修羅達の目覚め 9
「しかし亡命は正解ですよ。勝ち目はない」
「そんな気弱な話をされるとは……」
「わかるんですよ。十年近く戦場を巡っているとどうしてもね。南都のオーギュスト・ブルゴーニュが央都側についたのが痛い」
そう言うと孝基は執務机にそっと近寄って机の上のペンを手にとった。そのままくるくると回しながら話を続ける。
「南都は地球と通じています。地球側としては遼州に大きな乱れがあるのは感心できない。外惑星がゲルパルトを中心として反地球の態度を取っている以上、地球よりの政権ができるのが理想だが、最悪でも安定した基盤に立った政権ができてくれるのが地球の意向ですな」
「ならラスコー殿下の下にそういう政権ができればいい」
バラダの言葉に孝基は再びくるりとペンを回す。
「正直今の勢力図では兼州側にはとりあえず生き残る程度の力しかありませんよ。あえて言えば西の東モスレムと鼎立して三国鼎立状況が作れれば御の字でしょう。だがそういう状況は、地球側……特にアメリカにとっては気に食わない状況になる」
「アメリカの意向にそう必要はない」
「だが力のバランスは南都の央都陣営参加で完全に崩れた。遠からず央都は兼州討伐に動く」
「そのために孝基殿はこちらに来たんじゃないのですか?」
バラダの問いに孝基は満足げにうなづいた。
「そうですな。私は負けに来たんです」
「負けに来た?」
理解できないというようなバラダの顔を嘲るように孝基は見つめた。そのまま手にしていたペンを置き、ゆっくりと呼吸を整える。
「殿下にお会いしたいのですが」
孝基の言葉にバラダは少しばかり気弱な笑みを浮かべながら机の端に置かれた鈴を鳴らした。すぐに女官が一人現れる。
「西園寺卿を殿下のところにお連れしろ」
「今の時間は古典派経済学のお時間ですが……」
「勉強よりも大切なことだ。お連れしろ」
困ったような女官の表情に孝基は苦笑いで応える。女官はそれを見るとようやく踏ん切りがついたというように歩き始めた。
「紅籐太殿の体験を話して差し上げてください。殿下にはそう言う経験がありませんから」
「そりゃあ十年も傭兵を続けてる人間はそういうませんよ」
それだけ言うと孝基は女官に連れられてバラダの執務室を後にした。