異能力、貰いました
子供の頃は、色んなことを願った。
スポーツ選手になりたい。
モデルになりたい。
漫画家になりたい。
メジャーなものから、マイナーなものまで、挙げればキリがないが、そのどれもが子供達を魅了し、憧れるものであった。
だが、それはただ漠然とした、謂わば『やってみたい』や『なってみたい』というだけが大半で、実際に年を重ねる毎に子供は『現実』という壁を知り、ほとんどが諦めていく。
なかでも、テレビを見てお姫さまになりたいとか、漫画を見て超能力が欲しいとか、現実離れしたものはそれを願った記憶すら覚えてるか怪しいだろう。
現実を知り、大人になり、視野が広がり、新たに自分にあった夢を見つける。
当たり前で、単純な話だ。
夢なんてものに、強制能力はない。
だがもし、もしも、子供の時に願った夢が叶うとしたら。
どこからか聞こえた声に『好きな願いを叶えてあげる』と言われたら。
それは、幸せなのだろうか。
少なくとも、俺、鏡野弧大は、そうは思えなかった。
◆◆◆
「いい天気だ」
高校二年の春。清々しい青空を眺め、少し肌寒いながらも気持ちのいい午前を迎える。
住宅街の道路の脇。通学路の途中は、朝は静かなもので、聞こえるのは通行人の物音か、微かにどこからか漏れた生活音のみ。
「こうも静かだと、また眠くなってくるな」
あくびをしながら、俺は呑気に呟く。
いや、せっかく間に合うように行ってるんだから、そこで寝たらアウトだよな。
新入生の入学式も終わってからしばらく、今日から通常授業が始まるんだ。
これで遅刻したら、またあいつに怒られる。
冷たい空気を吸い、落ち着いていると、前方に四人組の小学生が歩いていた。
見た目からして、低学年だろうか。
これまた仲良さそうだな。
わいわいと仲良く談笑しているその光景を眺めていると、ふとあの時のことを思い出す。
「あの時も、丁度あれくらいだったか」
昔のことは、あまり覚えていない。
一番古い記憶は、子供の頃に憧れた特撮ヒーローのことだったか。
年を重ねれば、古いものは自動的に消えていくが、なかには例外も存在する。
絶対に忘れたくないことや、第一印象が強く頭から離れないものは残るものだ。
あの時の記憶は、その両方に当てはまる。
絶対に忘れたくないし、忘れたくても強烈過ぎて忘れられない。
悔やんでも悔やみきれない、人生でナンバーワンの失敗だった。
「今さらだよなぁ」
ため息をつきながら、俺は肩を落とす。
突然だが、俺、鏡野弧大は―――――――異能力者である。
十年前、近所の神社で遊んでいた俺を含めた四人の男女は、あの日を境に人生は大きく変わった。
『ねぇ、君達は願いが叶うとしたら、なにがいい?』
誰もいない、聞いたことのない、見知らぬ声に、俺達はそれはそれは驚いた。
その時は、子供ながらも警戒し、『誰?』『どこにいるの?』とか聞いた気がしたが、子供とは実に単純なものである。
ちょっと力の一端を見せただけで、すぐに信用してしまった。
すっかり信じきった俺達は、各々願いを伝え、結果として『異能力』という形で願いを叶えてたのだ。
その時は、声は『神様みたいなもの』と言っていたが、今となっては事実かどうかは分からない。
こうして、四人の男女は願いを叶え、未来永劫幸せに暮らしました―――――――だったら、どれほどいいか。
「あ、弧大」
唐突に出現した、聞き慣れた声。
横を向くと、そこには親友とも呼べる、横側を二つ編みにしたショートヘアーの少女が。
「おっす。陽奈」
手を小さく上げ、慣れ親しんだ相手に俺は軽い挨拶をする。
「ちゃんと寝坊はしなかったようね」
「当たり前だろ」
「去年は寝坊したじゃない」
「しょうがないだろ。去年は俺の絶大な異能が暴走してしまって....!!」
「あんたの能力そんなんじゃないでしょ」
手を押さえる演技を織り混ぜた俺の冗談を、陽奈は呆れながらも突っ込んでくれる。
なぜこんな冗談が通じるかというと、陽奈は俺の異能力を知っていて、彼女自身もまた、
―――――――自称神様へのお願いで異能力を得た一人であるから。
「そんなこと言うなら、私のこの右手の炎が.....!!とか言う方がリアリティーあるわよ」
俺と同じような演技で子芝居をする陽奈。
だがその手の上には、小さいながらも本当に火が灯っていた。
そりゃあ、そうだろうな。実際にあったし。
彼女は陽沢陽奈。能力は【発熱発火】
自分の体を高温に高めたり、手から直接火も出せる。超攻撃型の異能。
といっても、攻撃する相手もいないが。
感情の昂りによっても、体温が変化するため、扱いには要注意。
でないと、周囲の人間が焼け死ぬことになる。
昔はコントロールには苦労したが、今となっては完璧にマスターしている。
「そういえば、霧矢はどうしたの?今日は一緒じゃないの?」
気になったのか、陽奈は聞いてきた。
「あいつなら先に行くって。どうせ、いつものあれだろ。入学式じゃやれなかったから」
「あー、そういうことね」
いつものあれというだけで、陽奈は納得したのか深く頷く。
霧矢というのは、俺や陽奈と同じく自らの願いによって異能力を得た一人。
その能力は、実際に見た方が早い。
◆◆◆
学校の校門に着くと、前の方で小さな人だかりができていた。
「君、ちょっといいかな?」
「え?あ、はい.......」
「どこかでお会いしたことなかったっけ?」
その中心では、茶髪にマスクをつけた小さい頃からの親友が、女子生徒の手を握りながら、見つめていた。。
女子生徒は親友を見ながら頬を紅くし、「え、えっと....」と胸をときめかせている。
完全に恋に落ちた目だ。
「やってるな、あいつ」
「下級生の子かしら。懲りないわねぇ......」
予想通りな展開に、陽奈はバカバカしいと呆れている。
毎度毎度のことで見慣れた風景であるが、あれが俺や陽奈と同じ異能力を得た男。
縦島霧矢。能力は【魅了】
見た通り、女子にモテモテになる異能力だ。
発動にオンオフがなく、常時女子と目が合えばたちまちその女子は霧矢に惚れてしまうが、マスクをつければ軽減される。
それに例外はあり、霧矢の母親や陽奈のような慣れた相手には、魅了は効果はない。
偽物の愛よりも、勝っているものがあるからだろうか。
今じゃ、こうして可愛い子を見つければ、ナンパ紛いな真似をしている。
なぜ紛いかというと、霧矢の目的は普通のナンパとは違うからだ。
「は、はい......。どこかでお会いした気がします.....」
「あ、すいません。人違いでした」
見つめる霧矢にうっとりしながら応える女子生徒。
だがその瞬間、霧矢は握っていた手を離し何事もなかったかのように歩き去っていった。
なにが起きたか分からず、いきなり現実に引き戻された女子生徒は「えっ......」と呆然としている。
「相変わらず何度見ても酷いな.....」
「同じ女としてあの娘を同情するわ.....」
見慣れたものではあるが、俺と陽奈は少し引いている。
霧矢はただ女が大好きだからナンパをしているわけではない。
女好きだから、モテる異能があるから、霧矢はさがしているのだ。
真実の愛というものを。
「あ、お前らいたのか。おはよ」
「おはよ、今さっきな」
「おはよ」
こちらに気づいて近づく霧矢に、俺達は挨拶を交わす。
「あんた毎度毎度成長しないわねー」
「これも、本当の愛を探すためだ」
「いつか、背中から刺されても知らないわよ......」
反省する気ゼロな霧矢に、陽奈は呆れている。
今日の朝はなんだか呆れっぱなしだな、陽奈のやつ。
「俺はな、陽奈。能力を得てから、俺は自分が放つ虚像の愛と本当の愛の見分けがつかなくなった。それが分かるまで、俺は止めるわけにはいかない。さっきの女なんか、俺に会ったことあると嘘をついてきた。あれじゃないのは確かだ」
「それ何回も聞いたわよ」
聞き飽きたのか、陽奈は適当にあしらう。
「まぁ、そうはいっても、可愛い娘とお近づきになりたいだろ」 「あぁ、さっきの娘も違ってはいたが中々に胸がでかかった」
「え、まじ?」
「まじだ」
そう言う俺に、霧矢は肩を組んできながら嬉しそうに話してくる。
顔は元からイケメンなのに、考えることはムッツリしてるんだよなー、こいつ。
昔から女子が大好きで、願いごとも『女の子にモテたい』だったし。
そういう自分に素直なとこは、俺は嫌いじゃない。
「また、あんた達は.....」
毎度のことだからと陽奈はため息をつきながら傍観していると、後ろが少し騒がくなる。
振り替えると、校門の前に黒い高級車が停められていた。
車のドアが開くと、そこには黒髪ロングヘアーの清楚な雰囲気の女生徒が出てきた。
女生徒は穏やかな表情で周りの生徒に笑顔を振り撒き、後ろを向きドアを閉めた途端、ドアのガラスにヒビが入る。
「あら、またやってしまいました」
女生徒は小さな失敗のように言うが、ざわついていた周りはドン引きしていた。
「あいつ、また.....」
それを見ていた俺が呆れていると、女生徒はこちらに気づき歩み寄ってきた。
「あら皆ー。おはよー」
「おはよー、美礼」
「おはよ」
「よっす」
優雅にぬっくりと歩く彼女。
美礼もまた、俺達と同じ異能力を得た者の一人だ。
京野塚美礼。能力は【肉体強化】
その名の通り、自身の肉体を強化させる異能。
これも霧矢と同じでオンとオフがなく、常時発動型だ。
身体能力はもちろん、体に対するあらゆる面でも強化される。
つまり、風邪が引くことがなく、毒とかも効かないってことだ。
俺らのなかでは一番有能な異能かもしれないが、これもまた扱いが危険な能力で。
元々、美礼は病弱で、それを治したいという意味を込めての『体が強くなりたい』という願いだったのに、自称神様は気前がいいのか常人以上の力が手に入ってしまった。
下手に力が入れば、相手の骨は簡単に折れるだろう。
怖すぎる。
「なにやら騒がしいですね」
「そうなのよ。霧矢がまたナンパしてたのよー」
「ナンパじゃない。真実の愛を探しているだけだ」
呆れる陽奈に、霧矢は悪びれることなく、堂々と言い張る。
その様子に、美礼は「あらあら」と穏やかに微笑む。
美礼は見た目こそ大和撫子のようではあるが、騙されてはいけない。
「朝から本当、死ねばいいのに」
中身は中々にえげつないから。
穏やかな笑顔のまま、美礼は霧矢に言い放つ。
「美玲、あんた、朝から嫌なことでもあった?」
「いいえ、ただ少し寝不足だっただけですけど、特にありませんよ?」
「要するにあったんだな。寝不足だったんだな」
恐る恐る聞く陽奈に、美礼は笑顔で応えてくれた。
口ではこうだが、悪い奴ではない。
怒らせない限りは。
「まったく、やっぱりお前ら揃いも揃ってろくな能力じゃないな。もっと使えるやつを貰えばよかったのに」
「「「お前(あなた)に言われたくはない」」」
笑う俺に、三人は一斉に否定してくる。
まぁ、そう言うだろうな。
能力的には一番安全だが、一番使い道がなさすぎるものである。
鏡野弧大。能力は【異能力コピー】