報復してやりたい
十年前、日曜のテレビでコアな人気を博した特撮アニメがあった。
名前は『境戦士 ミラーライダー』
敵の能力を自分のものにし、その能力で悪を討つという、なんとも斬新なヒーローだ。
その戦い振りもまた斬新で、能力は一緒だから結局は身体能力か不意打ちで勝つという、子供からしたら夢も憧れもないものだった。
だが、その現実味溢れるところが一部の視聴者の心を掴んだようで、一応小規模ながら映画までこぎ着けた人気作でもある。
そして、当時小学一年生だった俺も、その心を掴まれた視聴者の一人で。
自称神様に言った願い事も『ミラーライダーになりたい!』だった。
さすがに神様であってもミラーライダーは知らなかったらしく、『み、みらー......なに?』と困惑していたのをよく覚えている。
「まさか、ヒーローになりたいなんてお願いするなんてねー」
「可愛いじゃないですか」
「男なら一度は夢見るやつだな」
「もういいだろ、その話は!」
そんな俺の思い出も、今ではこうしてネタ扱いされてる。
教室に向かう途中、俺は昔のことで会話に花を咲かせる三人を見ながら、後ろを歩く。
自分が三人を煽ったことが原因とはいえ、恥ずかしすぎる。
「そういえば弧大、遊ぶ時私達にいつも『ミラーライダーごっこ』要求してたわね」
「あれは、本当に面倒でした......」
「え、そうだったの?」
思い出したのか、陽奈はにやにやしながらこちらを振り向いた。
美礼は本当に面倒だと思ってたのか、ため息をつく。
そんなに嫌だったの?美礼。
当時の俺としては最高の遊びだったんだけど.....。
地味に傷つくなか、霧矢も「まったくだ」と同意してくる。
「そんなのより、俺の『綺麗なお姉さんに声をかける遊び』の方が断然面白かった」
「それはお前だけだ」
小学校一年生の遊びじゃないだろ。
真顔で言う霧矢に真っ先に否定していると、
「ん?」
前方で気になるものが見えた。
「ほら菜矢野。早く来いよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ.......」
ブレザーのボタンを外し、少し体格の大きい男子生徒三人が、眼鏡をかけた背の低い男子生徒を囲うようにどこかへ連れていく。
「なんだあれ?」
「あの子、同じクラスだったわよね?」
俺の呟きに釣られ、陽奈が四人を見ながら言う。
三人は見た目からして不良っぽいけど、もう一人はどう見ても無理矢理に見える。
イジメだろうか。
そんなことを思っていると、背後から急にか細い声が。
「おはよぅ.....」
「うひゃあー!!」
耳元で囁かれ、俺は寒気を感じたと共に後ろを振り向くと、そこには前髪で目が隠れた、ホラー映画にでも出てきそうな人がいた。
「あ、音無先生。おはようございます」
「おはようございます。先生」
「おはよぅ...陽沢さん、京野塚さん」
俺の悲鳴で気づいた陽奈と美礼が、何事もなかったように挨拶をする。
出たな、幽霊......。
「いきなり背後から声をかけないでくださいよ!先生!」
「ごめんなさいね....私、影薄いから、どっちにしても驚かせちゃうの」
そりゃ、そんだけ顔色が悪ければ、誰でも驚くはな。
この人は音無幽先生。うちのクラスの担任で、社会科の教師。
下手なこと言えば呪われそうな見た目をしているが、それとは裏腹に生徒には優しい先生でもある。
呪いなんてできるわけがない......はず。
「今日もお美しいですね。先生」
「そういうことは軽々しく言うものじゃないわよ、縦島くん。あまりおいたが過ぎると.......呪うわよ」
「は、はい.....すいません.....」
こうやって脅しではよく使うから、自信が持てない。
髪の毛の隙間から見える見開かれた目で言われると、本当に呪われそうで怖い。
さすがの霧矢もこの通り、自然と謝罪の言葉が出てしまう。
「ほんと、なんで先生には霧矢の能力が効かないのかしら?」
「不思議ですね」
小声で陽奈と美礼が話しているが、俺としても不思議でならない。
なぜだか分からないが、霧矢の能力は先生にも通じない。
以前、霧矢が先生に対して試したことがあるが、まったくと言っていいほど、動じなかったんだ。
霧矢の能力が効かない人は、霧矢が見せる魅了を上回るなにかがなければいけない。
きっと、過去になにかあったのだろうが、聞くと怖そうなので聞く気はない。
「それより.....早く教室に入りなさい。チャイムが鳴るわ....」
それだけ言うと、音無先生はゆらりゆらりと俺達を通りすぎていく。
「相変わらず、生気を感じさせない人だな」
「本当は、生き霊だったりして」
「なに言ってるのよ、あんた達」
教室に入っていく音無先生を見送りながら、俺と霧矢は言い合う。
バカバカしいという口振りな陽奈だが、俺的にはあり得てもおかしくはないと思っている。
「皆さん、早くしないとチャイムが鳴りますよ」
美礼に言われ、腕時計を見れば確かにもうすぐチャイムが鳴る時間帯だ。
俺達は急いで教室へと入る。
◆◆◆
「今更ながら、なんで私達にこんな能力貰ったのかしらね」
昼休みになり、机を合わせて弁当を食べていると、唐突に陽奈が呟きだした。
「さぁな」
考えたことはあったが、さっぱり分からない。
「それが分かったところで、意味があるとは思えんがな」
「でも、気になるでしょ」
「これまでよく考えてきましたが、一向に分からなかったですしね」
興味なさげに弁当を食べる霧矢。
この話はこれまで幾度となくしてきたが、陽奈はまだ興味があるようだ。
「今の今までなにも起きなかったし、ただの気紛れじゃないのか」
「でもこういうのって、何十年か経ったら突然起こるみたいな展開があるじゃない」
「漫画の読みすぎだ」
そんな都合のいいこと、そうそう起こらないだろ。
「まぁ、理由は分からないけど......」
一つだけ言える。
「もし、犯人が見つかったら、その時は精一杯の報復をした上で能力を消して貰おう」
「「「賛成」」」
俺の提案に、三人が揃って頷く。
「この体質のせいで、どれだけ酷い目にあったか.....」
「こんな偽りの愛は早く捨て去りたい」
「体は強くなったのはいいんですが、これはこれで不便ですから......」
皆、能力のお陰で色んな思いをしてきたせいか、賛成の言葉が力強かった。
俺はコピーしなきゃ、ただの一般人だからいいものの、色々あったもんなー、こいつら.....。
三人を見ながら、俺は染々と感じていると、急に催してきた。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
そう言って俺は席を立ち、未だ苦悩な表情を浮かべる陽奈達を背にし教室を出る。
扉を閉め方向転換した直後、小さな人影が見え、
「あたっ!?」
誰かにぶつかり物が大量に落ちる音が聞こえる。
「あったった......」
「あ、悪い!大丈夫か?」
尻餅をついた相手に、俺は慌てて声をかける。
見たところ男子生徒のようで、その周囲には落としたであろう、大量のパンと飲み物が。
「あれ?お前朝の時の.....」
顔に見覚えがあり、俺は思わず呟く。
確か、柄の悪い奴等に絡まれてたやつで、菜矢野って呼ばれてたっけ?
俺の言葉を聞いて、菜矢野は「へ?」と俺を見たが、散乱しているパンや飲み物に気づき慌てだした。
「た、大変!?拾わなきゃ」
「ごめんな。手伝うよ」
パンと飲み物を拾う菜矢野を見て、俺も手伝おうとパンを拾う。
「だ、大丈夫だから!」
そう言って菜矢野は俺から乱暴気味にパンを取ると、急いで廊下を走っていった。
なんだあいつ?あんなに急いで。
おっと、そんなことより......。
走り去る菜矢野を目で追うも、迫りくる尿意を前に俺はそれ以上深くは考えなかった。