6話 真実3
大変、大変、さぁ大変……。
「まずはこの世界とは異なる世界について話そうか……」
「異なる世界……」
靄さんはいつの間にか逆立った髪が綺麗なストレートになっており、真剣なまなざしで俺を見てくる。
「そうだ。この世界とは別に世界は無数に広がっている。燈も聞いたことくらいはあるだろう、異世界と」
靄さんの口から飛び出したのはよく漫画やアニメに出てくる単語。
「それはパラレルワールドとかってことですか?……」
「いいや違う。異世界とはまず我々の住むこの世界とは異なる次元に存在している。魔法や剣を使ういわゆるファンタジーの世界だってあるし私たちより科学が発展した世界だってある。普通ならお互い干渉はできないはずのなのだが……」
「あの東京消失で何かが起きたんですね?」
100万人もの被害が出た天災。5年が経った今でも被災地である東京に入ることさえできない。
靄さんは無言でうなずくと机の上のコーヒーを一口口に含む。
「そうだ。まさにあの隕石の影響でこの世界と異世界との間、つまり何らかの次元に穴ができたらしい」
「らしい?」
「というのも我々がこのことを把握したのはつい最近のことなんだ。ノトスやそれに他の異世界の人たちからの情報を元に推測した」
「他のっていうとまさか異世界って1つだけじゃないんですか?」
「ああ。今判明してるだけでも3つの異世界が私たちの世界と繋がっている」
「3つの世界……もしかしてノトスも……」
俺は白髪の少女を見ると彼女は何も言わず目を閉じて静かにしている。
「……おい、ノトス。話の途中で寝るな」
「んあ!! ……ああ、すまない」
寝てたんかい!! 全然気がつかなかった!!
「ふぁ〜〜で……どこまで話したのじゃ?」
「君が異世界出身かどうかと燈が聞いている」
「ああ、なるほど。いかにも、わしはこの世界とは別の世界アルトリアと呼ばれている世界から来たのじゃ。そして……お前さんも元はアルトリア出身なのじゃよ」
ノトスは俺の方を見てそう言う。
エンゲージとかいうのをしてから薄々は分かっていたがやはり俺はこの世界の人間ではないらしい。
正直そのころの記憶は全くないので実感がわかない。
「燈、ノトスが言っていることは多分本当だろう。私はありとあらゆる手を尽くして調べたがこの世界に君が存在した痕跡は一切なかったんだ。君はあの災害以降に突然現れた、これは確実だ」
「……そう……ですか……」
目を閉じ、自分のことを整理する。
今まで何も知らず悶々と過ごしてきたがいざ分かるとなると頭がぐちゃぐちゃする。
「ノトス……」
「ん? なんじゃ?」
「そのアルトリアとかいう所で俺はどんな奴だった? 一体何をしていた?」
この話を聞いて最初に浮かんだ疑問……。
俺が前の世界で過ごしていた軌跡。俺はどんな奴だったのか……。
「そうだのぅ……。アルトリアはこの地球という所よりかなり酷いもんじゃ。魔物、盗賊、人殺し、奴隷制。ほとんどの人間が毎日命の限り精一杯の生活を送っておる。わしはそこで1000年もの間様々な者達を見てきた。その中で際立ってバカだったのが燈、お主じゃな」
どこか遠くを見るようなまなざしで俺を見て微笑むノトス。白く透き通った髪を耳にかける仕草はまだ幼い見た目に反して色っぽく思わずドキリと胸が高鳴る。
「お主と出会ったのは戦争中じゃった。人を一切殺さずに戦場を駆け回るお主を見て興味が湧いてな。なぜ殺さないと問いかけたら「世界を救いたい」とかなんとか言っておった。正直それを聞いて笑いが止まらんかった。わしはお主がその時代の勇者になのだと確信したよ……」
「その勇者っていうのは何?」
「アルトリアには時代ごとに世界を滅ぼすものというのが必ず現れる。それは魔王だったり自然災害だったりと様々な形でじゃ。それを止めるのが勇者に課せられた運命、星が世界が自らを守るためにその存在を作り出すシステムのことじゃ」
「それが俺だったってこと?」
「いかにも。出会った頃お主は世界を救うことに固執し過ぎていた。そういうシステムとはいえ哀れになるほどに。だが一緒に旅をする内にある女に出会いお主は変わった。よく笑うようになりとても幸せそうじゃった…………。だからこそわしらは……油断しておった。なかなか現れない敵、幸せな時間、油断するのも無理なかった。敵は前から着々と準備しておったのにわしらは気付くことができなかった……」
ノトスから語られたのは大まかながら過去の俺の話。俺が俺であった頃、そして多分これから語られるのが終わりの話。
部屋の空気が熱くなっているのかそれとも体温が上がってきたのか額から流れる汗が目に入る。
「7つの国が統一され世界は平和だったのは間違いなくお主のおかげじゃった。だが突然じゃった……奴らの攻撃は。最初に7つある国の1つが一夜にして滅ぼされた。それからはあっという間じゃった。わしたちはなすすべもなく蹂躙され、そして……わしらには何も言わずにお主は一人奴らに挑み死んだ……」
えっ? 俺死んじゃったの? それにしても早すぎじゃない……話終わるの……。
ここから結構憂鬱展開が来るかと思いきやあっけなく終わってしまった俺の過去話に衝撃を受ける。
「あのほんとにこれで終わり? てっきりもっとこう物語みたいな壮大な結末が待ってるかと思ってたんだけど……」
「いやそんなことはない。現実は物語より残酷じゃよ……。お主は一人で勝手に戦いに行きそして死んだ。お主はな……わしらに何も言わずに出て行きおったのじゃ。奴らの狙いがお主だと知っておった。そして自分が犠牲になることでアルトリアを救いおったのじゃよ……。わしは一人で行くお主を止めることができなかった……。昔からバカだったがいつの間にかわしにもバカがうつっていたとはのう……」
「でも俺はこうして生きてるよ。ノトスだって知っていたからこの世界に来たんでしょ?」
ノトスと初めて会った時……彼女は言った「やはり……この世界に……おったのか…………」と。その言葉は俺がこの地球にいると分かっていたからこその発言だろう。
「死んだお主を奴らは回収しどこかに連れて行った。それから数年が経過しアルトリアの復興が軌道に乗ってきたときお主との誓約が突然復活したのじゃ。わしはお主を探しそして……異なる世界の入り口を見つけた」
「えっと……つまり俺は異世界で死んだけどなんらかの理由で生き返って地球で過ごしてたってこと?」
「そういう可能性があるというだけだがな」
「でもどうしてロストインパクトに巻き込まれて生きてたの?」
「それはわからない。なんらかの力を使ったのか……あるいは……」
「あるいは?」
「いやこれ以上話すのは無駄だな。考えれば様々な可能性が出てきてしまうし真実は分からない」
たしかに俺が記憶を失ってしまったから真実はわからない。考えるだけ無駄か……
ていうかこの場合俺って異世界転生なのか転移なのかどっちなんだ……
異世界アルトリアで死んでから地球に来たけど転生と言うにはなんか違うし転移とも違うし……
まぁどちらでもいいか……
そう言えば肝心なこと忘れてた……
「質問なんだけど……さっきの倉庫の怪物って一体なんだったの?」
過去話ですっかり忘れていたがさっきまで怪物に襲われていたことを思い出す。
「それは私から説明しよう」
いつの間にかなくなっていたコーヒーのおかわりを靄さんが備え付けの台所で淹れてくれる。
コーヒーを受け取るとさっきの言葉の続きを促す。
「靄さんも何か知っているんですか?」
「ああ……」
神妙な顔で頷くと立ち上がり書類だらけの自分の机から黒いファイルを取り出す。
「本来ならば国家機密だが燈もすでにこちら側の人間だ。それにこれからは燈も知っておいた方がいいだろう。一応分かっておると思うが……誰にも言うなよ?」
無言でうなずき、早速靄さんから受け取ったファイルに目を通す。
そこに書かれていたのは…………
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「本当によかったのか?」
燈に色々説明した後遠ざかっていく燈を見ながら隣にいるノトスに問う。
「ん? なんのことじゃ?」
「なぜすべてを語らなかった? 私が聞いた話と大分違ったようだが」
ノトスが話した燈の過去。
大まかなことは同じだったがところどころ私が聞いていた話と違った。
「まぁそうじゃのう……。あのことは燈にはまだ教えるべきではなかろう……。それにあやつはまだ完全には記憶を取り戻してないのじゃ。しかるべき時が来たら教えるのが良いじゃろう……」
「…………そうか。お前がそれでいいなら。だがいつかは真実を伝えるべきだと私は思う」
「そんなこと誰よりもわしが分かっておる。それにあやつが目覚めたらわしに止められるか分からんし……」
「そんなにすごいのか彼女は?」
「ああ、あやつは…………やばい…………」
私は銀に輝く白髪の少女を見ながらこれからのことを……そして燈のことを考える。
次話は明日投稿です