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魔法の国の魔法が使えない剣士  作者: 滋田英陽
第一章 ~第一王立学院初年度~
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第六話:二人の実力

 編入二日目の午後、グラウンド脇の戦闘訓練場には、レグルス教官を前に一一組~一四組の生徒たちが、白い訓練用のスーツを着用して整然と整列していた。


「えー、今日は対人戦闘技術についての実技であるが、昨日編入してきたトーイ君とコハル君の対人戦闘技術は、お前たちのレベルを遥かに上回っている。当学院の編入時席次規定によって二人の席次は今現在最下位なのだが、はっきり言ってお前たちと競わせる訳にはいかない。よって、彼ら二人には当面剣技の指導員的役割を担ってもらう。納得いかない者もいるだろうから、お前らには今から二人の模擬戦を見学してもらう」


 そういわれた灯入とコハルは生徒たちの前に呼び出された。


 用意されていた剣の中から武器を選ぶように言われたコハルは、刃長一二〇cm程度の両手剣を二本、灯入は、最も重そうな刃長一五〇cm程度の両手剣を手に取った。

 二人がこれから使う剣は鉄製だが、訓練用の剣なので当然刃引きされているものの、当たり所が悪ければ簡単に人が死ぬことになる。

 対人戦闘訓練に慣れていない一年年生は、手合いの時には木剣を使うのであるが、二人の模擬戦に木剣では耐えられないと考えたレグルスは、鉄製の剣を用意したのである。


 約一〇mの距離を置いて、二人が剣を構えて対峙したこところで、レグルスは見学している生徒たちに今から始まる模擬戦での灯入とコハルの動きを、しっかりと目で追うようにと告げて「始め」の合図を出した。


 先手を取ったのは灯入だった。

 自然体で、だらりと両腕を下げ、剣の切っ先を二本とも地面すれすれに置いたコハルに対して、灯入は猛然とコハルに近接し剣を振り下ろした。

 このとき、灯入の動きを目で追うことが出来たのは一度灯入と対戦したことのあるレグルスだけであった。

 コハルは、灯入の打ち込みを両の剣を交差させて受け止めていた。

 打ち込みを受け切ったコハルは、反撃に出ることをせず、灯入へさらなる打ち込みをするように目で促した。

 それを合図に灯入は一歩下がったかと思いきや、圧倒的剣速をもって連撃を開始した。

 コハルは灯入の連撃を、少しずつ後ずさりしながら左右の剣を器用に使って華麗に受け流していく。

 レグルスの目にはそう映っていた。

 しかし、見学していた生徒たちは灯入の打ち込みと、コハルの受け流しに目が追いつくことはなかった。

 ガキン、カシャリと、打ち込みの剣と受け流しの剣がぶつかり、剣速が落ちた時の映像を、コマ送りのように知覚するのが精一杯であった。


 どれほどの連撃を受け流しただろうか、灯入の動きに陰りを感じ始めたコハルは、今まで受け流していた灯入の剣を左の剣で今度は受け止めた。

 同時にコハルの右の剣が灯入の胴をなぎに行った。

 灯入は打ち込みを受け止められた衝撃を両腕で感じると、頭を下げながら低くしゃがみ込むようにコハルの横なぎを躱し、頭の上を通り過ぎる剣の音を頼りに後方へ飛び退いた。

 しかし、コハルは間を開けることを許さず、灯入に追随する。

 そしてとうとうコハルの反撃が始まった。

 コハルの両の手から放たれる変幻自在の斬撃を、灯入は動きを最小限にすることで受け止め続ける。

 斬撃が早すぎて受け流す余裕などない。

 コハルは少しずつ斬撃の速度を上げていく。

 そしてついに二人の動きがピタリと静止する。

 コハルの左からのかち上げを受け止めた灯入の首筋にはコハルの剣があてがわれていた。


 しばらくの静寂が訓練場を支配する。

 やがて、生徒たちからの爆発するような大歓声が訓練場に響き渡った。

 グラウンドをダルそうに走っている一般クラス上位組の生徒たちは、訓練場から聞こえてくる歓声に、何事かと首をひねっていた。


 灯入は生徒たちの歓声に驚きはしたが、それよりも今日の模擬戦で得られた感触に手ごたえを感じていた。

 いつもより軽い剣を使っての模擬戦だったが、明らかに今朝までとは違う新しい感覚を確かに感じた。

 思うように説明することは出来そうにもないが、この模擬戦で自分は確かに強くなった。

 そう感じさせるだけの手ごたえを得ることが出来たのが嬉しかった。


 コハルは、自分の両手を見つめて嬉しそうにしている灯入を見て、納得したような表情で灯入に話しかけた。


「何か掴んだようね」

「えっ、ああ、確かに感じることが出来たよ。うまく説明できないけど」


 二人の模擬戦を目の当たりにしたレグルスは、生徒たちの歓声に、模擬戦を行わせた自分の判断は正しかったと胸を撫でおろした。

 同時に戦慄も覚えた。

 二人の実力は、運動能力、スピード、腕力、剣技のセンスどれをとっても突き抜けていた。

 ただ、灯入については、疲れるにつれ経験不足を感じ取れたのが、レグルスにとっての収穫であっただろうか。

 まだ、自分にも雪辱のチャンスがあると。

 そう、レグルスは編入試験の時に灯入に負けたときに、自分の力を出し切れずに負けたことが悔しかった。

 全力を出し切って負けたのならば納得がいった。

 しかし実際は、全く何もせずに負けてしまった。

 だから今日は、二人の本当の実力が知りたかった。

 聞くところによると、リゲルの野郎は灯入たちと毎朝手合せしているそうである。

 しかも、灯入と互角の勝負どころか、かろうじてだが勝っているというではないか。

 リゲルにだけは負けたくない。

 学院の教師になって、安定した生活にずいぶんと腑抜けてしまったものだ。

 リゲルにはずいぶんと差をつけられたが、自分にもまだチャンスがある。


 生徒たちの歓声も収まり、ざわつき始めたことで、レグルスは自分が思考の海に深く潜っていたことに気が付いた。


「静かにするように!」


 レグルスの怒声で生徒たちはシンと静まり返る。

「灯入とコハルの実力はこれで分かったと思う。一三組と一四組の者は後ろに下がれ。残った一一組と一二組の者はそれぞれ相手を見つけてペアを作れ。ペアが出来たものから訓練を開始せよ」

 レグルスの命令に生徒たちが動き出した。

 両手持ちの木剣を構えるもの、盾に片手木剣を構えるもの、盾のみを装備して火の玉や氷の槍を浮かべるもの。


 生徒たちが戦い始めるとレグルスは灯入たちに「気が付いたことを助言してやってくれ」と頼んで、生徒たちが入り乱れる中へ入っていった。

 灯入とコハルも最初のうちは見ることに集中していたが、やがて生徒たちの中に混じって、コハルは淡々と気が付いたことを助言し、灯入は少しオドオドしながらも生徒たちに話しかけていた。


 灯入とコハルの戦闘能力が半端ないということは、本日の授業をもって一般下位クラスに浸透した。

 それ以外の生徒たちには噂としてすぐに拡散していったが、席次上位の生徒ほど信じる者は少なかったという。

 また、今回の件がきっかけとなったのであろう、学院内でのコハル人気は特に一般下位クラスの男達を中心に急上昇していくことになる。

 密かに灯入のことを慕う女子生徒も増えていくことになるのであるが。


 灯入とコハルが大活躍? した翌日から二日間は一〇日周期の休日となる。

 灯入は休日初日の朝食をとり終わると、一人で散策に出かけた。

 コハルは、リゲル家の炊事を手伝うらしい。

 どうやら、今夜は灯入とコハルの歓迎パーティーが開かれるとのことで、男どもは家を追い出されることになったようだ。

 男女の平等化が進んだトリスティア王国ではあるが、炊事洗濯は女の仕事という習慣は、現在、炊事は女の特権ということになっているらしい。


 灯入と同じく追い出された形となったリゲルは王城へと出向いた。

 灯入たちの戦いぶりを見て恐怖心を抱いたフィーナ王女が気になったからである。

 フィーナ王女は城の中庭にある鍛練場で、一人黙々と剣を振っていた。

 その表情は真剣そのもので、顎からは汗が滴っていた。

 リゲルに気づいたフィーナ王女は、つかつかとリゲルに歩み寄って。


「ちょうどよい、鍛練に付き合ってたもれ」


 と、さわやかな笑みを湛えた。

 リゲルは、その笑顔を見るともう心配は必要ないかな。と安心した。


「分かりました姫様。お体も温まっているご様子、存分にその剣をお振るいくだされ。私めの剣を取ってまいりますゆえ、しばしのお待ちを」

「はよう取ってまいれ。戦いとうて体がうずいておる」


 鍛練場で向かい合う訓練用の刃引いた長剣を用意したリゲルと、片手剣に小楯を装備したフィーナ王女。

 リゲルはフィーナ王女が幼少のころから剣術の指導を王より賜っていた。

 王女が忙しくなった最近は、剣の相手を務めることがめっきりと減っているが、それでも月に一度くらいは二人で剣を交えている。


 体が十分に温まった状態から手合わせを始めたからであろうが、フィーナ王女の動きは非常に機敏に満ちていた。

 打ち込みも鋭く、日々の鍛練において着実に上達していることがリゲルには窺うことができた。

 しかし、リゲルの目には王女の動きが何故か物足りなく映ってしまう。

 ここ最近、灯入とコハルと共に行っている早朝鍛練で、彼らの動きに慣れてしまっていることが、リゲルにそう思わせたのであろう。


 鍛練を終えて汗をぬぐった二人は中庭のベンチに腰かけ話ていた。


「リゲルや、そなた剣捌きの鋭さが増しておる様だが」

「姫様、流石でございます。ここ最近トーイとコハル殿に鍛練の相手をしてもらっておりますゆえ、鈍っていた体が引き締まってきております」

「そういえば、そやつらはそなたの家に保護されておったな」

然様(さよう)にござります姫様。一度王城に連れて参りましょうか?」

「かまわぬ。学院にて何時でも会えるゆえな」


 王城で汗を流したリゲルは、歓迎パーティーまでまだ時間が有るなと街に歩いていくのだった。

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