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アカシック・アーカイブ  作者: 夙多史
全知の公文書編―Admission
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FILE-06 ガンドとセイズ

 めちゃくちゃになった入学式はその場で解散となり、これ以降のスケジュールは全て中止となった。

 恭弥たち新入生は学生寮に案内され、念のため外出は控えるように言い渡された。寮は完全個室であり、恭弥は学院入りしてから初めて土御門と離れることができた。


「さて……」


 自室のベッドに荷物を適当に放り投げると、恭弥は一通り部屋を検めて盗聴や盗撮の恐れがないかを確認した。そして魔術的にもそういうことができないようにプロテクトがかかっているとわかるや、窓際に近づいて向かいの棟の屋根を見上げる。


 そこに一羽のカラスがとまっていた。


(――ようやく一人になったわね)


 そのカラスと目が合った瞬間、頭の中に直接女性の声が響いてきた。

 幻聴ではない。恭弥も僅かに魔力を練り、共感魔術による念話で相手の脳に思考を飛ばす。


(予定よりは早い。あの幽崎って奴が入学式をめちゃくちゃにしてくれたおかげだな)

(彼には気をつけた方がいいわ。今調べているところだけれど、恐らくどこかの犯罪魔術結社の人間よ。恭弥、あなたは間違いなくマークされたはず)

(わかっている。下手なことした……いや、せざるを得なかった)


 幽崎はトチ狂ったように見せかけて、あの騒動の中でしっかり観察を行っていた。誰がなにをどう対処するのか見極めていた。

 最後に恭弥が天井を吹き飛ばさなかったら危なかったとはいえ、確実に一番目立つところに出てしまった自覚はある。阿藤の時もそうだが、反省点だ。


(……とりあえず、そっちに行くわ)


 そう言うと向かいの屋根にいたカラスが飛び立ち、恭弥の部屋の窓際へと降り立った。このカラスが念話の相手である。

 いや、正確に言えば『カラスの姿を借りた人間』だ。


(恭弥はもうそれでいいわ。他人に無関心なようでお人好しなんだから。こそこそ嗅ぎ回るより、人助けでもして周りの信頼を得られれば調査もしやすくなるかもね。『局』もその辺わかった上であなたに依頼したんだろうし)


 痛いところを突いてくる。感情制御で甘さは切り捨てられても、自分がどうにかできることで困っている人がいたらつい手を差し伸べてしまう癖は治らない。

 このカラスの姿をした幼馴染・・・は、そのことをよく理解している。


(エルナの方はなにかわかったのか? 俺よりずっと前に学院に潜入してたんだろ?)

(そうは言っても、私がセイズで表世界から持ち込まれる家畜に紛れて学院入りしたのは三日前よ?)


 セイズ魔術。

 恭弥が得意とするガンドと同じく北欧ではポピュラーな魔術の一つだ。ガンド魔術は脱魂術とも呼ばれ、〈ガンド撃ち〉以外にも幽体離脱をして自由に飛翔したり他人に憑依したり、肉体から離れた魂が精霊と合体することで動物や超常的な身体能力を持つ存在に変身することもできる。


 対してセイズ魔術は逆だ。自身の魂を飛ばすのではなく、他の魂を取り込み憑依させる降霊術である。嵐などの災害を呼び込んだり、降ろした霊によっては未来の出来事を予言することもできるらしい。そして目の前にいるカラスが証明している通り、ガンド魔術と同じ理屈で変身することも可能だ。


(……まあ、流石に三日程度で見つかるようなら秘密でも謎でもないか)

(おやおや、私を誰だと思っているのかしら? このセイズマスター――エルナ・ヴァナディースさんが直々に動いているのよ? ヒントくらい見つけてるわ)

(本当か?)


 確認の意味で聞き返すと、カラス――エルナ・ヴァナディースはコクリと頷いて念を飛ばす。


(この学院都市の地下に巨大なダンジョンがあり、『全知の公文書アカシック・アーカイブ』はその最奥に眠っている)

(ダンジョンだと?)

(まあ、まだ噂の範疇だけれどね。ダンジョンへの入り方も不明だし)


 だが、在処と思しき情報は手に入っているわけだ。そのダンジョンとやらが言葉通りなのかなにかの比喩なのかは知らないが、三日で得られる手がかりとしては充分過ぎる。


 ――『全知の公文書アカシック・アーカイブ』……それが見つかれば、俺の知りたいことも……。


 今思ったことは念として飛ばしていなかったが、エルナは心でも読んだかのように念話で溜息をついてきた。


(恭弥が仕事を抜きにしてもアレに執着しているのは知っているけれど、今は慌てず普通に学院生活を演じることね)


 恭弥が私情に暴走するようなことはあり得ないが、エルナは念のためとでもいうように釘を刺してきた。


(それに、あなたは一人でもいいから『同年代の友達』ってものを作った方がいいわよ。人として、年相応の『子供』として、ね)

(? エルナがいるじゃないか?)

(カラスに友情や恋慕を抱いてしまう可哀想な子にお姉ちゃん育てた覚えはないわよ?)

(俺もカラスに育てられた覚えはないな)


 お互い、脳内で少し笑う。 

 恭弥とエルナは幼い頃から同じ師の下で暮らしていた。エルナは恭弥の一つ上で、生まれた国は違えど実の姉弟のように育ったのだ。

 やがて恭弥はガンド、エルナはセイズの才能を開花させて極め、四年前――恭弥が十三歳の時に師の下を離れてそれぞれの道を歩んだ。

 時々こうして共に仕事をすることもあったのだが――

 それからというもの、恭弥はエルナの『人間としての姿』を見ていない……。


(話過ぎたわ。とにかく、今は『待ち』の期間よ。あの幽崎って奴も含めて、私たち以外に何人も曲者が入り込んでいるわ)


 その場でくるっと器用に回ったエルナは、ばさっと翼を大きく広げた。


(まずは彼らがどう動くのか見せてもらいましょう)


 ドヤ顔が脳裏に浮かびそうな口調でそれだけ言うと、彼女は黒翼をはばたかせて空高くへと飛び去った。


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