『紹介屋』
いろいろな不思議なお店を考えたくて書き始めました。
そこに初めてたどり着いたのは、霧の深い夜だった。街灯だけが帰り道を照らしてくれて、ぼんやりと家に帰るのが億劫に思う私の気持ちも、霧に溶けては焦りの気持ちに変えてしまった。その焦りが悪かったのか、少し近道をしようと普段通らない公園に入って抜けようとしたら、ものの見事に道に迷ってしまった。それでもどうせ近所のはずだと、右に左に曲がってみても、行けば行くほど知らない場所に踏み入ってしまう。気が付けば頼りの街灯も無くなり、一人夜の霧に包まれてしまった。
ここで漸く文明の利器を使うことを思いついてスマートフォンを取り出してみた。しかし、あれだけバイト先の電気を隠れて食べさせた手のひら大の板は、0%を表示した後に一度震えてから眠りについてしまった。こんなことなら周りの同級生と同じように新型発売のブームに合わせて買いなおせばよかったと後悔した。
「もし、お嬢さん。どうかされましたか?」
私が立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。そちらに振り返ると、ランタンを持ち黒いパーカーでフードを被った人がこちらの様子をうかがっていた。格好も相まって異様な雰囲気を醸し出し、ランタンという時代錯誤なアイテムを持っているその人が、なんだか人間でない何かに見えた。身長は160前後だろうか、フードを被っている為顔の大部分は隠されているが、肌も髪も目の色も薄く、色素自体が薄い人なようだ。格好や雰囲気から怪しい人と思って警戒するものかもしれないが、長い髪を緩く結び肩から前におろしていることと、大人な女性の声だったことから警戒心よりも好奇心が勝ってしまい不躾にじろじろと眺めてしまった。
「あの、お嬢さん?大丈夫ですか?」
「あっ!えっと、すいません!人がいると思わなくてつい驚いてしまって!」
「ああ、ふふ、実は私はこの近くで商いを行っているんですよ。今は買い出しの帰りです」
「そう、だったんですか・・・・。ええっと、私は家に帰る途中だったのですが、道に迷ってしまって。宜しければ道をお聞きしたいのですが」
「ああ、こんな道を隠された夜では致し方ありませんね。道をお答えするのは構いませんが、こう霧が濃いと口頭説明では難しいでしょう。お時間大丈夫であれば、店に寄って行かれませんか?」
成程、確かに霧も深く道が見えないのに聞いたところでまた迷うだけかもしれない。それに、お店に連れて行ってもらえるなら充電もさせてもらえるかもしれない。そして何より私自身がこの女性に興味が湧いてしまっていた。少しだけ申し訳なさな声色で、その女性のお店に案内してもらえるように頼みこみ、そうして私はそこにたどり着いた。
そこはお世辞にも綺麗とは言えない地味なテナントビルだった。女性の異様な雰囲気に反して矢鱈現実的な建物に連れていかれて、当初はなんだか肩透かしを食らった気分だった。
女性は倉庫と書かれた扉を開き、そこにポケットから出したコンビニの袋に入った乾電池を投げ入れた。丁寧な言葉遣いと優雅な所作に反してガサツなところがあるようだ。女性はそのまま1階にあったもう一つの扉を開く。ドアベルが歓迎の音を鳴らし、部屋の中の暖色の光が暗闇にあふれ出す。
「どうぞお入りください。すぐにお茶もお入れしますね」
「ありがとうございます」
そこはなんのお店なのか良く分からなかったけれど、雑貨屋とカフェを併設しているような感じだろうかと思った。なんだかアンティークな空気の店内で、カウンター席とテーブル席がある。席数は少なく雑貨が多くて店内は狭いから、隠れ家的なお店かなと思い、わくわくした。
「ここってカフェとか・・・・ですか?なんだかいい雰囲気のお店ですね」
「ありがとうございます。でも、残念ながらカフェではありません。この席は大体、上の子たちがここで食事を摂るためのものなんで、お客様が座ることは滅多にありませんね。」
「上の子たち?」
「この1階だけのお店ではなく、このビル全体が一つの商い屋というわけです」
女性はフードを脱いでカウンターに入り、白いエプロンをつけるとポットに水を入れてお湯を沸かし始めた。女性は電球の下で見るとやはり色白で、フードの下の顔はかなり若かった。鼻筋が通り睫毛も長く、テレビで見る女優さんのように美人さんで、彼女がお茶を入れてくれている間同性のはずなのに暫く見惚れてしまっていた。
「お砂糖とミルクは如何ですか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
紅茶の種類など詳しくないが、よい香りのお茶で、なんだか気持ちも落ち着いてきた。女性が「アールグレイです」と紅茶の種類を教えてくれて、今日あった嫌な記憶を一時忘れることができた。
「さてと、それでお嬢さんは何方に向かわれる予定だったのでしょう。何か目印か、地名を教えていただければ、地図をご用意できますが」
「ああ、はい。そうでしたね・・・・」
私は無難に自分の家の近くのコンビニを伝えると、女性は思い当たったのか、紙に道順を合わせて描いてくれた。私はこれで一安心だと思い、女性にそれはもう深々とお礼を言った。
「そうだ、帰る方法も出来たし、折角だからこのお店について教えてください。霧が晴れる・・・・お茶を飲み終わる間だけでも良いので。興味がありますし、友達に紹介できるかもしれませんし」
「おや、広告してくださるとなると有難いですね。そうですね、こうしてお会いできたのも何かの縁でしょう。簡単に出良ければご紹介させていただきます。そうですね・・・・まずはここ、1階。私自身のご紹介を」
「皆様の心の中にある願望、欲望、羨望、希望。常識では叶えられられぬものも叶えられる。ここは『モノノ怪店』、1階フロアを担当しますは私。『紹介屋』でございます」
女性はにこりと笑顔を浮かべた。私の人生のターニングポイントは、恐らくここだったのだろう。迷子になったことでも、彼女と出会ったことでも、この店にたどり着いたことでもなく、この店を知り、『紹介屋』と出会ったことが、私の人生を変えたのだろう。