始まりの始まり 8
すっかりラスバに降り、娘もその長子に嫁にやったカグラーヌバ・バラダだが、その態度の豹変は特に軍部に反ラスバ勢力の台頭を許すこととなった。
その中心に祭り上げられたのがガルシア・ゴンザレスだった。
貧農の息子に生まれ、軍の給仕班の下働きから頭角を現したその異形の将軍はカグラーヌバ家と対立関係にある南都軍閥および東海軍閥の支持を背景に央都で一大勢力を成すに至っていた。
「ゴンザレス将軍……」
ラスコーは息を呑む。何度か兼州離宮を訪ねたその肥満体型の将軍に対してはラスコーは恐怖しか感じなかった。
「まだ誰の差金かはわかりません。推測でものを言うのは……」
そう言ってみたもののラスコーはゴンザレス将軍が犯人だという確信が持っていた。
「あの給仕上がりがでかい顔をするのは間違いないでしょうな。なんとも不愉快極まりないですがね」
バラダの言葉に侍女達は啜り泣き始めた。
「私は……余は央都に入れるのでしょうか?即位には央都入城が必要だと思うのですが」
「今は動かないほうがいいでしょう。ラスバ帝が暗殺された場所からして兼州にも犯人、まあ十中八九ゴンザレスの息のかかったものがいるでしょうから。それこそ奴の思惑通りになってしまいます」
「思惑通りとは?」
思わずラスコーはバラダに訪ねていた。
「殿下の暗殺です。奴は完全に朝廷を手中に収めることを目指すでしょう。恐らくは殿下のお命を狙うこともあろうかと……」
「私の命まで……」
ラスコーは息を飲んだ。死に対する恐怖を今この瞬間生まれて初めて感じることになった。
「離宮にいらっしゃる限り奴の好きにはさせません。殿下こそがムジャンタ朝の正統であることは間違いないのですから」
「南都の背後には地球が、東海の後ろには胡州がついているはずですが……」
いつも祖母から聞かされていた国内事情をバラダに話しかけた。バラダは虚しく首を横に振った。
「他国に頼るのは感心しませんな。南都も東海もゴンザレスの機嫌を損ねることはしないでしょう。南都のオーギュスト・ブルゴーニュ。東海の花山院直永もどちらもゴンザレスを失脚させるような真似はしないでしょう。恐らくは今頃ゴンザレスの周りで自分達の頭を押さえつけていた重しが取れたと悦に入っていることでしょう」
「帝は重しですか」
バラダの言葉にラスコーはゆっくりと呟いた。
「そうです、立派な重しでした。これからはそれに抑えられていた災厄がこの国を覆うことでしょう……」
預言者めいたバラダにラスコーは静かに視線を落とした。