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魔法の国の魔法が使えない剣士  作者: 滋田英陽
第一章 ~第一王立学院初年度~
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第五話:編入試験が終わって

 第一王立学院の編入試験会場では、試験官に僅か二秒で勝利した二人の受験生を、学院の関係者とリゲルたちが囲んでいる。

 既にフィーナ王女は二人の合格を確信し、王城に帰っていた。


「見事だったぞ」


 リゲルのその言葉をきっかけに、学院関係者たちから拍手が巻き起こる。

 人に褒められることにあまり慣れていない灯入は、頭をかきながらしきりに照れていた。

 コハルはそんな灯入を見て微笑む。


「それにしても情けないなぁ、学院の剣技教官様は」


 リゲルが灯入に負けた試験官に嬉しそうな顔で嫌味を言った。

 試験官は顔を紅潮させてワナワナと怒りに震えている。


「おい、リゲル。貴様俺を侮辱(ぶじょく)する気か!」

「まあまあ、そう怒るなレグルス。毛が抜けるぞ」


 リゲルはレグルスの怒り様がよほど面白かったのか、今一番レグルスが気にしていることを口にしてしまった。


「何だと貴様、お前だって最近下腹のあたりがずいぶんとご立派になってきたそうじゃないか」

「ふふん」と言ってリゲルは自分の腹のあたりをさすってみせる。

「な、何だと…… 貴様いったい、何をやった? なぜ出ていない?」

「ここ最近、毎朝そこのトーイたちと手合せしているからな」


 いつのまにか方向性が変わってきたリゲルとレグルスの言い争いに、あわあわとオロオロしていた灯入は、キョトンとした表情で?マークをいくつか頭の上に浮かべている。


「もうその辺にしておきなさい。トーイ君が困っておるではないか」


 宣教師が着るような黒い服を身に纏い、頭頂部が禿げ上がった白髪にガイゼル髭の老人が、言い争っている二人を(いさ)めた。


「グライド先生、ご壮健(そうけん)そうで何よりです」

「うむ、久方ぶりよのう。リゲルや、ずいぶんと出世したそうではないか」

「はい、先生のおかげをもちまして――」


 グライドは現在第一王立学院の学院長なのであるが、リゲルがまだ学院生だったころの恩師であった。

 リゲルとレグルスは第一王立学院の同期生であり、悪友であった。

 もう一人メンバーがいたのだが、当時彼らは学院の三バカと呼ばれた存在で、良きにつけ悪しきにつけ行動を共にし、グライドに迷惑をかけていた。


「トーイ君、コハル君。こちらへ来なさい」


 呼ばれた二人は手にしていた木剣を審判に渡してグライドの前に行った。


「合格じゃ。第一王立学院は君たちを歓迎する」


 突然の合格発言に慌てたのは編入試験を統括している学院の理事の一人だった。


「学院長、まだ審議は終わっておりません」

「ええい、やかましいわ。午前の試験と午後の体力測定の結果はもう聞いておる。学に関しては平凡であったが、体力と剣技に関しては文句のつけようがない」

「し、しかし……」

「しかしも何も、無いわッ」


 ともあれ、無事合格を果たした灯入とコハルは胸を撫でおろした。


 翌日は学生証や教科書、制服の受け渡しと、学院についての説明が行われた。

 授業は午前と午後に分かれていて、午前に学問、午後が実技の授業とのことである。


 トリスティアでの時刻については、正午を〇時として二〇時で一周する。

 トリスティアの一日は地球時間で二六時間であるから、トリスティアの一時間は地球時間で一.三時間(約七八分)である。

 午前の授業はトリスティア時間で一八時から二〇時の二時間、〇時から一時が昼食時間で、午後の授業が一時から四時までである。

 四時以降はサークル活動をするなり、帰宅するなり自由らしいが、六時までで生徒は全員学院から締め出される。


 また、生徒会や自治会のようなものは無く、教師の権限が絶対であり、生徒の自主性に任せきった活動はさせてもらえない。

 これは、第一王立学院の設立理由が、卒業生を王国軍に入隊させることであり、王国軍での命令系統を維持するために必要な措置であるらしい。


 クラスは各学年選抜クラス三〇名、準選抜クラス六〇名、一般クラス約三〇〇名と別れており、一年次の入学試験で上位三〇名が選抜クラスに、三一位から六〇位が準選抜クラスに、それ以下が一般クラスに振り分けられる。

 また、半年に一回の入れ替え試験で席次の見直しが行われる。

 ただし、一般クラスから選抜クラスへといったような二段階のクラス上昇は行われない。

 逆に、選抜クラスから一般クラスへ転落することはあり得る。


 灯入たちは編入生であるから、席次は一般クラスの最下位からのスタートとなるらしい。

 一年次の入れ替え試験はもう終わっているので、灯入たちが選抜クラスへ上がるためには、最短で二年次の入れ替え試験後になるとのことである。

 これは、クラスにあまり拘りのない灯入にとって、わりとどうでもいい情報であると、このときは思えた。


 なお、選抜クラスで卒業した者は、王国軍への入隊を希望すれば、入隊試験が免除され、幹部候補として入隊する特権が与えられる。

 準選抜クラスで卒業した者は入隊試験の成績によって幹部候補か兵卒、不合格に振り分けられ、一般クラスで卒業した者は合格すれば兵卒となる。 


 学院からの帰り道、王城の正門を過ぎたあたりで灯入は愚痴をこぼしていた。


「いやぁ、それにしても長い説明だったね」

「お疲れ様、灯入。でも、これでやっと落ち着けるわね」

「ところでさぁ、このままリゲルさん()に厄介になるとしても、せめて生活費くらいは何とかしたいよなぁ」

「私たちは保護されている身なのだから贅沢は言えないけど、リゲル殿の所から学院を卒業するまでは離れられないし、奨学金でも申請しようか?」

「奨学金? そんなの有ったんだ。申請しよう。すぐ申請しよう」

「あわてない。奨学金は準選抜クラス以上じゃないと貰えないよ」

「ということは、次の入れ替え試験までは無理なのか。次の入れ替え試験っていつだっけ?」

「こっちの時間で三か月後よ」


 トリスティアの暦は月暦ではないのだが便宜上「三か月」とコハルは表現している。


 トリスティアの一年は一〇か月であり、今日が六月の二五日で、次の入れ替え戦が一〇月の二一日~三〇日までである。

 ちなみに、選抜クラスまで上がれば奨学金は返却免除になる。


「席次なんてどうでもよかったけど、入れ替え戦頑張るか」

「ええ、何としても次の次の入れ替え戦で、選抜クラスに上がりましょう」


 翌日からはいよいよ第一王立学院へ通う生活が始まった。

 灯入たちの席次は最下位なので一年一四組での学生生活が始まった。

 コハルが席次三九一、灯入が席次三九二である。ちなみに席次一位は選抜クラス(一年一組)のフィーナ王女である。


 学院ではHRが無く、十八時の始業と同時に授業が始まるが、編入してきた灯入たちのために、授業開始前にクラスメイトに紹介された。

 灯入たちが異世界人であり、魔力を持っていないことはあらかじめ生徒たちへ伝えられていた。

 また、灯入たちは魔力が無いにもかかわらず、編入試験において優秀な成績をおさめて合格したことも合わせて伝えられていた。

 これは、昨日から流れ出した、灯入たちが異世界人というだけで特別に贔屓されて、入学できたのではないかという噂に配慮したためである。

 さらに、魔力が無いのに優秀な成績で試験に合格したということを伝えることで、不心得者が、灯入たちにちょっかいを出す機会を減らすための布石でもあった。


「今日から通うことになった灯入・入船です。よろしくお願いします」

「灯入の姉のコハル・入船です」


 二人の挨拶が終わると、教師は「クラスメイトの名前はおいおい覚えていきなさい」といって授業を始めてしまった。


 午前の授業が終わると、灯入たちに興味を抱いていたクラスメイト達が集まってきていた。

 特にコハルの周りには、スケベ心丸出しの野郎どもが集まっていたが、コハルは野郎たちのアタックを、悪印象を与えないように注意しながら、ことごとくいなして、クールな笑みを浮かべていた。

 女子の生徒は用心深いらしく、遠巻きに灯入たちを眺めるだけであったが、幾人かは話しかけたそうな興味津々といった顔をしていた。

 そんな感じで灯入がコハルを眺めていると、コハルへのアタックに失敗した軽くウェーブのかかった白髪の男子生徒が灯入に話しかけてきた。


「僕はエリオというんだけど君たち学院のことあまり知らないでしょ? よかったらお喋りしながら食事でもどうだい?」


 灯入がコハルを見て「どうだ」と問いかけると、コハルは頷いて了解の意を示した。


「いいよエリオ。飯食いに行こう。それと、さっき、自己紹介したけど、俺は灯入、こっちはコハル姉」

「案内よろしくね。エリオ君」


 少し顔を赤らめながら小さく「よっしゃぁ!」と叫んだエリオは「僕にお任せくださいコハルさん」と喜んでいた。

 先手を打たれて先を越された周りの野郎たちは悔しがりながらも「覚えてろよエリオ」などとつぶやきながら教室を出て行った。

 エリオに案内されて食堂で昼食をとった灯入とコハルは、庭の木陰にあるベンチで、エリオにこの学院でのローカルルールなどを教わっていた。

 エリオによると、上位クラスには自分の席次に、変なプライドを持っているいけ好かない奴が何人かいるらしく、面倒事を起こしたくないならば上位クラスの生徒にはなるべく目線を合わせるなということであった。

 上位クラスの見分け方は、制服のブレザーの肩にある紺色の線の本数で分かるらしく、三本が選抜クラス、二本が準選抜クラス、一本が一般クラスの上位四組~六組らしい、七組以下の生徒の制服にこの線は入っていない。

 また、上位クラスの生徒が下位クラスの生徒へ使う蔑称が「無印(むじるし)」というらしい。

 そんなことを話していると一人の少女が、灯入たちの座っているベンチの前まで歩いてきた。

 白いブレザーの肩には三本の紺線が入っている。


「あら、先客がいましたの。この場所はわたくしのお気に入りでしたのに」


 嫌味がましく、その少女はそうとだけ言って明るい水色のさらりとした長髪を翻して優雅に去って行った。


「今のがそうなのか?」

「違う。彼女はティータといって選抜クラスの生徒だけど、ただプライドが高くて、少し我儘なだけだ。性格は真直ぐで曲がったことは好まないし、人の影口をたたくようなこともしない。ただ、思ったことはすぐに口に出すのでよくトラブルに巻き込まれる」

「やけに詳しいな?」

「ああ、彼女は幼馴染なんだ。小さいころよく一緒に遊んでいた」

「なるほど。で、エリオはティータのことが好きなわけ?」


 エリオは「ぶふっ」と噴出した。


「違う違う、ただ仲が良かっただけだよ。僕には他に思い人がいる」

「それは、コハルのことか?」

「それも違う。確かにコハルさんとは仲良くなりたいけど、って、本人の前でいうと恥ずかしいな。僕の思い人は去年病気で死んだんだ。今はまだ心の整理がついていない」

「悪いこと聞いちゃったな。ごめん、謝るよ」

「いいって、いいって。気にすることないよ」


 そんな事を話しているうちに昼休みは終わって午後の実技の時間になった。

 今日の実技は持久走で、生徒に最も不人気な授業であった。

 内容は一時から三時までただひたすらグラウンドのトラックをぐるぐると走っただけであった。

 こうして灯入とコハルの学院生活一日目は過ぎていった。

 編入初日でクラスメイトにも灯入にも、まだ緊張感があったことが理由かもしれないが、自分達が異世界人であることを、ほとんど気にする様子も見せずに灯入が受け入れられたことにコハルは安心した。

 

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