第八話:野外活動同好会
歓迎パーティーには近衛隊のリファや、リゲルの友人であり学院の教官でもあるレグルスや、なぜか学院長のグライドまで呼ばれていた。
灯入は自分たち二人とリゲル家の家族や執事やメイドたちだけの内々のパーティーだと聞いていたが、予定が変わったようである。
パーティーではトリスティアの郷土料理と日本の料理がふるまわれたり、コハルが日本の歌を歌ったり、灯入も歌わされて散々笑われたりとなかなかの盛り上がりを見せた。
もちろん日本の料理はコハルが作ったものである。
歓迎パーティーも終わり、学院とリゲル家を往復する生活に灯入たちが慣れてきたころ、一年選抜クラスの片隅で良からぬことを画策している二人の少女がいた。
「そなた、異世界人と共に迷子になった娘を助けたそうではないか」
「姫様、なぜそのようなことをご存じで?」
「あれらは異世界人ゆえ、常に行動を監視させておる。わたしの所にも報告が上がっておる。どうであった?」
「どうであったと申されても…… トーイという男ですが、わたくしが見た限りでは凡庸であったとしか。噂のことを聞いてみてもはぐらかされましたから」
「噂とは?」
「トーイたち異世界人が、とても強いという噂ですわ。姫様は何かご存じで?」
「わたしは見た。あれらの編入試験であったが、レグルスたち試験官を圧倒しておった。これは箝口令が敷かれておるゆえ他言無用ぞ」
「あのレグルス教官を?」
「ああ、試合の開始からわずか数秒で決めおった。油断すれば見失うほどの動き、圧倒的であったわ。情けないが、恐怖すら覚えた」
「姫様がですか……」
「それにの、リゲルから聞いた話であるが、トーイの姉コハルはリゲルですら全く歯が立たぬらしい」
「あのリゲル近衛隊長が?」
「そうよ、リゲルの奴め己が家にあれらを住まわせておるのをいいことに、毎日手合せしておると申しおった。はがゆいことこの上ないわ」
「リゲル殿は姫様の剣術師範でしたわよね?」
「先日、そなたがトーイと会っていた日であるが、リゲルと久しぶりに手合せをしての、あやつに全盛時の動きが戻っておった。わたしも最近は強うなったと感じておったが、ただの自惚れであったわ」
「そのリゲル殿がかなわぬとは、コハルとやら、どれほどまでに」
「そこでの、わたしもあれらと手合せしたい。そなたはどうや?」
「強敵とまみえる。そのことに喜びこそすれ、否などありませんわ」
「そうよの、そうよのっ! さすがわたしの親友よ」
「親友だなんて、嬉しい限りですわ。それでどうやって二人と手合せしますの?」
フィーナ王女とティータによる話し合いという名の悪だくみはこの後も続けられた。
それから数日後、午後の授業を終え、更衣室を出てコハルを待っていた灯入とエリオのもとに二人の女生徒が現れた。
一人は見知った顔であるが、もう一人はかなり上品なお嬢様のようだ。
「トーイ殿、少しお時間を頂きたいのですがよろしくて?」
「いいですよ。もうすぐコハル姉が来るから少し待ってもらえますか」
「お邪魔なようだから僕は先に帰るよ」
「別にお邪魔ではありませんわ、エリオも同席して下さいませんか?」
「えっ、でも姫様にご無礼があっては」
「学院におるときはただの生徒ゆえ、気にせずともよい」
「灯入、エリオ、帰るよ」
「ああ、来た来た。コハル姉、こちらの方々が話があるって」
「ええ、いいわよ。あら、王女様と…… ティータさんでしたよね?」
「よう分かったの」
「有名ですから」
ここでの話も何だからということでティータと初めて会った裏庭のベンチへと移動した。
「――というわけで、そなたらに会員になってもらいとう思う」
フィーナ王女らの話によると野外活動同好会を立ち上げたので、それに会員として参加してほしいということであった。
同好会の活動内容は野外に出てキャンプやトレッキング、ハンターの真似事。
学内では野外活動技術の鍛練。
また、活動の目標としてハンター免許取得への挑戦が掲げられている。
とのことだった。
そもそも、この同好会はフィーナ王女とティータが、灯入たちと手合せをし、切磋琢磨するための口実として企画されたものである。
ただ、手合せや武技の訓練だけを望むのならば同好会など作る必要はないが、ティータが灯入に「お強いらしいですね」と聞いた時の反応や、既に毎朝リゲルと鍛練している事実を考えれば、そのような誘いには乗ってこないだろうという考えから、リゲルから聞いた灯入の「ハンターになりたい」という願望に沿った活動が出来てかつ、その他いろいろ楽しめそうな野外活動同好会を彼女らは立ち上げたわけである。
そのようなこともあり、活動内容を説明した際には「ハンター」という言葉を強調して灯入の興味を引くことに注力した。
結果、灯入は入会に了解の意を示した。
コハルは基本的に灯入と行動を共にするので問題なく了解した。
エリオは恐れ多くて辞退したさそうだったがコハル姉の「一緒にどうですか?」という一言で入会することを決意したようだ。
また、第一王立学院内で終業後に部活動または同好会活動を行うためには責任者として教員が顧問になる必要があった。
ただし、学院外のみで活動する場合はその限りではない。
フィーナ王女が顧問に選んだ教員はレグルスであった。
フィーナ王女は、レグルスが灯入へ雪辱する機会を待ちわびていることを察知していた。
しかし、レグルスが学院内で灯入と再戦する機会は得られないだろうというのがフィーナ王女の考えであった。
何故か? 学院の理事たちはレグルスら試験官が、編入試験の際に灯入たちに敗北したことをひた隠しにしている。
このことは編入試験に立ち会った者らへの箝口令から見て取れる。
王国一の武の名門である第一王立学院の、最も実力ある剣術教官が、たとえ不意打ちに近かったとはいえ、学生に敗北したなど沽券にかかわるゆゆしき問題である。
よって、生徒たちの眼前で灯入やコハルと学院の教官陣が模擬戦をすることは不可能なことである。
ならば、学院外の目立たないところでその機会を演出してやれば、絶対にレグルスは乗ってくるとフィーナ王女は考えた。
事実、レグルスはフィーナ王女の誘いに唯々諾々として了承したのだった。
さらに、同好会の設立には大きな問題があった。
王女であるフィーナが、護衛も付けずに学友と野外で行動する。
しかも、野宿やハンターの真似事までやるという。
王室の教育係を務める者はこれまでずいぶんと、フィーナ王女のやんちゃに振り回されてきた。
しかし、今回の件に関して言えば、もう手に負えませんと白旗を上げるしか、なかったのである。
結局、教育係を務める者は、王にこの事実を説明し、王自ら王女の行動に枷をかけるようにと進言した。
王もこれにはほとほと困り果て、フィーナ王女と有意義な時間を過ごしたが、結局、フィーナ王女に誓約書を書かせ、署名させることで彼女の我儘を聞き入れた。
誓約書の内容は、フィーナ王女が万が一野外活動で大けがや死亡した時に、すべての責任はフィーナ王女自身にあって誰もそのことで咎を受けない、ということであった。
後にこのことを王に聞かされたリゲルは、王の眼前であるにもかかわらず、両の目を手で覆って、「してやられた」という言葉をもらしてしまった。
王はこの事にたいそう笑い、諦めろといってリゲルを慰めた。
王も、リゲルも実のところフィーナ王女の身の安全を心配などしてはいない。
周りにはコハルというおそらく王国一の実力者や、リゲルと同等の腕を持つ灯入、リゲルのライバルでもあるレグルスなど、王国最強を誇る近衛隊に引けを取らない屈強な強者が揃っている。
しかも、フィーナ王女自身もリゲルに次ぐ実力の持ち主であるのだから。
そんなこんなで、同好会の活動は翌日から始まった。
部室棟として使われている古びた二階建ての建屋には、二〇ほどの小部屋があり、その一室に灯入たち同好会員は集まっていた。
野外活動同好会にあてがわれた一室に設置された黒板に、制服姿のティータがチョークを持って議題を書いている。
黒板には大きく、野外活動同好会の活動について、と書かれていた。
同好会の会長は当然ながら首謀者のフィーナ王女が務めている。
フィーナ王女があらかじめ印刷してきた紙には、同好会のイベント案や、学院内及び野外での活動内容案が示されている。
【野外活動同好会について】
一、活動指針
山野を活動の場とすることで自然に学び、己を鍛え、知己を得る。
二、活動内容
ハンター免許の取得。
戦闘術及び体術の訓練。
山野での生活術を習得。
三、イベントについて
山中や海辺、湖畔でのキャンプ。
登山。
海水浴。
今日はその案を基に会員全員で意見を出し合い、同好会の活動指針や催すイベント、活動内容を決めることになっている。
フィーナ王女の司会で話し合いは進められた。
基本的にはフィーナ王女の案で同好会活動を行うことになったが、イベントについては、やれ、闘技大会に出場するだの、観光旅行に行くだの、活動指針に関わりがないとしてコハルによって却下された。
特に闘技大会の話が出たときにはフィーナ王女とティータの目つきが変わっていたが、コハルに却下された時には残念そうな顔をしていた。
ちなみに、闘技大会に出場すると言い出したのはレグルス教官である。
自分もメンバーとして参加したかったらしい。
そんなこんなで野外活動同好会はここに発足した。