#3,5_傍観者達
2538年10月9日14時51分。
モニターに映る白髪の美少女の戦いは、見ているこっちがハラハラするものである。
ミカの入団試験が始まってから、11分が過ぎた。しかしミカは、現時点で未だ4体中1体しか倒せていない。しかも、たった今2体の特異種と同時に交戦している。
「圧倒的に不利だな。これは。」
大人でも苦戦するレベルだ。
「まあ、実技だけで騎士団に入れるって試験だからね。そりゃあそれ相応の難易度だよ。」
レイティアの言う通り、この試験の合格率は相当低い。正直、今のミカの成績はこれでもいい方だ。
むしろトップクラスと言ってもいい。
「...うん、いいね。あの子。身体もしなやかに動いてるし、鍛えれば槍の扱いも上手くなるだろう。」
レイティアは私の思っている事を全部言葉にしてくれる。
翻訳機みたいだな。
「アリスたん。」
この声は。この呼び方は。
...いや、気のせいだ。私は何も知らない。聞いていない。
「あっ...、完全無視...。...いや待てこれもわんちゃん有りだな...。」
無しだろ。
...いや、いやいや。私は何にも反応していない。私の後ろには何もいない。それは揺るがない事実だ。いいかアリス、お前にはあんな変態の知り合いはいない。
そんなことよりもミカを応援しなければならないのだ。
「行けっ!ミカそこだ!よしいいぞ!!押せ押せ!!!」
急に出た大声にレイティアが一瞬ビクッとなったのが見えたが気にしないでおこう。
「アリスたーん。」
「...姉さん、そろそろ何か言ってあげたら?」
確かに、このままずっと名前を呼ばれ続けるのは少しあれだ。
「......なんだサタン。」
「いや、なんかなぁ。あのミカっていう美味しそうな女の子から、なんだかとても相容れないものを感じてな。」
お前がこの世と相容れないものだからな。
「それサタンさんがこの世と相容れないからでしょ。」
ナイスレイティア。
「レイティア君アリスたん並みにキツいこと言うね。」
すると突然扉が開いた。
「おっす、来たぜ。新しい入団希望者だってなァ?」
扉を開けて入ってきたのは、身長190cmはある大男。
「ああ、ラディンか。フィーレは?」
ラディン・タラティザム。双子の姉フィーレと共に、騎士団の副団長を務める男だ。
無造作に伸びた癖のある髪。尖った顎に突き出た頬骨。キツく釣り上がった三白眼、高い鼻、逆三角形のゴツゴツの体躯というその外見は、まさにどこぞの国際指名手配犯である。
「あぁ、姉貴は何か用事が有るとか言って来れないらしい。」
「レイティアが呼んだのか?」
私の問いにレイティアが軽く頷く。
「そうだよ。立会人は多い方がいいでしょ?」
「んで、その時期ハズレの入団希望者ってのが...、コイツか。」
そういってラディンはモニター群を覗き込んだ。
「女か?...よく見えねぇな。やけにちっちゃくねぇか。」
「ああ、美味そうな幼女だろ?」
「幼女だァ!?てかいたのかサタンてめぇ。」
まあ、ラディンの反応は正しい。
恐らくミカは、私についで史上2番目に年齢の低い受検者だ。
「ふぅん...。既に1体倒していて、今は特異種2体相手に奮闘中ってか。ガキにしては良くやるじゃねぇか。動きも悪くねぇ。」
最初は驚きこそしたものの、やはりラディンも私達と見解は変わらない。
「もしアイツが受かったら俺の隊にもらっていいか?」
「残念だったな。生憎だがミカは私の弟子という位置を所望だ。」
「マジかよ...。...ってお前の弟子ってどういう扱いになるんだ?普通に一級騎士か?」
めでたく騎士団に入団が決定すると、試験結果と配属先によっては肩書きが変わることがある。
この実技試験で騎士団に入団した場合、基本試験合格者の2階級上の一級騎士からとなる。が、その例外もあるのだ。このラディンとその双子の姉、フィーレが一つのいい例で、その実力が認められ入団した直後に役職に付く事もある。
「それとも、アリス嬢と同じケースか?これは。」
その他にも、例外となる条件はぼちぼちあるが、ミカの入団後の階級として一番可能性が高いものが、『特別騎士』である。
「まあ、特別騎士が妥当だろうな。」
「俺と出逢う前のアリスたんの階級か。」
特別騎士とは、簡単に言えば名誉騎士の劣化版のようなもので、団内のどこの組織にも所属することがなく単独での活動が認められている階級だ。ただ、名誉騎士とは違い別段強い権限や権力は無く、どの階級より上で、どの階級より下かという区分もない。名誉騎士ほど重い責務も無いため、何よりも自由で、孤独な階級だろう。
まあ、ここ最近は数年前に私が『特別騎士』から『名誉騎士』になって以来特別騎士は出てきていない。
ミカが特別騎士になるとしたら、その理由は、私が数年前に特別騎士になったのと同じだろう。年と性別のおかげで、どの隊に入れるにも環境が良くないからだ。私は特別騎士時代、城直属の侍女騎士に育てられたが、ミカは恐らく私が育てることになるだろう。
「おしゃべりはそこら辺にしようか。ミカの試験、面白くなってきたよ。」
モニターの前の椅子に座り頬杖をつくレイティアは、まるでスポーツ観戦を楽しんでいるかのようだ。
「どんな感じよ。」
真っ先に食いつくラディン。
「ああ、第四が出てきた。」
「第四だと!?」
レイティアの予想外の発言に、思わず反応してしまった。
「正確には、第四になる寸前のベヒモス、だけどね。そろそろミカと接触する。」
「アリスたんも結構食いつくんだね。」
それもそうだ。何せイレギュラーなのだから。
「...なぁ団長。第四ってこの試験プログラミングされてたっけか?」
「いいや。恐らくはシステムの誤作動で、隔離されていた鹵獲エネミーが紛れ込んだんだろう。」
コイツ顔色を変えずにとんでもないこと言うな。
つまりミカは、今機械によって投影された偽物じゃなく、間違いなく実体をもった本物と戦っているわけだ。
「...レイティア、中止しなくていいのか?」
「姉さん、ここまで来たら彼女がどこまで行けるか見てみたくない?」
レイティアが、逆に私に問いかけてきた。その顔は愉悦の表情を浮かべている。
「...見たい。」
モニターの奥で吹き飛ばされるミカを横目に、つい本音が口走ってしまった。
ドSな弟と思考が同じというのは少し複雑な気持ちになるが、とてつもなく見たい。
「んじゃ決定だね。」
「つーか第四なんて、普通は大人の男でも1人で倒せるモンじゃねぇけどな。」
『ぅうっ...、ホントにっ、容赦、ないね...。この試験...。』
スピーカーから聞こえるミカの独り言がグサグサと胸に突き刺さる。
...許せミカ。容赦がないのは試験じゃなくて私の弟だ。
「フフフ...。」
口元を手で隠し、楽しそうに笑うレイティア。
悪魔か。
「...レイティア君はたまに、魔王と呼ばれた俺でさえも恐怖を感じる時があるよ...。」
「私も、レイティアの前世は吸血鬼だと思ってる。」
「ていうか鬼そのものだろ。団長は。」
今ここにフィーレがいれば、1人不気味に笑うレイティアを見て、フィーレの常に緩んでいる顔をさらに蕩けさせるのだろうが、生憎ここにはレイティアを不気味がる人間しかいない。
「ありがとう。最高の褒め言葉だよ。」
「...知り合いに、良い精神科医がいる。」
『ビーーーーッ』
突如鳴り響くブザー。
「残り5分切ったね。」
相変わらず、レイティアのテンションはそのままだ。
「...さっすがに、幼女にゃキツいんじゃねぇか?」
残り5分で第四深度ベヒモスを1体、か。
成人男性騎士5人のパーティで平均45分、と言えば、それがどれほどのものかわかり易いだろう。
ハッキリ言って不可能だ。多少強くても、幼い女の子には確実に倒せない。
「あっ...、分かった。」
「ん?どうしたサタン。」
「ん...、いや、断定はできないか...。」
顎に手を当てて、何かを考え始めるサタン。
「いや、さっきも言ったあの子から感じてたこの感覚なんだけど、今さっき大罪の力感じてさ。」
「大罪?それってお前と、フィーレのレヴィと同類のだろ?なにが相容れない感じなんだ。」
そう問いかけたが、サタンはうーんと唸ったまま返事をしなくなってしまった。
「どうしちまったんだ?サタンの奴。」
「わからん。コイツは常にどうかしてるからな。」
視線をモニターに戻す。
ミカは相変わらず笑顔だ。身体の至る所に傷が出来、正直もう詰みじゃないかとも思う。
が、ミカのその笑顔は、諦めるという選択肢を想像させない。むしろ希望に満ちているのだ。
「...逸材かもしれないな。」
『...力を貸して、アスモデウス...!!』
スピーカーから流れてきたミカの発言に、その場の全員が凍りつく。
ミカほど幼い女の子が従神を持っていること自体有り得ないのに、その従神があの、『大罪』とくれば、もう驚きを通り越してよく分からない感情が生まれてくる。
「...て、うわぁ...、よりによってアスモデウスかよ...。」
「...お前の勘が大当たりしたな。」
魔神アスモデウス。色欲を司る七つの大罪の一柱。
「...マジかよ。アイツなにモンだ...?」
「...ディーヌエント、だよ。彼女のミドルネーム。」
レイティアは、さらに楽しそうな笑みを浮かべる。
ディーヌエント。そうか。ミドルネームだった上に、フォースブルゲンを名乗るからあまり印象に残らなかった。
ミカは、ディーヌエントの末裔か。
「これは合格決定だね。」
ディーヌエントとは、20年戦争時代にその名を馳せたクルベルト傭兵団の一員だったと言われるニスリフの姓だ。
ニスリフ・ディーヌエント。当時は珍しい騎馬兵だったと言われている。2m半の長槍、自身の名と同じ銘をもつディーヌエントを得物とし、その圧倒的な突貫力で戦場を切り拓いた。
「ディーヌエント...、ってのがホントだとしたらあの槍はまさか...。」
「ああ、だろうね。400年前の彼の遺品、魔力器だろう。」
無機物には魔力子を留める能力はない。が、ごく稀に独自の魔力子を持つ無機物が生まれることがある。
そのなかでも、武器や鎧、生活用品などに魔力子が宿ったものを魔力器と呼ぶ。
魔力器は特定の能力を持つ場合が多い。それは、魔力器になる原因として受けた魔力子の影響が強いと言われ、それこそ魔力器ごとに様々な能力があるのだ。
「従神アスモデウスに、400年前の英雄の魔力器、か...。見る限り従神の力はある程度使えているようだな。」
「あんな子の従神になれるなんてアスモデウスのヤツ羨ましいぜ...。あっ、アリスたんもなかなかの温もりだから!!」
いいからそういうの。素直に嬉しくない。
「ん...、そろそろ決着が着くかな...?」
「槍が...。」
ミカの持つ槍が、強烈な光を放っている。ミカ自体が発する光よりもさらに強い光。
「画面が真っ白になっちまったじゃねぇか。」
ラディンがそう発言した直後だった。
スピーカーから溢れる轟音。
しかしスピーカーは一瞬で沈黙した。
同時に、ミカを映すモニターとその周辺位置のモニターが一斉に砂嵐に変わる。
「...な、なにが、起きた...?」
管理室が静寂に包まれる。
レイティアの問いに答えられる者はこの場にはいない。
ただ分かるのは、10数台のカメラとミカのマイクが壊れたという事だけだ。
『ビーーーーッ』
『20、分、が、経過しました。試験、を、終了します。』
感情の無い合成音声が、管理室の長く短い沈黙を破る。
2538年10月9日15時00分。
ミカーニャ・ディーヌエント・フォースブルゲンの試験における仮想エネミー討伐数、システムエラーにより集計不可。
これにより、ミカーニャ・ディーヌエント・フォースブルゲンの今後のシュタロット騎士団入団を、認める事となった。
こんにちは、永季節です。
今回は早めに更新することが出来て謎の達成感に浸っています。
てかそんな事より俺のマトイちゃんはまだ帰ってきません。早く会いたいです。次回のピース更新が待ち遠しい...。
今回は本文も短めなのであとがきも短めにしようと思います。それではまた今度。
ああ...、マトイちゃん...。