!お願い心喰屋!私の心を食べて!!」

「・・・・あー、前も言ったがアンタの心はもう取り出し過ぎだ。生活するのに最低限必要な心も削って、これ以上は」

「良いの、もう良いから。全部吸い出して頂戴!心無い人間なら、傷付くことも無いもの・・・・悲しい心も苦しい心も全部無くなるもの!お願い!耐えられないわ!」


 その人は必死の形相で心喰屋さんにしがみついた。言い分としては、これ以上傷つくのが嫌だから心の無い人間になってしまいたい。心の無い人間という言葉はよく聞く。要するに非情な人間だ。それになりたい・・・・その気持ちは分からなくも無い。心無い事が出来るようになれば、心無い事が言えるようになれば、それによって傷つく心が無ければ、きっと生きるのはもっと楽になるだろう。だけどそれは非道になるという事だ。そんなの・・・・。


「そんなの、人間じゃないですよ」

「な、何よアンタ。心喰屋、誰よこの人」

「あー・・・・手伝いみたいなものだ気にすんな。おい、下がってろって言ったろうが」

「でも、この人が言ってるのは犯罪者になりたいって言っているようなものですよ?心無い人間は、悪い事も平気で出来てしまいます。そんなの見逃したら危ないでは無いですか!」

「アンタに関係無いでしょ!!ねぇ、お願いよ心喰屋・・・・もうアナタしか頼れる人がいないの。私の心を食べて頂戴」



「ああ、分かったよ。そこまで言うなら食い尽くしてやる」

 私がそれを止めようと口を開くと、心喰屋さんに睨まれてしまった。「これが仕事だ、邪魔をするな」彼の目はそう言っているように見えて、私は何も言えなくなってしまった。


「今回は前払いだ。値段は以前と同じで構わない」

「あら、もっと取られると思っていたわ。いいわ、持って行ってちょうだい」

「ああ、それじゃあ―――いただきます」


 心喰屋さんはそのお得意様の目の前で怪物の姿を現した。お得意様は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにそれも見えなくなる。心喰屋さんに丸呑みにされたことで見えなくなっしまったのだ。モグモグと口を動かし、ジュルジュルと吸い取り、そして吐き出した。


「ごちそうさまでした」


 あとに残されたのは、虚空を見つめて動かなくなったお得意様だった。まるで抜け殻のようなその人に、声をかけて方を揺すってみたけど反応が無くて、私は心配になって心喰屋さんに声をかけた。


「本人が望んだことだし、あれだけ止めてもやれと言ったんだ。心無い人間なんて言うがな、本当に心が無い人間・・・・生き物なんて居ないんだ。吸い出しすぎたらこんな風に廃人になるだけだ。と言っても、この状態が完全に心が無い状態かは分からないがな。こんな状態でも、寧ろこんな状態になったことを嘆き苦しむ心が残ってるのかもしれないな」


「あの、あの人はどうするんですか?」

「紹介屋に頼んで後は全部任せる。精神病扱いで病院に入れられるとか・・・・悪いが人間社会には詳しくないからな、知ったことでも無い。俺はバケモノだ、バケモノに願いすぎた人間の末路なんざ、バケモノには関係ないところさ」

 私は言い返したいと思ったものの、私とバケモノとでは常識や心が違うと思って、結局何も言えなかった。


「それで、どうするよ?どの心を吸い出すか、はたまたなんの心を入れ込むか?初回サービス安くしとくぞ」

 この質問には迷うことなく答えることが出来る。私は力を抜いて、答えた。


「仕事現場を見せてと頼んだ、過去の私の好奇心を食べてください」


 残念ながら、過去あった心は食べられないと断られてしまった。

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