今更気づいちゃった
放課後。
身支度を済ませ、帰ろうとしていると、陽奈が話しかけてきた。
「ねぇ、弧大、英和辞書持ってる?」
「え?あー、一応家に置いてあるな」
「ちょっと貸してくれない?英語の勉強しようと思ったけど、私の電子辞書壊れちゃって」
「なんだ、能力で溶かしたのか?」
「違うわよ!ちょっとボタンが押せなくなっただけよ!」
「それボタンが溶けて戻らなくなったんじゃないか?」
結局は、当たってるってことだろ。
「まぁ、いいや。明日渡すよ」
「できれば、今日貰えない?帰りあんたんち寄ってくから」
「今日?明日でいいだろ」
「明日はバイトだから、そんな余裕ないのよ。だから、お願い!」
両手を合わせて懇願する陽奈。
この学校は一応バイトはオッケーで、陽奈は色んなバイトを掛け持ちしている。
「大変だな。一人暮らしは」
「もう慣れてるから」
涼しい笑みを浮かべる陽奈ではあるが、俺としてはバイトを始めた頃を思うと心配である。
陽奈の両親は他界していて、途中までは親戚の家で育てられたが、中々関係が上手くいかず。
今では支援を受けながらではあるが、一人で暮らしている。
前は毎日疲れた顔をしていて、少しやつれていたからな。 そういう意味では、慣れてるのかもしれない。
「間違って俺の辞書燃やすなよ」
「電子辞書あるんだから、いいでしょ。まぁ、あんたはあってもなくても、勉強しないでしょうけど」
「分からないぞ、急にやる気をだすことも―――――」
「バカ言ってないで。さっさと行くわよ」
早く勉強がしたいのか、陽奈は俺の話を遮り、歩きだした。
これも、長年の付き合いの賜物か。
俺の扱いが、よく分かられている。
陽奈の後を追いながら、俺はしみじみ思う。
◆◆◆
「そういえば陽奈、俺の家に来るの久しぶりだっけ?」
「最後に行ったのが、一年以上前だった気がする」
いつもは外で遊ぶのほとんどだったしな。
「千恵美ちゃんは今何年生だっけ?」
「今年から中学校だよ。朝は、制服着てはしゃいでた」
「へー!私も見たいな、千恵美ちゃんの制服姿!!」
千恵美の制服姿と聞いて、陽奈が目を輝かせている。
千恵美は俺の妹で、俺に似てないほどしっかりした性格の持ち主だ。
昔は、遊びに行く俺に付いてきて一緒に遊んでいた。
その関係で、陽奈達とも仲良しである。
そんな話をしていると、俺の家に到着した。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
玄関を開けると、すぐに制服姿の少女が顔を出してきた。
「お帰りー。あれ?陽奈さん?」
「久しぶりー!千恵美ちゃん」
陽奈を見て玄関まで歩いてくる、ショートヘアーが似合う家の可愛い妹。
久しく会ってなかったからか、嬉しそうにしている。
「わー!可愛いー!私達がいた中学校のやつだ!」
「そうなんです。嬉しくて帰ってもまだ着替えてなくて」
くるくると見せびらかすように、千恵美が体を一周させる。
「なに着ても似合うわね、千恵美ちゃんは」
「ありがとうございます。兄さんも、それぐらい言ってほしかったです」
「言わなくても、分かってることもあるだろ」
いったい、何年家族やってると思ってるんだか。
「そういえば、今日はどうしたんですか?陽奈さんだけで.....あっ!」
なにか気づいたのか、急に千恵美がニヤニヤしだした。
「もしかして、二人とも付き合い始めたんですか」
「えっ!?」
「お似合いだと思いますよ。おめでとうございます」
驚く陽奈に、千恵美が祝福の言葉をかける。
「や、やだなぁ!そんなわけないでしょー!!」
バシッ!!ジュゥ....。
「あっっづう!!」
顔を赤くしながら、俺の頭をはたく陽奈。
だが、その叩く音のなかに明らかにおかしい焼けるような音が。
あまりの熱さに、俺は後頭部を押さえ、悶絶する。
「あー!ごめんごめん!!大丈夫!?」
「お、お前.....未だに感情のコントロールできないのな....」
「めんぼくない.....」
陽奈が必死に謝ってくる。
感情が昂ると、陽奈の体は尋常ないほどに熱くなる。
そんな状態で叩かれるとどうだ、痛いじゃ済まさない。
「そんなに強く叩きましたか?」
俺のリアクションを見て、千恵美が不思議に思っている。
それはそうだ。千恵美は俺達の異能力を知らないんだから。
「え、あ、あー!まぁ、気にするなって!それよりも、勘違いするなよ千恵美。別に俺達は付き合ってないぞ。今日は辞書を借りに来ただけなんだからな」
「そうだったんですか」
「そういうことだ。それじゃあ、ちょっと待ってろよ。取ってくるから」
「う、うん!お願いね!」
素早く話題を切り替えて、俺は辞書を取りに二階へ上る。
危なかったー......。
あー、まだ後頭部がヒリヒリする。
ったく陽奈のやつ、あんなことで熱くなるなんて。
愚痴を溢す俺であるが、同時に安心もしていた。
上手く誤魔化せてよかった。
これまでこの能力を得てから、色々なことがあった。
そのなかで俺達が取り決めたルールの一つが【誰にも異能力の存在を伝えない】こと
たとえ家族であっても、異能力のことは教えてはならない。
俺達は普通の生活がしたい。
霧矢や美礼みたいな、モテる人、怪力な人で話が通せる時もあるが、限度がある。
ましてや、陽奈に至っては、誤魔化しようがない。
バレた日には、普通の生活とは程遠いものが待っているのは必然だ。
だから、俺達は異能力を隠していなければならない。
そのために、今まで誰にも悟られずに暮らしてきたんだ。
部屋にある英和辞書を手に取る。
全ては普通に暮らすために。
◆◆◆
次の日。
―――――――――授業中(数学)
パキッ
「あら、折れてしまいました」
美礼が持っていたチョークが折れ、床に転げ落ちる。
「またか?もう11回目だぞ」
「折れやすくなってたんでしょうか」
「いや、新品渡したんだが.....」
普通の暮らしに......。
◆◆◆
―――――――授業中(現文)
「あぁ......君はどうしてそんなにも美しいんだ。君に会えたことで、こんなにも人生が変わるなんて......」
キャアーーーーッ!!
「.....縦島君、普通に読むだけでいいのよ。『あぁ......』とか書いてないからね」
普通の、暮らしに......。
◆◆◆
―――――――休み時間
「なぁ、なんか異様に熱くないか?」
「まだ春だってのに」
ジュゥ.......。
「ちょっと、私の聞いてるの?陽奈」
「あんたの彼氏との甘々なのろけ話は聞きあきたのよ」
「そ、そうね.......」←彼氏いない=年齢&その手の話苦手
ふ、普通の.....。
◆◆◆
..........あ、あれ?
普通って、なんだっけ?
◆◆◆
いったい、どこからおかしくなってしまったのだろう。
休み時間に一人席に座りながら、俺は思考を巡らせる。
冷静に考えみると、俺以外のあいつら普通な学校生活送ってなくね?
慣れというのは、これ程までに恐ろしいものだったのか。
普通ではないものが、最早自分の日常に当たり前のように存在している。
もっと早く気づくべきだった。
もうこれ、普通じゃないってことがバレてもおかしくなくね?
「そういえばさぁ、縦島君って変わってない?」
「あー、分かる分かる。あんな下手なナンパしてるのに必ず皆なびくよね」
「なぁ、京野塚さんって変じゃね?あんな体なのにバカみたいな力しててさー」
「この前も教室のドア外してたよな。本人うっかりとか言ってたけど」
周囲から聞こえる、霧矢や美礼を噂する声。
その言葉が、俺の中の動揺を生む。
「案外、女の子全員惑わせてたりして」
「実は超能力者だったりしてな」
ひぃっ!!
ズバリ的中してしまったことに、俺はかつてないほどの危機感を覚える。
会話をしていた女子グループ、男子グループは「またまたー」「かもな」とそれぞれ笑いあっているが、こっちとしてはなに一つ笑えない。
いや、もうこれ、気づく気づかないの問題じゃなくなってきたぞ。
このままいけば、霧矢達は【変な奴】認定されてクラスから避けられる....なんてこともあり得る。
それだけは避けなければならない。
「なに一人で考え込んでるの?弧大」
なに食わぬ顔で話しかけてくる陽奈に、俺は神妙な面持ちで応える。
「陽奈、昼休み会議をしよう」
「会議?」
話の意図が掴めない陽奈は、首を傾げる。
「そう、これからの俺達の学校生活に関わることだ」