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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔物ならいくら殺しても怒られないよね?

作者: 虚木ヒスイ

魔物を殺す主人公の話しが書きたくて書いただけの話しです。

朝は苦手だ。

夜更かししているのだから自業自得といえるだろうが、昔からどうしても朝はすんなり起きられなかった。

布団から出る体は重いし、目もしょぼしょぼする。

欠伸をして、背伸びをして、のんびりと部屋を出る。

食卓には父親、姉、妹が座って食事をしており、台所に立っている母親は起きてきた長男のノギヌスの姿を見てため息一つこぼすだけだった。

挨拶はしないし、されないが彼は気にすることなく椅子に座り冷めた朝食を口に運んだ。



北地区の中で西側に位置するトリル郡ノーノス村は、これといった特色の無い村である。

人口は二百人足らず、小さいながらも立派な学校と北地区の軍神シャルシェラを奉った祈願堂きがんどうがあるものの人口は減少の一途を辿っている。

農作業しかやることのない村人としての生活は、安穏としていて退屈だ。

ゆえに、若者は街や都市へと出ていく。

仕事や学校のために村を出て行く同級生たちを尻目に、ノギヌスは実家でダラダラと生活していた。

朝起きて、朝食を摂り、また自室へと引き上げていく。

この日はたまたま起きて本を読んでいたが、ノギヌスは日中寝ていることが多い。

静かな村が、昼過ぎてから外が妙に賑やかになってきたことにすぐに気がついた。

窓を開けて外を見ると、子供たちが「行商人がきたよ!」と言って楽しそうに村の中心に向かって走っていく。


(……行商人……)


村に暮らす人々の楽しみと言えば、外から来る行商人との交流だった。

もちろん、ここにも小さいながら日用品を取り扱う店はあるのだが、目新しい物は無い。

最新の日用品や便利な魔法道具、新しい書物の類いは行商人が運んでくる。

それと共に外の世界が今どうなっているのか聞くことも出来るので行商人との交流もまた、村人たちには良い刺激になる。


(……本とか…あったらいいな…)


そんなことをぼんやり考えて、布団から這い出すとゆっくりとした足取りで家を出るが家族は何も声をかけてこないし、彼も特に何も言わなかった。

いつから会話をしていないかとか、どうして会話をしないのかとか考えることすらノギヌスはしない。

何となく察するところがあるからかもしれないし、会話をする必要性が無いと思っているからかもしれない。

どちらにせよ、ノギヌスが積極的に話しかけたところで誰もそれに応じてくれないのが現状である。

そんな、周りに人がいるのに誰とも関わらないノギヌスにとって読書はいい暇潰しである。

本屋はこの村には無いので、行商人が運んできてくれるのを買うしかない。

行商人は村の広場で店を開いていて、多くの村人が集まっていたのでノギヌスは少し離れたところのベンチに腰を下ろし、人が引くのを気長に待つことにした。

どうやら行商人は日用品とわずかな魔法道具を扱っているようだった。

魔力のあまり無い人でも魔法が使えるようになる魔法道具は非常に便利なのだが、値が張るのだろう勧められてもみんな首を横の振るばかりだ。

そもそも、こんな寂れた村で使う魔法道具などたかが知れているので、高価で便利な魔法道具を使う者などいない。


「ねぇねぇお兄さん」


声をかけられて首を動かすと、ベンチの側に幼い女の子が立っていた。


「……何?」


「なんだか眠そうね」


女の子が笑って言うと「…そう?」とノギヌスは首を傾げた。


「ええ、とっても眠そう。目の下も黒いし、寝不足なの?」


女の子は自分の目の下を指差したので、ノギヌスは自分の目の下を擦る。

確かに、彼の目の下にはいつも黒い隈がある。

いくら寝ても薄くなる程度で、消えることがないものだ。


「…そうかもね」


「お兄さんはこの村の人?」


ノギヌスは無言で頷く。


「この村の名前は?」


「ノーノスだよ」


そういうと女の子は少し驚いた顔をして「あのノーノス村…」と呟いた。


「あの?」


ノギヌスはまた首を傾げる。


「有名じゃない。ノーノス村の悪魔って」


「……ああ」


「ここがそのノーノス村なのね。普通の村だからわからなかったなぁ。もっとみんな怖がってるのかと思った」


「何を?」


「悪魔よ、ここにいるんでしょ?」


女の子は首を傾げる。


「夜な夜な森の中で笑いながら魔物を殺す悪魔が。そんな人と一緒に生活しているなんて信じられないわ」


「…そう?…みんな普通に生活しているよ…」


ノギヌスから見る限り、そうである。


「そうなのね、変な村…私だったら怖くて外を出歩けないわ」


女の子が辺りをぐるりと見ると、一人の女性が血相を変えてこちらに走ってきた。


「エリー!こっちに来なさい!」


そして、女の子の手を掴んだ。


「えー、ママが向こうに行きなさいって言ったんじゃない」


女の子はそういって頬を膨らませる。


「そうだけど…いいから、こっちに来なさい!」


女性は女の子の手を引っ張り、女の子は納得いかない表情だった。


「お兄さんばいばーい。暇だったらお店に来てね!」


「余計なこと言わないの!」


母親の怒られて女の子は悲しげな顔をして見せたが、ノギヌスには手を振ってみせた。

しかし、ノギヌスは手を振り返しかけて止めた。


(久しぶりに人と話した……かも?)


ノギヌスはベンチから立ち上がり、行商人の店に行くことなく自宅に戻る。

おそらく、あのあと女の子は真実を知ることとなるだろう。

彼女がいったノーノス村の悪魔がノギヌスであると。

そして、ここの子供達同様に悪魔と関わると不幸になるだとか、怪我をするだとか、悪夢を見るだとか、そんな根も葉もないことを吹き込まれるはずだ。

彼女は彼と関わったこと、彼にお店に来てねっと言ったことを後悔するだろう。

だからノギヌスが店に行かなかったわけではない。

ただ、並べられている商品の中に書籍の類いが見られなかったので自宅に戻っただけである。

彼は自室に戻るとそのまま布団に入り、目を閉じた。

彼は、人に興味が無かった。

それは、血を分けた家族に対しても同じである。

会話があろうが無かろうが、彼には知ったことではないし、自分から積極的に関係を修復しようとは思わない。

彼が興味あるのは魔物だけで、それ以外はどうでもいいのだ。

だから、少々邪険に扱われても彼は平然としてここで生活している。


両親から見ると、ノギヌスは幼いころから人と違っていた。

幼いときに姉が大事に飼っていた鳥を殺したり、村で悪戯ばかりしていた悪ガキをナイフで滅多刺しにしたりしたのだ。

幸い、悪ガキは重症を負っただけで死ななかったが、それ以降村の人たちはノギヌスと関わろうとしなくなった。

そして、村が魔物に襲われたとき避難せず先陣きって戦いに行ったのだが、笑いながら魔物を殺したその姿を見て両親さえも我が子を悪魔だと思ってしまったのだ。

それから、両親さえもノギヌスと会話をほとんどしなくなってしまった。

義務教育を終え、定職に就かず、日中は寝て、夜中に起きてどこかに行く生活をするノギヌスに対して両親は何も言わなかった。

思うところはあっても、強く言えなかった。

大きくなってからも彼が何を考え、何を思っているのかわからないので、強く言ったときに何をされるか想像が出来なかったからである。


この日も、いつも通りノギヌスは夕暮れ時に家を出る。

手にはごく普通のランプを持ち、何時ものように眠たげな目をして。

生きる気力をどこかに忘れて来てしまったように、ぼんやりとしていることが多い。

北地区特有の白髪はボサボサで、前髪も長い。

その前髪の隙間から見える黒色の瞳も、北地区特有のものである。

何の感情も宿していない目を見て、幼いころの妹が「怖い…」と泣きそうな顔で言ってきたこともあったが、彼は何がどうして怖いのか理解出来なかった。

彼はそのまま村を抜け、その奥にある森に入る。

獣のいない森、黒い森、魔物の巣食う森など呼び方色々あるが正式名称はソアの森という。

ソアとは古い言葉で影を意味する。

その奥、ちょうど日が暮れて辺りに闇夜が広がってきたころに開けた場所に出る。

そこには、焚き火をした跡と木に吊るしたいくつかのランプと剣が一本切り株に突き刺さっていた。

そこはノギヌスが毎夜魔物を殺す場所。

彼は、木に吊るしたランプ一つ一つ明かりを灯していく。

そして、持っていたランプを木の枝に吊り下げると、次いで落ちた枝を拾い焚き火の跡が残る場所に集め、火をつけた。

焚き火の燃える音に耳を傾けながら、切り株に刺した剣を抜き取り、前を見据える。

辺りは焚き火が燃える音と、風が吹き抜ける音しかしかない。

鳥や虫の鳴く声は全くと言っていいほど無い。

ノギヌスの黒色の瞳に、揺らめく焚き火の火が映る。

その明かりとは異なる輝きがその瞳に現れると共に、森の奥から重い足音が聞こえた。


魔物とは、人を襲い食らうもの。

恐ろしいものとして言い伝えられている。

魔法や武器が扱える者ならば相対してもどうにかなるかもしれないが、戦う術を持たないごく普通の村人であれば逃げるのが最善策である。

村人ではまず魔物と太刀打ち出来ないからだ。

それなのに、ノギヌスは初めて魔物を見たとき物怖じすることなく斬りかかった。

魔物を見て、殺しても良い対象だと気がついた彼の心は、体は、歓喜にうち震え、斬りかかるのを我慢することが出来なかった。

それは相手に対する恐怖心を無くし、ただ目の前の物を殺したいという衝動だけ生み出した。

そして彼は、たった一人で十体の魔物を殺したのだった。

それは今も変わらない。

魔物を見つけたときの、あの喜びも、魔物を殺したときの楽しさも、幸せも、今も変わらず彼の心と体をとろけさせた。

何もないこの村で、唯一の楽しみと幸せを味わうことが出来る瞬間。

この瞬間があれば、彼は他人からどういう扱いをされようと気にならないのだ。


彼は、明かりの下に姿を現した魔物を見て、笑った。


彼は容赦なく斬って斬って斬りまくって、魔物の返り血を浴びて、断末魔を聞いて、それでも切り刻む手を止めない。

止められない。

早く次を殺せと心が囃し立てるからだ。

魔物は殺してもいいもの。

どんなに残酷な殺し方をしても怒られないし、罰せられない。


(…なんて…なんて素敵なんだ…)


歓喜に打ち震えるノギヌス。

腕を斬っても、足を斬っても、目を抉り取っても、舌を引き抜いても、腹を裂いて内臓を引きずり出しても、生きながらに燃やしても、猛毒を食らわせて内臓から腐らせても、それが魔物ならどんなに酷い殺し方をしても許されるのである。

クルクルと踊るようにしなやかに動きながら魔物を切り伏せ、返り血のついた手で己の頬を撫でた。


(…ああ…幸せだ…)


彼は天を仰ぎ、恍惚の表情を浮かべる。

目元が緩み、漆黒の瞳に狂気が渦巻く。

近付く物を切り裂き、その感触が脳味噌に伝わるたびに全身へこの上ない幸福感が広がる。

己の快楽のために。

己の欲望を満たすために。

彼は心底楽しそうな、幸せそうな顔をして魔物を殺し続ける。

そして、笑うのだ。

楽しそうにケラケラと。

その声は静かな森に響き渡り、近くのノーノス村まで届く。


「あははっ…最っ高だ…」


魔物の頭を切り落として彼は甘美な感覚に酔いしれ、呟く。

彼は全身から喜びと楽しさと狂気を溢れ出し、闇夜から飛び掛かってくる魔物に笑いながら剣を振り下ろした。

それはまるで、欲しい玩具をやっと買ってもらった子供のように無邪気な喜びと限りを知らない残酷さを併せ持っていた。

誰も近づけない。

そう、魔物しか、今の彼には近づけないのだ。


(…もっともっと殺した…殺し足りない…)


狂気に目を輝かせ、全身返り血を浴びようが、魔力が底を尽きようが、彼の衝動はおさまらなかった。



どれほど殺し続けただろうか。

足元に散らばった魔物の死体は山となり、その上に腰を下ろしたノギヌスは夜空を見上げていた。

森の奥から出てきていた魔物も、三十分前からその姿を見せなくなった。

彼は満足したような笑みを浮かべていたが、時間と共にその表情は虚無感に包まれ、狂気が輝いていた瞳はゆっくりとその輝きを消してゆく。

一つ大きな息を吐いて、彼は立ち上がった。

木に吊るしたランプの明かりを一つ一つ消していき、焚き火の火を消すと、辺りは一気に暗闇と静寂に包まれる。

彼は持っていた剣の血を拭い取ると、切り株に突き刺しその場に背を向けて歩き出した。


楽しい時間はあっという間だ。


彼は皆が寝静まった村に、自宅に戻り、自室のベッドに潜り込む。

遅れて疲れがドッと襲い掛かってきて、彼は抗うことなく眠りに落ちた。

そうしてまた、苦手な朝を迎えるのだ。

でも、また夜になれば魔物を殺すことが出来る。

それは、堪らなく幸せなことだ。

ノギヌスは、ずっとこうした生活が続くと思っていたのだった…。



<続く?>

実は長編でグダグダ書いている作品だったりします。

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