仕事帰りに。
「お先失礼しまーす」
結局、新規プロジェクトに配属されることになった。好きではない事を続けるのはモチベーションが持たないが、これも会社員の宿命と無理やり自分を納得させた。幸いなのは、スケジュールに余裕があるので残業になることがあまりないんだろうということだ。残業嫌いの自分にはちょうど良かったのかもしれない。
会社を出たら、とたんにお腹が空いてきた。曇ってきて、すこし肌寒い。四条通を横断し、大丸横のラーメン屋へ向かう。人気のあるお店で、並んでいることもある。どうやら今日は空いているようだ。
「っらっしゃぁっせぇ!」
「らっしゃいぁせぇ!」
元気の良い店員さんにカウンターの席を案内される。
「ご注文はおきまりですか?」
スキンヘッドかと思ったが、よく見るとベリーショートの髪を金髪に染めている。
「醤油ラーメンを。」
「ありぃがとうございぁす!」
店内にはラーメンのいい香りが漂っていて、より空腹が増してくる。あぁ、チャーハンもおいしそうだ。
「おまたせいたしぃゃあした、特性醤油ラーメンです。」
ベースは醤油で、こってり背脂系。メンマ、数枚のチャーシュー、刻みネギ。麺は普通の太さ。ズズッとスープを一口すする。五臓六腑に染み渡る。メンマをコリコリと齧ったら、いよいよ麺を。スープが程よく絡みついている。ズゾーっとすすると、口の中で麺とスープの旨味が混じる。情熱のタンゴの様に息がピッタリで熱い味だ。お次はチャーシューをひとつ。続いてネギと麺を絡めて頂く。ネギの香ばしさと濃厚なスープがシンフォニーオーケストラのように広がる。聴いたこと無いけど。空腹だったのもあってか、あっという間に全て平らげてしまっていた。
「ありがとぅございやぁした、またお越しくだしませぃ。」
時間を見ると、8時前。四条通まで出て、そのままジュンク堂へ向かう。今回のプロジェクトで使う言語の本がないかどうか、ブラブラと探してみようと思い立ったのだ。5分も歩かないうちにジュンク堂に到着し、そのまま4階へ。「Ruby」と書かれている本を探す。「Ruby」というと宝石の様な名前だが、プログラム言語の一種。日本の島根県松江市で開発され、最近人気のある言語だ。
適当に良さそうな本をパラパラとめくる。何冊かめくった後、特に良さそうなのが見つからなかったので、科学のコーナーへ向かう。「基礎からわかる素粒子」「宇宙とインフレーション」など、興味をそそられる本がズラリと並んでいる。いくつか物色した後、「エレガントな宇宙」という本を購入することにした。超弦理論というそれはもう良くわからないムズカシイ理論について、わかりやすく書いているらしい。以前から読みたいと思っていたのだが、値段の高さや分厚さから購入をためらっていたのだ。しかし、いつまでもためらっていては始まらない。思い切って購入することにした。
「山形さん!」
3階で文庫本をフラフラと見ていたら、唐突に声を掛けられた。一瞬、誰だかわからなかった。
「下原さん!こんなところで合うなんて。」
「ほんとに!偶然ですね!」
こげ茶色の、肩まで掛かる長い髪。毛先はゆるふわパーマで、前髪を上げて、おでこを出している。目はパチリと大きく、つけまつげはしていない。鼻は高く、グロスの掛かったさくらんぼ色の唇。薄いナチュラルメイクだ。形の良い黒のパンススーツを着ている。
「なんだかムズカシそうな本を買われるんですね。」
「いえいえ。前から欲しかったんです。下原さんは?」
「有頂天家族2という本を探しに来たんです。森見登美彦氏ってご存じですか?」
「あ、夜は短し歩けよ乙女の。知ってます。ユニークで面白い作家さんですよね。ペンギン・ハイウェイは絶品でした。」
「ご存知なんですね!私もペンギン・ハイウェイ大好きです。」
彼女は歯を見せて明るく笑った。立ちくらみしてしまいそうなほど、眩しい笑顔だ。
「この後何か予定って入ってます?」
もちろん予定は特にない。
「いえ、帰って寝るところでした」
「良かった!ご迷惑でなければ、夕涼みに行きませんか?ペンギン・ハイウェイのお話もしたいし。」
窓に目をやる。雨は降っていない。
「いいですね、ぜひ!」