7話 日常
よろしくお願いします
「……あか……り……ね……り…ねぇ! 燈ってば!」
「うわぁ!」
突然耳元で名前を呼ばれ椅子と共に床に倒れる。
声のした方を見ると仁王立ちで立っている霞が呆れ顔で俺を見ている。
「痛ってて……。なんだよ霞」
「なんだよじゃないわよ! 何回呼んだと思ってるの!」
よく見るとさっきまでポニーテールだった髪を下ろし頰はほんのり朱色に染まっており、さらに服装がいつものピンクの寝巻に変わっている。
「あれ? お前いつ風呂入ったの?」
「さっき入ってくるって言ったじゃん……やっぱりあんた帰ってきてから様子が変よ。夕飯は買い忘れるわ、お風呂2時間以上入るわ、私の話は聞いてないわで。あんた私に何か隠してない?」
ジト目で俺を見てくる霞。
腰まで伸びている髪はドライヤー済みなのか既に乾いておりキラキラ輝いて見える。
「ねぇ、私達って家族よね?」
「ああ、当たり前だろ……」
「それに私達って付き合ってるんだよね?」
「あ、当たり前だろ。何を今更当然のこと言ってるんだよ……」
黒く艶やかな瞳で真っ直ぐ俺を見つめ真剣な表情で問いかけてくる。微かに香る石鹸の匂いが鼻をくすぐり重力によってできた寝巻の隙間からは白い肌と胸の谷間が見えそうになっている。
しかし改めて言われると俺たちなかなか凄い関係だな。家族であり恋人でもあるとか、それどんなアニメ設定だよ……。
「じゃあさ、お互いに秘密はなしだよね?」
「そ、そりゃもちろんだよ! 俺が霞に隠し事なんてするわけないだろ?」
「ふーん……」
霞は異世界のことも俺のことも知らないしこれからも教えることはないと靄さんは言っていた。
たしかに知らない方が霞に何か危険が及んだりすることないだろう……
1分ほどじっくり見つめると気が済んだのか何も言わずにリビングから出て行ってしまった霞。
「なんとか……ごまかせたのか……?」
それにしても靄さんから見せてもらったあのファイルに書かれていたこと。
――多次元型寄生エイリアン――
それがこの地球やノトスがいた世界そして他の異世界にも現れたという共通の敵。つい6時間前に襲われたばっかだしな。エイリアンはその世界の住人を連れ去り自分たちの手駒として操る。実際あの運転手は過去に俺やノトスと共に戦った仲間らしい。
初期のスパイダーマン3のヴェノムみたいな感じか……。
「それにしてもこんな形で過去が分かるなんて……しかも色々大変なことになったし……自分のこととはいえ何も覚えてないから実感もわかないし……変身はするし……どこの異世界ものだよ……」
霞がいなくなったリビングを見渡すといつもより温かみが消えたように感じる。
あいつ俺のことになるといつも妙に感が鋭くなるなんだよな……そのせいで色々と隠し事がバレたりして……今回ばかりは絶対の秘密にしないとな……
ガリ……ガリ……ガリ……
突然どこからか金属が擦れる嫌な音が聞こえてくる。次第に近づいてくる音は俺の真後ろまで来ると止まり、なぜだかわからないが嫌な汗が滴り落ちてくる。。
音のした方をゆっくりと振り向くと金棒を持った鬼が立っていた。
「うわぁ!」
あまりの怖さと迫力に腰が抜けてしまい喉からは悲鳴がこぼれる。
いや違った。よく見ると金属バットを持った霞が鬼の形相で仁王立ちしている。
「な、何してんだよ。バットなんか持って……」
「燈が私に嘘をついてるから痛めつけて吐かせようと思って」
鬼の顔から真顔に戻ると笑みを一切見せないまままるでごみを見るような目で俺を見下ろしてくる。
や、やばい……これは完全に怒ってるな。
「ねぇ……人の骨を完全に折るためには何回バットで叩けばいいと思う?」
「お、お、お、おい! 落ち着けって!」
バットを振り上げ迫ってくる霞。
ガン!!
金棒が振り下ろされが間一髪のところでよける。
こいつ……本気で当てに来やがった!
再びの恐怖から逃げようとするが後ろからはあるはずの気配を感じない。
振り返ると霞がうなだれたように座っている。
「ど、どうした? 霞?」
「……ねぇ、私って……そんなに頼りないかな……」
目に一杯の涙を溜めながら顔を真っ赤に染め投げかけてくる問。
悲しそうに口元を少し微笑ませながらこっちを見てくる。
俺はそんな霞を見て…………
「霞お前………………ウソ泣きだろ?」
「チェ……バレちゃったか。あーあ、せっかく燈の秘密をダシに脅迫してあんなことやこんなことさせてやろうと思ったのになー」
「いったい何をさせるつもりだったんだよ……」
「それはもちろん私のどれ……彼氏として家族としてこき使うっていうことに決まってるじゃない」
「今絶対奴隷って言おうとしたな!」
「な、なんのことかなー?」
吹けもしない口笛を吹こうとする霞。かすれた音しか出ていない。
しかしどうしたものか……
こうなるといっそ打ち明けるべきか……
「なぁ……霞……どうしても知りたいのか?」
「うーん……やっぱりいいや! 燈が話したくなったらでいいよ!」
満面の笑みを浮かべた霞を見て予想外の言葉に驚く。
「ほんとに……いいのか?」
「うーん……だって燈は話したくないんだよね? 私だって本当は聞きたいけど……無理やり聞き出そうとは思わないし!」
「さっきまでバットで殴ろうとしてたやつがよく言うよ…………」
「なんのことかなー?」
「まぁいつか絶対に話すよ……」
「うん。待ってる」
なんだかいつもより可愛く見えるのは多分気のせいだろう。
今更だが霞は可愛いし優しい。家族……いや彼氏としての身贔屓かもしれないが……
「でーも………………」
再びバットを振り上げた霞から黒いオーラみたいな殺意が湧き出てくるのが見える。
「浮気とかなら……どうなるかもちろん分かっているよね?」
さっきと同じ満面の笑みに見えるが目が全く笑っていない。
あまりの怖さに俺は何回も首を縦に振る。
「なら燈が話したい時でいいよ!」
今度の笑みは太陽のように明るく爽やかだ。
ほんと……この顔はずるいよなぁ……
さっきまでのドス黒いオーラは完全に消え、霞の周囲からキラキラオーラが放たれているように見える。
しかし改めて考えてみるとなんも心配はいらなかったな……
なんだかんだ言って霞はいつも俺のことを尊重してくれている。
最初から信じるべきだった。
「ま、そんな感じだから! おやすみ!」
「おう。明日9時起こしてくれ」
「明日は自分で起きなさい! 隠し事してる罰ね!」
あっかんベーをした後軽やかに身をひるがえし自分の部屋に向かってしまう霞。
「あ、明日起きれるかな……」
残された俺は新たにできた心配事にただ呆然と立ち尽くしてしまう。
ただ部屋には不思議といつもより暖かい感じが溢れているように感じた。
次話は月曜投稿です