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魔法の国の魔法が使えない剣士  作者: 滋田英陽
第一章 ~第一王立学院初年度~
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第四話:編入試験

 灯入が第一王立学院編入試験対策で猛勉強を始めたため、日課であった早朝トレーニングは、試験終了まで八日間だけではあるが中止となった。

 ちなみに、この八日間は裏庭で一人さびしく鍛錬するリゲルの姿が見られた。

 イリスも灯入が構ってくれないので、あまり機嫌がよくなかった。

 最初のうちは弟のシリルと遊んでいたが、飽きるとすぐに灯入の横に来て、解りもしないコハルの講義を聞いていた。

 視線はつねに灯入の方に固定されていたが。


 そんなこんなで八日間は過ぎていった。

 そしてついに、試験当日が訪れた。

 高級住宅街にある、どこの貴族の豪邸だと言わんばかりの、リゲルの家を出て試験会場へ向かうには、王城をぐるりと取り囲む石畳の道を半周と少し歩くことになる。

 その道すがら、コハルは灯入が集中し、また、緊張していることを察知して、できるだけ話しかけないように気を使っていた。

 灯入はというとコハルに習ったことを、必死になって頭の中で復習していた。

 人に聞こえないような小声で、ぶつぶつと何かを言いながら歩く灯入を傍から見れば、きっと、お近づきになりたいと思う人はいないだろう。

 第一王立学院正門に到着した灯入は、王城よりは低いが、五mはあろう石積みの高い壁に囲まれた内側に、正門から続く石畳の大きな道を挟んで両側に見える、巨大な西洋の宮殿のような校舎と、正面に見える城のような講堂に圧倒されていた。

 正門から見て道の右側に見えるのが武の名門第一王立学院、左が知の名門第二王立学院である。

 ちなみに、第二王立学院の入学条件に魔力の高低はほとんど関係ない。

 が、灯入はあまり賢い方ではない、もとい、学問に熱心ではないので、最初から第二王立学院の受験は考えていなかった。

 

 午前の筆記試験について、コハルは問題ないとして、灯入の場合だが、試験科目は数学、文学、歴史、教養であったが、歴史と教養については避難船時代の刷り込みが功を奏し、手ごたえを感じた。

 数学と文学に関しては刷り込みの効果はほとんどなく、八日間の猛勉強の成果が少しだけ出た印象であった。


 午前の試験を終えた灯入は、今日一番の緊張した時間が終わって。


「くぅー、終わったぁー」


 と、伸びをして、さっぱりした表情をしていた。

 コハルとともに昼食をとった灯入は、午後の体力測定と戦闘実技試験に関しては自信があったので、食堂でゆっくりと食後のお茶を楽しんでいる。

 そこへ、今日の試験が気になっていたリゲルが様子を見に来た。


「灯入、午前の試験はどうだった?」

「ああ、リゲルさんこんにちは。数学と文学は難しかったけど歴史と教養はばっちりです」

「おお、そうか、それはよかった。午後も気を抜くなよ」


 リゲルは灯入にだけ気を引き締めるように声をかけた。

 コハルに対しては、全く心配する要素が見当たらないので、視線を合わせて頷いて見せるだけにとどめた。

 コハルも分かっていると頷きだけで返した。

 実は、リゲルは今日の午後から年休をわざわざ取ってここに来ていた。

 灯入たちが午後の実技試験で、王国の魔術士と対戦することが楽しみだからだ。

 魔術士を相手にどう戦うのか、果たして勝てるのか。

 戦いに勝利することが試験に合格するための条件ではない。

 どれだけ戦えるか、伸びしろがあるのかを見ることが試験の採点内容である。

 しかし、リゲルとしては灯入たちが魔術士を倒すところを見たいという願望もあった。

 灯入たちの剣術の腕に関しては、身を持って理解しているので心配はしていない。

 むしろ、剣術の試験相手はリゲルにとって旧知の仲であるので、灯入たちと対戦した時にきっと腰を抜かして驚くぞと、その時の醜態を見ることを少しばかり期待していた。


「あとは体力測定と戦闘実技か」


 灯入はそういうとコハルとともに、午後の試験会場である校舎の裏手にあるグラウンドへと足を向けた。


 体力測定が始まると、試験官たちは時間がたつにつれて、目を見開き顎を落としていくこととなった。

 灯入の記録はその全てが過去の最高記録を大幅に更新していたのだから。

 コハルに至っては全力すら出していなかった。

 コハルにとって最も歓迎すべきでない結果は、自分だけが合格して灯入が不合格となること、または、その逆である。

 よって、コハルは自分の記録が灯入よりも僅かに劣るか、同じになるように調整していた。

 このことは筆記の試験についても同じ事であった。

 コハルによって灯入の学力は手に取るように把握されていたのである。


 少しの休憩を置いて最後の戦闘実技試験が始まった。

 休憩の間に、今から行われる実技試験で受験者が怪我をしても、学院及び試験官は受験者が死亡した時以外責任取らない。

 と明記された誓約書に灯入たちはサインした。

 これは、これから始まる試験が本当に危険であることを、受験者に意識させることと、理由は後述するが、仮に受験者である灯入たちが大けがをしてしまった場合の学院側の保険でもある。

 通常の入学試験であれば、このような措置が取られることはない。

 トリスティア人は強かれ弱かれ魔力を持っている。

 また、魔術に対する防御力も兼ね備えていて、試験官たちはどの程度加減すればけが人が出ないか知っている。

 ところが、灯入たちは魔力がゼロである。

 試験官にも加減の程度が分からないのだ。

 そんなこともあり、試験官には学院内で最も実力のある人物が選ばれた。

 もし、今日の編入試験で貴重な異世界人である灯入たちに、怪我でも負わせてしまったら、王宮やら政府から何を言われるか分からない。

 そんなときのために学院には、保険としての誓約書が必要なのだ。

 

 そんなこんなで、試験は二対二の実戦形式で行われる。

 試験官側が魔術教師一名、剣術教師一名。

 灯入とコハルは連携しても、それぞれ単独で戦ってもよい。

 事前の説明によれば、合格ラインはある程度試験官側の攻撃に対処できること。

 一撃二撃で打ち負かされない限りOKらしい。

 

 灯入とコハルは近衛隊に保護されたときの服を着ていて、それぞれ、両手持ちの長い木剣を構えて、四〇〇mトラックが優に入るであろう広さの、グラウンド中央付近に二〇mほど離れて二人の試験官と相対している。

 どうやら、灯入の相手が剣術教師で、コハルの相手が魔術教師のようだ。

 薄桃色のふわっとしたショートヘアーが特徴的な魔術教師は手に何も持たず、ベージュのスラックスに、白のブラウスの上から紺色の丈の短いマントを羽織って、手の平を上にして右手を横に突き出している。

 赤髪の短髪剣術教師はグレーのスラックスに白のワイシャツ、紺色のブレザーという剣士というよりはどこぞの営業マンみたいな服装で、灯入たちと同じ両手持ちの長い木剣を構えている。


 グラウンドの片隅にはリゲルが幾人かの人とともに陣取っている。


「いよいよ始まりますぞ」


 グラウンドの片隅では白い隊服姿のリゲルが、同じく白系のブレザーに赤紺系チェック柄のタイと、同柄のひざ上ミニスカートという、二〇〇〇年代日本の女子高生用のような、学院の女子用制服を身に纏った、豪奢な感じがする、セミロングの金髪縦ロールがよく似合う第二王女に耳打ちしていた。


「あれが、トーイとコハルか。あまり強そうには見えぬな」

「よく見ておいてくだされ姫様。一瞬で決まりますぞ」


 灯入とコハルは互いに頷いた後剣を構えたまま審判の方をみて、準備ができたと目で合図した。

 審判は灯入たちが試験官に視線を戻したことを確認してから「始め」と宣言した。

 その瞬間、灯入とコハルは沈み込むように腰を落としたかと思うと、爆発的な加速を伴った踏込で間合いを詰めた。

 油断なく灯入と相対していた剣術教師であったが、沈み込んだ灯入の腰が、伸びたと認識した時にはすでに眼前に迫られており、振り上げられていた灯入の長剣が振り下ろされる刹那に、長剣をかろうじて合わせることができたが、衝撃までは受け流すことが出来ずに、教師の長剣は爆砕してしまった。

 教師の長剣を爆砕した灯入は、そのまま振り下ろした剣の切っ先を、教師の顔前で停止させて自身も踏みとどまった。

 もし、剣術教師が灯入のスピードについて、あらかじめ知っていれば、こうもあっけなく勝敗が決することは無かったであろう。

 しかし、彼は知らなかった。

 油断は決してなかったが、灯入のスピードが彼の常識を遥かに上回っていた。

 これらのことが、これほど圧倒的な決着の、決め手になったのである。


 一方コハルに相対していた魔術教師は「始め」の合図とともに、突き出していた右手に火球を出現させようとしたが、火球が出現し終わる以前に、コハルによって間合いを詰められ、のど元に長剣の切っ先を突き付けられていた。

 コハルのスピードを知っていればの話になるが、魔術士がコハルに勝とうと思うならば、見えない位置から強力な魔術で不意打ちをするか、もっと遠距離からさらに強力な魔術を行使する必要があると考えるだろう。

 実際はそのような方法を使ってもコハルに魔術士が勝つことは出来ないのであるが。


 試合の結果は、双方ともに一瞬の出来事であった。

 審判の「始め」の合図から僅か二秒に満たない決着に、編入試験を視察していた関係者たちは、リゲルを除いて皆あっけにとられていた。


 やがて、勝負の結末を呆然と見届けた審判が、数秒の間を開けて灯入たちの勝利を宣言した。


「リゲルや、わたしは今見たものが信じられぬ、あやつらは本当に人間か? 本当に魔力をもっておらぬのか?」

「姫様、彼らは異世界人にございます。魔力を持っていないことはリファが確認しております」

「わたしは怖い。あやつらが怖い。口惜しいが、震えが止まらぬ。されど、戦こうてみたい」

「それは姫様が強きお方にあらせられるからでざいます。だれしも、強者を眼前にしますれば恐怖いたしまする。ですが、その強者に対して戦いたき欲求が芽生え得るも、また、強者のみにござりまする」


 リゲルは偽らざる自分の気持ちを語ったフィーナ王女に対して礼をもって返答した。






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