いつものコンビニ
2ch「小説家になろう」企画競作スレでのお題「所与の場面からの展開」からです。
登場人物:
主人公:童貞男。
女:髪型ツインテール。かわいい娘ぶりっ子な声質。
場面:
主人公、座って食事中。女が声をかけてくる。
女「隣、良いですか?」
主人公「え、ああ良いよ」
女「失礼します」
女、席に着く。主人公、女にかまわず食事を続ける。
虎太郎にとって星空を仰ぐいつものコンビニ前の空間はちょっとしたレストランだった。
正装も要らず、テーブルマナーも人としてのわきまえを持ち合わせていれば良い程度なレストラン。遍く広がる星たちが輝くから三ツ星レストランなんかに負けないぐらいだ。ただ、隣に素敵な娘がいればと一人身の虎太郎はカップ麺を啜る。
やることもなく、したいこともなく。誰かとつるむことを拒み、一人っきりでいることを好む虎太郎は大学に通っても適当に時間を過ごして家に帰るだけの日々を過ごしていた。ただ、そのルーティンワークの枠組みで生きているだけで冴えなくも、生産性のない毎日には飽きはこない。女っ気のない日常は虎太郎にとっては慣れたものであった。
そんな虎太郎はある夜、いつものコンビニで買ったカップ麺を外で食べることにした。
ある日のこと。家に持ち帰っても良かったけど何でもない日常に疑問を投げかける形で、未知なる扉を開けてみることにしたのだ。扉の先は輝いていた。カップ麺は外で食べると異様に美味いのが分かったのは何時の頃だろう、なにげなく美味しそうだったから、人の真似をしてみただけ。それが虎太郎には発見だった。
外で食べるために虎太郎はカップ麺の棚を物色していると、コンビニの中でふとすれ違った若い男女のカップルが棚の前に立ちはだかり、虎太郎の視界を遮っていた。申し訳なさそうにいつも食べ慣れているカップ麺を諦めて、ちょっとばし値の張る商品を仕方なしに選ぶ。恨むならあの二人だと、虎太郎は断りを入れてレジ横のジャーポットでお湯を注ぎ、若い男女のカップルを恨み節の横目で見送った。顔見知りの店員もいい具合に空気と貸してくれるのは虎太郎にとっては嬉しい。じわじわとカップが熱くなるのに比例して虎太郎の胸から沸き起こる嫉妬の炎も熱くなっていた。
お湯を注いでコンビニを出た虎太郎は店内の灯かりで照らされる駐車場脇のコンクリに体操座りで馬鹿正直に三分間待った。
美味い。
人は食べ物を口にしているときが、一番素敵な顔をするらしい。
孤独な虎太郎かて例外でなかった。さっきまでぐつぐつと煮えていた妬みの熱湯もいつの間にか人肌程度。機関車のように湯気を上げていたはらわたも落ち着きを取り戻し、代わりに食欲そそり、鼻腔くすぐるカップ麺が香りと共にカップから湯気を上げていたのだから。
湯気がメガネを曇らせる。レンズが汚れていると曇りやすいことは知っているけど、人に気を使うことを嫌う虎太郎はメガネをずり上げることで対処した。カレー味のカップ麺は体を芯から温めてくれるので、孤独で凍る心配は無い。人肌より、カップ麺。尻に伝わるコンクリの感触が冷たい。
「隣、良いですか?」
ふと、夜の底を歩く街に似合わぬ女性、というより少女と言った方が適切だろうという娘が現れた。
肩まで伸ばした髪をツインテールでまとめ、少々地味な娘が虎太郎に近寄り話しかけてきた。泣きほくろが印象的で、ほのかに文学少女の香り漂うかわい子ぶりな声で小柄な娘だった。
目撃者は遍く広がる星空。コンビニの客など二人に興味などない素振り。虎太郎は箸を休めて娘の顔を見上げた。断る理由もない虎太郎は曇ったメガネを拭いてぶっきらぼうに答えた。
「え、ああ良いよ」
「失礼します」
奇妙な絵面であった。
ともに地味で冴えない男女がコンビニの前で並んで座っている。
街の灯かりのはぐれ者か、はたまた家から逃げ出した甲斐性なしの穀潰し。真実でなくとも、そんな言葉の似合う二人であった。娘に構わず虎太郎のカップ麺を啜る音が悲哀を盛り上げる。
肩に掛けた灰色のトートバッグを掛け直した娘はごくりと唾を飲んで、カップ麺を啜り続ける虎太郎の方へ顔を向けた。
「あの。すいませんが……手の平、見せてくれませんか」
いきなりのお願いごと。ツインテールの娘は虎太郎の側で顔を赤くしていた。見知らぬ男相手に馴れ馴れしくもこんなお願いごとをしたことに、娘は頬を赤くしていたのだった。首を縦に振ることで虎太郎は一応の返事をした。
「わ、わ、わたし……占い師になる勉強してまして!こうやって人に話しかける練習してるんです!」
「は、はあ」
「占い師になりたくて!まだまだ勉強中です!だから!一緒に練習してください!」
人見知りの娘が占い師に?虎太郎は彼女を怪しんだ。確かに彼女からは人に助言するような、立派な風格もオーラもない。ましてやツインテールだ。アニメ声だ。少女の象徴と言ってもいい。
この先、彼女は名高い占い師になるか、はたまた夢破れてしまうのか、どう化けるかは誰にも分からないが、彼女の手助けと、異性への好奇心でカップ麺をコンクリに置いた虎太郎はそっと娘に右手を差し出した。駐車場に落ちる二人の影がはっきりすぎるぐらいに美しい。
虎太郎の手の平に触れた薄い娘の指が体温を奪う。初めて触れる女性の指、なぞる爪、虎太郎にとっては中学生的な妄想が具現化……いや、リアルを感じたことに鼓動が激しくなった。時折通り過ぎる車のライトが二人を照らし、ちらりとお互いに表情を見せ合うことさえ気まずい空気であった。
「あの。あの……お名前と年齢を教えて下さい。フルネームでお願いします」
「醍醐虎太郎。二十歳です」
「立派なお名前ですね!」
「あなたのお名前は?占い師目指してるのならば、なんか大層な名前を名乗っているんでしょうね?」
「さ、佐藤です!佐藤あずです!佐藤は普通の佐藤です!」
あずは虎太郎の手を離すと、トートバッグから取り出したノートに、聞き出したばかりの名前と年齢を書いた。背後からコンビニの照明に照らされて、そして分厚く膨れ上がったノートの角は丸く折れているのが際立っていた。そして、あずが捲るノートは鳥が羽ばたいているのかのような音を立てていた。
古びたノートに虎太郎は嫉妬していた。あれさえなければ、ずっとあずの手を触っていたはずなのに。太ももをぎゅうっと締めて、何かを必死に庇うように前屈みになった虎太郎の気持ちなど、あずにはもちろん通じていなかった。あずが平手でノートを力一杯閉じると半開きの口で虎太郎に懇願した。
「あっ……。もう一度手の平を見せて下さいっ」
体操座りで組んだ脚を閉じる手を離し、あずにもう一度見せる。ノートから占術の用語や図形が書かれているのがちらと見えた。ノートと手の平、交互に見返す娘が虎太郎には愛しく見えた。生きないに救いの手差し出す若き占い師も、孵化する前だからか、はたまたツインテールの髪型だからか、出来の悪い妹に成り下がって見えてしまう。占いの結果よりも、今この時間が続くことに虎太郎は重きを置いた。
もしかして、これが縁でお付き合いが始まるかも?そしてあわよくば恋人同士へとランクアップしちゃうかも?二人のきっかけは『占い』でした。初めての彼女はぼくの未来が見通せる子です。虎太郎の未来予測は無限大に広がる。ただ、それは履き違えた自由妄想だとも言えることは虎太郎の頭になかった。
「……醍醐さん」
「おれの運勢はどうですか」
「いいと思います!特に恋愛運が」
虎太郎の脳内で『もしかして、これが縁でお付き合いが始まるかも?そしてあわよくば恋人同士へと……』のフレーズがリフレインする。もちろん、占いなんぞ信じちゃいない。ただ、純粋にこの娘と縁があればいいのにと、一人でお祭り騒ぎをしているだけだった。
しかし、短い言葉を素早く畳み掛けるあずはこれ以上は語ろうとしなかった。小さな体の全力を出し切ったように。
占い師は悪い結果が見えても、相手を絶望のドン底に突き落とすような宣誓をしてはならない。
相手の手助けになるような言葉を掛けてナンボの世界だ。真実は真実、希望は希望。あずには虎太郎に伝えられるようなフォローが出来ずに、ただただ自分の見立てた結果を胸の奥に潜めているだけだった。
「他にはどうですか?」
「……普通です」
満天に広がる星たちが地上の人の運命を司るというのならば、あずの審判は果たして天に唾することなのか、はたまた新たなる神の創生なのか。誰にも答えは分からない。
虎太郎のカップ麺は冷え切っていた。
しばらくしたある日、虎太郎がいつものコンビニから買物袋をぶら下げてとぼとぼと買物を終えた。
いつものコンビニという名は伊達じゃない。顔見知りの店員もいい具合に空気になってくれる、言わば実家か、はたまたホームグランドか。
見覚えのある娘を見かけた。街に埋もれがちな印象の風貌に灰色のトートバッグ、そして泣きぼくろ。そこまでは似ていた、あの小柄な娘。
虎太郎の顔に娘は一度だけ振り返り、そのままコンビニの中に消えていった。人違いだったか。彼女はまるで虎太郎をやり過ごすように中で買物をしていた。これでいつもの生活に戻れたんだと、虎太郎は諦めを付けて、日常へのルーティンワークに戻ろうとしたとき、背後から聞き覚えのある声がした。
「醍醐さん。この間は……ありがとうございました」
「もしかして……佐藤さん?」
虎太郎の素っ頓狂な声にびくっとし、息を切らしコンビニの袋を持って立っていたのは佐藤あずだった。あの夜のときのように早口で、甘い声で、そして何かにせかされているような話し方でなく、落ち着いたオトナの口調だった。
わざわざ礼を言うために戻ってきたのか、虎太郎がじっとあずの姿を見ていると彼女は口を開いた。
「この間の……夜の件で、決心がつきました。わたし、占い師に向いてない」
「なんか、勿体無いですね。折角の夢を」
「人の一生に関わることですし、占いなんて分からないものですし。外れてるかもしれないから」
あずの言葉で虎太郎のコンビニ前のレストランの一夜の夢は全て夢となった。でも、これでいいんだとあずと同じように諦めをつけることが出来たのは幸せなのかもしれない。
「わたし、他のこと探してみます。大学出ただけだもん、何も掴んでないのも同然だし」
肩まで伸びた髪を切っていたあずの姿は初めて年上の女性に見えた。