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「あぁ申し遅れました。私は屋敷の管理を任された者です」

「執事さんですか?」

「えぇ。失礼いたしますが、お嬢様は、どちらからいらしたんでしょう?」

「わたくしはメアリベル・ルブランの孫、マールブランシュです。近郊の自宅から来て、先程こちらに着きました」

 続いてヘルベチカが、「手紙を送ったのに、迎えもありませんでしたね!」と咎めるようなことを言うと、青年は肩をすくめた。金色の髪が、背で一つに束ねられ、袖無しのベストの肩にかかっていた。

「申し訳ございません。引き継ぎが遅れたもので」

「引き継ぎ?」

「私は、アルバと申します。生前のルブラン様にかわいがっていただいておりました。ですが、屋敷すべてを任されるようになったのがごく最近なもので――言い訳に過ぎませんが、お許し下さい」

 青年の穏やかな青紫の瞳が、マリーを見つめた。

 従兄弟達や父も、こんなふうにマリーを見て、頭を撫でてかわいがってくれたものだ。

(悪い人ではなさそう……)

 人型に戻ったヘルベチカが、まだむくれているので、片手で制しながら、マリーは「こちらこそ、よく事情を確かめもしないでいきなり訪ねてきた形になって、ごめんなさい」と丁寧に挨拶を返した。

「丁寧にありがとうございます、お嬢様。屋敷のベランダにおりましたところ、こちらで、ここの者がご迷惑をおかけしている気配がしたもので――飛んで参りました。お怪我はありませんでしたか」

「突き飛ばされて、怪我をするところでしたよ!」

 ヘルベチカはなおも続けて言おうとしたが、勢い込んで咳をした。その隙に、マリーは、またさっきのように嫌がられるかもしれないと恐れる気持ちを、おさえながら言った。

「私がしつこく、庭を見せてくださいって言ったから、機嫌を損ねたんです」

「お嬢様は悪くありませんよ!」

「私、庭に入りたくて」

「……はぁ。そうでしたか。いやはや」

 青年執事は、困ったように頭をかいた。ラフな仕草に、ヘルベチカが文句を言いたそうにしたが、マリーの視線を受けて黙った。

「身分などのことが分からない、ということでも、無礼をいたしましたようで……彼は人間ではないので、どうかお許しください」

「人間じゃ、ない……?」

(ヘルベチカみたいに?)

 大昔の先祖の中に、魔力を持った獣がいたと言われるヘルベチカのような、特別な何かが、あの少年にもあるのだろうか。

 執事は、ふと起こった風に、目を細めた。

「彼はサクラソウ。花の精霊が実体化した者――と言えば聞こえはいいのですが。長年庭にいて、強い魔女の魔力を受けていたもので、意志が芽生えた……つまり、貴方のおばあさまの魔力の恩恵で、人間に化けて出歩けるようになった、花なんです」

「芽生え……」

 芽生える、という言葉で、マリーのイメージ上の植物が、にょきっと伸びた。

「にょきにょきと、芽生えたんですね! 意志が!」

「にょき……」

 擬音表現に違和感を覚えて執事が黙ると、マリーはぽんと手を打った。

「それでは、おばあさまの魔力で、ポットが踊り出す代わりに、お花が歌い踊るんですね?」

「いや、踊ったり歌ったりはしないと思いますが――」

 なにぶん気難しい者が多いもので。

 呟いてから、執事は気を取り直した。青紫を帯びた目を瞬き、眼鏡越しに薄く微笑む。

「まぁとにかく、とても美しい庭ですよ。私も、先代のルブラン様なき後は、門が閉ざされてしまったので、中を見ることができませんが」

 ひとけのない、薄暗いと思えた屋敷を、執事は振りあおいだ。

「ところでお嬢様。立ち話をさせてしまって失礼いたしました。よい茶葉もございますし、二階のベランダで、お茶でもいかがでしょう」

「はい! ありがとうございます」

 一も二もなく、マリーは頷いた。

 このまま屋敷にも庭にも入れないで帰る羽目になることを、覚悟しかけていたものだから、少しでも休めるのはありがたい。

 馬車に乗ってきたとはいえ、結構時間がかかってしまって、体は予想以上にくたびれてもいたのだ。

 勢いよく頷いたマリーに、執事はちょっと驚いてから、

「それでは、どうぞこちらへ」

 急いで屋敷に引き返したのだった。

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