流れって恐ろしい
昼休み。
いつもなら、俺達四人集まって談笑しながら弁当を食べるが、今日に限っては違う。
「えー、これから会議を開きます」
机を合わせ向かい合ってる状態で、俺は開始の音頭を取る。
「なんですか、いきなり」
「またおかしなことでも思いついたんだろ」
「さっきも言ってたわよね」
「静粛に、これから話すことは大事なことだ」
騒ぐ美礼達を制し、俺はある一つの質問を投げ掛ける。
「お前ら、いつの日か全員で交わした約束、覚えているか?」
「約束って、能力を他人に言わないことか?」
「それがどうしたんですか?」
さも当然のように霧矢と美礼は言うが、問題は覚えてるかどうかじゃない。
「最近、お前ら露骨に能力がですきてる。特にそこの二人!」
霧矢と美礼を交互に指を差しながら、俺は怒りを表す。
「霧矢ナンパしすぎ!美礼は物壊しすぎ!陽奈は.....まぁいいか」
「ちょっと待って」
一人だけ違う扱いに、陽奈が待ったをかける。
指差しながら指摘していく内に勢いで陽奈にも指差したが、特に言うことはない。
「なに、その私だけ仲間外れみたいな感じ」
「そうだぞ。陽奈にもなにか言ってやれよ」
「陽奈に関してはもう大分改善されてる。昔と比べたら可愛いもんだろ」
コントロールが完全じゃなかったあの頃は、陽奈はその危険性から家から出てこれなかった。
あの頃の陽奈を見てきた俺としては、もうこれ以上求める気はない。
「それに、誰も陽奈が熱された鉄板みたいになってるとは誰も思わないだろ。感情が昂る時だって、そう頻繁じゃないし」
重要じゃないのはそこじゃない。
「問題なのはお前ら二人だ!これまでの行いの悪さがここに来て出てきたのか、所々噂になってるぞ!少しは気をつけろ!」
推測の時点で当てられた時は冷や汗かいたわ!
俺の指摘に霧矢と美礼は驚くどころか、それらしい素振りを一切見せない。
「酷い言い草だな。俺達のどこが素行が悪い」
「そうですよ。ごく普通に明るく楽しく暮らしてるだけですよ」
「そのごく普通に明るく楽しく暮らしてる人が、車の窓にヒビ入れたり、教室のドアをぶち破ったりはしないんだよ」
心外とばかりに文句を言う二人に対し、俺は改めてことの重大さを教える。
「いいか!俺達は現状、周りから孤立しないために異能力を隠してるのもある。でもそれだけじゃない。もし、異能力がなくなった後のことを考えろ」
異能力が消えた後の暮らしを、霧矢達に想像させる。
「変な噂が立てられれば、そのレッテルを背負って生きていくことになる。せっかく元に戻っても、周囲の評価は変わらないんだ。ナンパ野郎とか怪力お化けとか言われ続けることになるんだぞ。だから、能力がある今のうちから気をつける必要があるんだよ」
ナンパ好き野郎と噂されれば、その人は一生ナンパ好き野郎になる。
怪力お化けと噂されれば、その人は一生怪力化物になる。
人の印象なんて早々変わることはない。ましては他人なんて、余程の運命力でもない限り変わらない。
異能力の存在を隠すのは、そういう意味もある。
「まぁ、弧大の言いたいことは分かるけど......」
「具体的にどうしろと言うんですか?」
一応は納得してくれた陽奈と美礼だが、その改善策が気になるらしい。
「俺としては能力を出さないのがベストではあるが、それはもう無理であるのは分かってる」
それができたら、こんなこと悩んではいない。
「もっと周囲を警戒して、下手な行動は控えるべきだ。例えば、ナンパの回数を減らすとかな、ナンパの回数を減らすとかな!」
「なにが言いたいんだ。後、あれはナンパじゃない、愛の探求だ」
「どっちでもいいわ」
強調するように二回も同じことを言われ、霧矢が言いたげな感じをしている。
いやなに、一番注意すべき人間に焦点を置いただけだ。
「お前に関しては、ナンパしてなきゃなにも起こらないだろ。少しは回数を絞れよ」
「それは無理だ」
霧矢が即否定してきた。
「いや、少しは考えろ―――」
「絶対に無理だ」
言葉の途中で遮るほど、霧矢がまた即効で否定した。
そんな力強い言葉で拒否するか、普通......。
「........一応、理由を聞いていいか」
「俺には自分に課した使命がある。自分が心から愛せる、愛したい人を見つけるために、もっと色んな女子と接触を取る必要がある。それを止めろと言うなら―――――俺は死を選ぶ」
「誰もそこまで言ってねーよ」
熱意の籠った眼差しで霧矢が告げる。
まぁ、霧矢がたった一回の注意で止まるわけがないだよな....。
付き合いの長さ故、ある程度の行動パターンは理解している。
「なら、せめてやり方を少しは変えてくれ。あれじゃあ、おかしな奴と言われても文句言えないぞ」
「考えておく」
霧矢はそう言ったが、正直あまり期待できないのが悲しい話だ。
「そう考えると、美礼は治すところなんてないわよね。霧矢と違って自分の意思とは関係ないし」
美礼を見ながら陽奈が言った。
「そう言われると、そうだけど、気にするとしないでは違いも出てくるだろ」
「でも、そんなんじゃ、あまり変化はないよね」
陽奈の意見に、俺は否定はできなかった。
策を考えるにしても、結局は感情論。具体的な解決法にはなっていない。
そこからあまりいい案が浮かばず、唸るだけの時間が訪れる。
だがそこで、美礼が「やっぱり」と声をあげた。
「ここは、第三者の意見を聞くべきではないでしょうか」
「第三者?」
名案とばかりに美礼が言うが、俺はよく理解できなかった。
「どういうことだ」
「いい案が浮かばないのは、本人以外その異能力を経験したことがないからだと思うんです。だから、第三者に実際に異能力を持って生活してもらってどこを気をつければいいか教えて貰うんです」
「あー、なるほど!それなら、いい対策が見つかるかもしれないな!」
一番考えたくないことを無視しつつ、俺は大いに称賛する。
「それで、その実際に体験する人は誰だ」
「なに言ってるんですか。そんなの弧大さんしかいませんよ」
「ですよねー.........」
分かってはいたが、確認を取るまでは違うと信じたかった。
笑顔で俺の方を美礼が見てくるなか、俺は顔を項垂らせる。
「いいなー、それ。なら、ついでに俺の女子を傷つけないためのより良い方法も頼む」
「あ、じゃあ、ついでに私も。最近どうにも、感情のコントロールが利かなくなってきたの。なにかアドバイス頂戴」
それに便乗する形で、霧矢と陽奈が乗っかってきた。
いやいや待て待て!!なんだかおかしな流れになってきたぞ。
「......他に方法ある人」
「なに、なかったことにしようとしてるのよ」
「頼むぞ、弧大」
話を変えようとしても、それはもう無謀なことでしかなかった。
もはや、話の流れは既に決定事項にまで移行している。
「いや、さすがに全員はキツいって!こんなの【痛み分け】以来だろ!?もう俺あんな思いは御免なんだよ!」
懇願するように、俺は三人に訴えかける。
なぜ俺がここまで頑なにやろうとしないのか、それは既に霧矢達の異能力を体験したことがあるからだ。
あの時のことを思い出すと、これが如何に苦行か分かる。
俺は全力で拒否するなか、ずっとニコニコとこちらを見ている美礼と目があった。
「弧大さん。私達にもっとマシになって欲しいと言ったのは誰でしたっけ?」
「え?いや、マシなんて言い方はしてないんだけど....」
「誰でしたっけ?」
「..............俺です」
物凄い圧力のある笑顔に耐えきれず、俺はどんどん畏縮する。
「なら、とっとと腹括れ」
「..........はい」
この場合の美礼は、決して逆らってはいけない。
長年、美礼と接することで培ってきた、俺の経験則だ。
「美礼、なんか怒ってる?」
「いーえ、そんなことありませんよ」
圧が凄い美礼を見て、陽奈が苦笑いしている。
「じゃあ、早速明日実行といこう。時間区切って、各自交代していく形でな」
そう霧矢が締めくくり、会議は変な方向で決着がついた。
......なんだろう、注意しようとしたのに、なんで俺だけが大変な目に遭っているのだろうか。
釈然としないまま、一日はあっという間に過ぎ去っていく。