2−3 女の茶会③
「レティ、リトヤと話した?」
天幕に戻って、お茶を飲もうとしていたレティに話しかけて来たのは、アグネタだった。レティと話そうと、近寄って来ていた他のご婦人たちは、結果、アグネタにレティを譲ることになった。
「はい。リュネの言い伝えの正確さについて」
「それは結構」
そういうと、アグネタはとても上品な手袋をはめた手で、カップを持ち上げた。身につけているものの品の良さが、アグネタがシンド家の出だということを物語っている。
「クルトが結婚を言い出したとき、サイカも、夫も、他の男たちも、みんな慌てふためいてね。クルトの意思に反して、なかったことにしようとするんですよ。一人の女性が、命がけで一つの命を育んでいるというのにね」
アグネタは、不敵な笑みを浮かべて、ふふふと笑った。
「それで私は頭にきて、クルトにいいました。その女性と子供をここへ連れてこないなら、一生城の敷居を跨がせないとね。そして、サイカにも夫にもね。女性をないがしろにするようでは、男しか生まれないリュネの今後の発展はない。その了見を改めない限り、私の権限で、リュネの妻たちに、夫を拒否するように伝えるとね。リュネは男系だから男が強いと思われがちだけど、そんなことはありません。みんなの協力によって成り立っているのよ。彼らは慌てふためいて、クルトの結婚を認めました。彼らだって、一族の繁栄を支えているのは、他家からきた女性たちだとわかっているし、妻に見向きもされなくなったら、どれだけ寂しい人生を送らなくてはならないか、わかっていますからね」
そう言って、不遜に笑うアグネタも、四人の男子を産み育てていた。育ての子であるアレクスを入れると、実に五人の男子を育てている。
「ヨエルやあなたのような、跡をつぐものは別として、リュネには男がざくざく生まれるんですから、結婚相手は、誠実でしっかりした子であれば、それだけで十分よ」
アグネタは目を細めて、芝生の方で泣いている子をあやしているリトヤ見た。
「私は、娘ができなかったから、ここにいる女性は、みんな、自分の娘か妹のようなものね。息子は、五人も育てたから、もういいわ。今は娘たちを飾り立てたり、連れ歩いたりするのが、とても楽しいの」
アグネタは、リュネの妻たちから、母のように、あるいは姉のように慕われていた。きっと、リュネのみんなの気持ち良さの出所は、この人なのだ。
二人の話が途切れたのを見計らって、何人かの妻たちが会話に加わってきた。アグネタを中心にしたその輪は、とても親密で、ポンポンと楽しく会話が飛び交う。
広場では、子供たちが何組かに分かれて、泥と土で何かを作り始めた。聞けば、リュネ家名物『城作り』という遊びだとか。城を作り、最後は泥団子を投げ合って、それを崩して遊ぶのだ。
青年や大人たちもみな集まって、周囲からああだこうだと助言を飛ばしている。堅牢な城を作ることに情熱を燃やす組、建設はそこそこにして兵器生産にも力を入れる組、とにかく高い城壁で城を守る組など、戦い方は千差万別。建築が主な仕事の一つである、リュネ家独特の遊びに、子供たちだけでなく、大人も熱くなっている。
ついに城作りの刻限がきて、泥団子の投げ合いが始まった。みんな泥だらけになりながら、楽しそうに団子を投げて、城壁を壊したり、団子の輸送を邪魔したりしている。眺めているレティの顔も、だんだん真剣になってくる。そして、ポロリと言葉が出た。
「あれじゃ勝てない」
周りのご婦人たちは、それを聞いて愉快そうに笑った。
「レティ、一番弱い組を助けてあげて。勝てなくても、あなたがいれば、少しはマシになるはずよ」
アグネタに言われて、レティは負けそうになっている組に向かって駆け出した。
最終的に、戦いはレティが参謀になった組に軍配が上がった。対戦相手を応援していた敵の大人たちからは、プロガムのレティが参謀になったことへの不満の声が次々に上がる。そこへ、アグネタがふらりとやって来て、レティを加勢させたのは自分だと告げると、その場は一気に静かになった。
「レティ、泥だらけだよ」
レティの友軍の一人が言った。
見渡すと、男たちは大人も子供も、みんな泥だらけだ。女性の中で、泥で汚れているのは、レティだけだ。
『城作り』の攻防に女が参加するのは初めてのことで、しかもこの国で一番美しいと評判のこの女参謀は、あちらこちらに泥が飛び散って、さっきまで優雅にお茶を飲んでいたとは到底思えない姿をしている。
誰かが、この滑稽な状況に耐えられずに笑い出した。すると、一人、一人とまた笑い出し、そのうちに大きな笑いに変わる。レティ自身も、綺麗なドレスがドロドロになるまで遊びに夢中になっていた自分がおかしくて、笑い出した。
「さぁ、みんな、体を洗うのよ」
アグネタの一声とともに、男たちは小川や噴水の方へと一斉に走り出した。レティもついて行こうとしたが、そうはさせぬと、ご婦人たちに捕まって、屋敷の中へ連れて行かれた。侍女たちに洗われ、服を着替えさせられた。服はアグネタが用意したもので、普段ミルカが用意するものとはだいぶ趣が違う。それでも、レティにこれ以上ないぐらいに似合っている。
途中、アグネタや数人の夫人たちが部屋に入って来て、レティの髪型や宝飾品をああでもないこうでもないと、楽しそうに決めていく。ご婦人たちは仕上がった新しい娘の様子を、一回りしてじっくりと眺めてから、さも満足げに頷くと、また夕食時にねと言い残して部屋を出て行った。
「レティ。ただいま」
ご婦人たちと入れ替わりに入って来たのは、用事で出かけていたアレクスだった。
アレクスは、レティを見て、わっと立ち止まった。
「どうしたの?」
レティが言うと、アレクスはレティのまわりをジロジロと見つめながらぐるりと一周した。
「いつもとなんだか違う。こういうのも、すごく綺麗だ」
レティは相変わらず正直なアレクスの反応に、頬が熱くなった。照れを隠すために、平然なふりをする。
「アグネタが用意してくださったのよ」
「うーん。アグネタ。さすがみんなの母さんだ。あとでお礼を言わなくちゃ」
そう言って、アレクスはレティを抱き寄せた。
「今すぐ脱がせないのが残念だ」
すぐに夕食の時間だった。アレクスは、我慢できないのかレティの胸元に顔を埋めようとする。
レティは、手に持っていた扇で、アレクスの尻をぴしゃりと叩いた。
「痛い」
アレクスはいたずらがばれた子供のように笑って、レティにキスをした。
その暖かいキスに、生きていると、こんな形の幸せもあるのかと、レティは思った。
人を受け入れて愛すことに、こんな喜びがあるとは思わなかった。レティは、アレクスの胸に収まりながら、圧倒的な幸福感に浸った。やっと一緒になれた最愛の人。レティはこの運命の人を一生かけて大切にしようと、もう一度心に誓った。
読んでくださり、ありがとうございます。
載せられるのはここまでなのですが、何かかけたらまた載たいなと思います。
ありがとうございました!