2-1 女の茶会①
レティは馬に乗って、リュネ城へ向かっていた。子供の頃に歩きなれた街並みを、ヴィサとリクハルドを伴って、ゆっくりと駆けて行く。途中、リュネの領民たちが、レティたちに手を振る。レティも手を振ってそれに応えた。以前は、領民といえば、自領プロガムの民のことを指していた。これからは、ここリュネの民も、自分の領民になる。真面目なレティは気の引き締まる思いがした。
「レティ様の領民が増えましたね」
見透かしたようにリクハルドが言う。
「たぶん、レティ様のことだから、身を引き締めていらっしゃるのではないかと」
リクハルドは、面白そうに主人をからかった。ヴィサと違って、リクハルドは、レティに対して気安い態度をとることが多い。
「リク」
堅物のヴィサが口を挟んだ。レティが軽く手をあげてそれを制す。
「そうね。リックの言う通り。まさに、領民が増えたと考えていたところよ」
リクハルドは、どうだと言わんばかりに満面の笑みを見せた。
「レティ様は、考えていることが全部顔に出ますね」
そう言って、リクハルドは楽しそうレティの新しい領民を見渡した。
考えていることが全部顔に出る?
ヴィサは訝しげにリクハルドを見た。何年付き従っていても、レティ様が感情を顔に出すことなどない。軍事に関することは別として、ことそれ以外に話が及ぶと、考えていることはほとんど顔に出ないと言っていい。
「そういえば、レティ様」
またリクハルドが声をかける。
「今日は馬でいってもよろしいのでしょうか? お茶のお招きなんでしょう?」
出かける際にもリクは同じことを何度も聞いた。リクは、馬ではなく、馬車で行くべきだと主張したいらしい。
「侍女があちらにいるから、あちらで着替えればいいでしょう?」
レティが答えると、リクハルドは軽く眉間にしわを寄せた。
「どうしたの?」
「構わないのですが、これからは馬車で行かれた方がいいかと思いまして」
リクハルドは、また馬車を勧めてくる。
「でも、馬車より、馬の方が早いし便利だわ。大した荷物もないし」
「ですが…」
レティが寛大なのをいいことに、いつも言いたいことをはっきりと言うリクハルドにしては、珍しく歯切れが悪い。
「どうしたの?」
レティはもう一度聞いたが、リクハルドは、残念そうに首を振ったきり黙ってしまった。
侍女に身支度をしてもらって、ドレスに着替えたレティは、階下に降りて行った。今日の茶会は庭で催されるらしく、庭には、椅子や机が設えられ、上には大きな天幕が張られている。あちらこちらに、美しい花が飾られ、自然情緒溢れるしつらえは、いかにもリュネ家ならではだ。
「レティ様」
レティは声の主を振り返った。クルトの妻のリトヤだった。
「リトヤ様」
レティは、軽く膝を折って、リトヤに挨拶をした。慌ててリトヤも軽く膝を折って挨拶を返す。
「リトヤ様、今日はお招きいただきありがとうございます」
リトヤは、眩しそうに瞬きをした。
「おばさまのところへ案内しますわ」
そう言うと、リトヤはレティをアレクスの叔母のところへ連れていく。今日のお茶会の主催は、普段この城を預かっている、アレクスの叔父の妻だった。その女主人のところへ行って挨拶をすると、幼い頃からレティを知っている彼女は、とても嬉しそうにレティを迎えてくれる。
「あなたが小さい頃から、こんな子がアレクスの嫁になってくれたら、あの子の足りない部分がおぎなわれるのにと、思っていたの。だけど、あなたはプロガムの長子だし、アレクスはあんなだから、無理な願いだと諦めていたのよ。まさかそれが現実になるなんて、こんなに嬉しいことはないわ」
そう言うと、女主人はレティをぎゅっと抱きしめた。それから、彼女はレティを、みんなに紹介して回る。茶会に集まったリュネの夫人は、皆気持ちのいい人たちばかりで、レティは慣れない女ばかりの茶会も悪くないと楽しんでいた。
「さぁ、レティ、こっちへいらっしゃい」
そう言うと、女主人はレティを連れて庭を歩き始めた。さりげなく、リトヤもついて来る。
「そこの東屋で少し、話をしましょう」
女主人はレティとリトヤを伴って、東屋に入った。
「レティ、あなたは、プロガムに育って、周囲は男性ばかり。そして、あなたのお母様は、あなたが小さい頃に亡くなっておられる」
女主人はここで、レティの顔を優しくみた。レティは黙って頷く。
「今、リュネの女性を束ねるものとして、あなたに聞いてもらいたいことがあります」
サイカの妻が亡くなった後は、この城の女主人がリュネの女主人を代行しているのは知られたことだった。
「あなたも耳に挟んだことがあるかもしれないけど、リュネには何個かの言い伝えがあります。何か知っているかしら?」
レティは、頷いてから答えた。
「生まれる子は、全員男子。…それから」
レティが言いよどんでいると、女主人が手を軽く上げて遮った。
「若いあなたには、言いにくいわね。私が言います」
女主人は、先ほど軽く上げた手でレティの手を優しくとった。
「リュネの妻は、みな、すぐに妊娠します」
レティは黙って頷いた。
「その言い伝えに沿って、私たちはあなたにお願いしたいことがあります」
少し緊張したレティに、女主人は優しく微笑んだ。
「あなたには不本意なことかもしれないけれど、これからしばらくは、馬ではなく馬車に乗ってもらいたいの」
女主人は申し訳なさそうに、でも毅然と言った。
「こんなことをお願いするのはおかしいのだけれど…。私たちの夫の家系は、少し普通と違います。今は変化がなくても、すぐにあなたの体にも変化が起こるでしょう。残念なことに男性には、女性の体の繊細さが想像できない。アレクスなんて、あの子の鈍さと言ったら、一族の中でも最悪の部類に入る」
女主人は、赤ん坊の頃からアレクスを母代わりとして育てていた。そのせいで、アレクスに対しては、自分の息子に対するように容赦がない。
「今日、あなたは馬できましたね。リュネの夫を持った以上、すぐにでもそのお腹の中に、新しい命が宿る可能性があります。しばらくは、なるべく馬車を使い、できるだけ馬に乗らないようにしてください」
女主人は真剣だった。レティは、あの言い伝えを、一種の冗談の類だと受け取っていたが、女主人の目を見ると、彼女が大真面目であることがわかる。レティは、近くに控えているリトヤの顔をうかがい見た。リトヤも真剣な面持ちで、しっかりと頷いた。
「レティ様、馬に乗れないのはご不便かと思いますが、どうか、我慢していただけませんか」
リトヤまで同じ調子で言う。
「あとは、二人で話をしなさい」
レティの困惑を見取った女主人は、レティとリトヤを残して、皆の方へと戻って行った。
読んでくださった方、ありがとうございました。
また、ブックマークと評価をいただいた方もありがとうございました。
2話目も2回に分けようと思っていましたが、
一回5,000字を越えると、読むのに時間がかかりすぎると思うので、
2話は3回に分けさせていただきます。
よろしくお願いします。