それはまさか、伝説の……!?
俺とマリオンは買い物を終えて、屋敷に戻った。
ちなみに俺が店で注文した品物は、明日には屋敷に届けてくれるそうだ。
マリオンが食材をキッチンに運び込みながら言う。
「じゃあ、オレが料理すっから。好きなもん作るけど、いいかな?」
「あ、ああ……任せるよ」
そうは言ったものの。
本当にマリオンが料理などできるのか心配になり、俺はそっと覗き込む。いやまあ、自信ありそうだったし、まさかベタな展開で、塩と砂糖を間違えたり、コゲコゲの物体Xを食わされたりしないだろうけど……。
マリオンはキッチンの竈に火を入れて、鼻歌交じりで手馴れた様子で料理を始めた。鍋を火にかけ、野菜の皮を剥き、肉を切り分け、フライパンに油を引いて、手早く材料を炒めていく……引っ越してから一度も使ってなかったが、料理道具は一通りそろっているので、特に不便はないようだ。
拍子抜けするほど普通である。手際よく、30分ほどの調理で終わってしまう。
「うっし、できた! 食おうぜ!」
マリオンはニシシと笑いながら、料理の入ったシチュー皿を二つ、食堂に持ってきた。
果たして、どんな料理なのだろう? それは本当に、食えるものなのだろうか?
Aランチよりはマシな物なら、いいけれど。
俺とマリオンは長い食卓の端っこに、並んで一緒に席に着く。だが目の前のシチュー皿を覗きこみ、俺は目を丸くした。
「え! これって……もしかして……っ!?」
「そう、『スタ丼』だ!」
言いつつ、マリオンは俺と自分の皿に、半熟卵をパカリ、パカリと割って落とした。
スタ丼……それは、豚肉を長ネギと一緒に炒めて、醤油、みりん、ニンニクなどで味付けし、丼飯に載せた料理である。
もっとも、盛り付けられてるのは丼でなくシチュー皿だし、ネギも玉ネギだし、肉も実は豚肉じゃないし、漂う香りも醤油とは少し違う。けれども目の前にあるのは間違いなく、『スタ丼』と形容するに相応しい一品であった。
俺は皿を取り上げ、スプーンを手に「いただきます」と呟く。そして、食べ始めた。
瞬間……口の中に濃い味が広がって、ニンニクの風味がガツンと一気に通り抜ける!
まろやかな半熟卵が固めの米にトロリと絡んで、もう手が止まらない!
俺は、思わず叫んでしまう。
「う、うまーいっ! ドラゴン倒した後、お城で晩餐会を開いてもらったけど……あそこで出てきた、どの料理よりもウマいっ!」
お城の晩餐会……3日間コトコトと丁寧にアクを取って煮込んだスープがどうの、20年物のワインを使って仕上げたソースの繊細な味わいがどうの、1頭から僅かしか取れない希少部位がどうの、そんなのを偉そうな連中が見てる前で食うのは、肩が凝るだけでウマくない。
俺はそういうのよりも、一人でカップラーメンにチューブのニンニク落として掻き混ぜて食う方が、よっぽど好きなのである。ぶっちゃけ「味が濃くて」「ニンニク利いてて」「がっつり食え」れば、それで大満足なのだ。というか逆に問いたい……この三拍子が揃ってて、マズい物などあるのかと!?
そんなビンボー舌の俺であるからして、異世界にきてからずっと口にしてなかったニンニク醤油の味付けに、涙を浮かべて感激する。
マリオンも、口いっぱいに頬張りながら言う。
「へっへ……どうだ、懐かしい味だろ!? オレもこっち来てからさ、醤油味が恋しくなって。で、色々と探した末に、『こいつ』に辿り着いたんだよなあ!」
聞けば、目の前のスタ丼に使われてる調味料は『ウスダージャ』というソースだそうだ。
醤油そっくりの味わいだが、匂いにクセがあるため嫌いな人が多く、街の食堂などではまずお目にかかれない。こちらの人は、煮込み料理の隠し味に使ったりしてるんだとか。
言われてみれば、確かに味噌に近い発酵臭がする……俺ら日本人にはまったく気にならないが、慣れてないとこれが「臭い」と感じるのだろう。
しかし……マリオンに料理を任せて、大正解だった!
この味は、街の酒場やレストランじゃ絶対に食えない!
これからも食事はマリオンにお願いしよう!
俺はお代わりまでして、久しぶりのニンニク醤油味を、心行くまで堪能した。
次回……アイテム名は『恥ずかしい板』