第三話:編入へ向けて
魔力ゼロ。リファの報告を聞いたリゲルは、驚愕と共に納得もしていた。
まず、トリスティア人は少なからず魔力を持っている。魔力とは魔素を操る力のことである。
それは光や炎の発現のようないわゆる魔法であったり、身体強化や神経強化だったりする。
それが全くないということは、灯入たち二人が異世界人であることを裏付ける証拠にもなる。
リファの魔力検知能力は王国でも指折りである。そのリファがいうのだから、二人の魔力がゼロだということは間違いない。
魔力ゼロというだけで驚きなのだが、魔力がないということは、身体強化も使えないはずである。
つまり二人は素の身体能力だけで、あの重い刀を使いこなしているということになるのだ。
リゲルはこれらの事実に驚いてはいたが、リファの報告には、もっと重要な事実が隠されていたことに、このときはまだ気づいていなかった。
灯入とコハルがリゲルたち近衛隊に保護されてから十日が過ぎた。
その間灯入たち二人は聴取を受けていたのだが、他国の諜報員と疑うもの、刀の製法について執ように聞いてきるもの、コハルの愛らしさにKOされるもの、とにかくこの十日間は灯入の神経をすり減らした。
コハルにとっては退屈な時間のようであったが……。
脅されたり、痛めつけられたりといった身体的苦痛はなかったのだが、異世界人が珍しいのだろう、次から次へと登場する、ありとあらゆる専門家の質問に答え続けるのは、灯入にとって聴取という名の拷問であった。
リゲルやリファのフォローがあったから何とか耐えることができたが、もうこんなことは勘弁してくれ、というのが灯入の抱いた正直な思いだった。
まあ、たしかに、灯入にとってはつらい聴取ではあったが、灯入たちのというよりは、ほとんどコハルの的確な返答とリゲルたち近衛隊に信用されたことを持って、灯入とコハルの申し出は受け入れられた。
なお、コハルの刀については、調査を担当している王立工業会が返却を渋っており、今しばらく預からせてほしいということであった。
なんにせよ、トリスティアでの生活が保障されたことに、灯入とコハルは安堵するのであった。
ちなみに、灯入たちの保護責任者にはリゲル自ら立候補し、これが承認され、したがって、これから当面のあいだ二人はリゲルの住居に居候することになった。
聴取から開放された灯入とコハルは、隊長室で今後の身の振り方ついて、リゲルに相談していた。
「できればハンターとか剣士とか剣術を使った仕事がしたいです」
とは灯入の言だが、これに対してリゲルは困りながらも何か嬉しそうな表情を器用にも作っていた。
のであるが、あることに気づいて表情を戻した。
「まず、ハンターについてだが、剣術だけではやっていけないぞ?」
「ええ、それは解かっているつもりです。でも、初めは誰でもそうなんじゃないんですか?」
「まあ、ハンターになるにはどこかの学校に行って免許を取る必要があるのだが……」
灯入の返答にリゲルは考え込むように沈黙した。
「じゃあ、剣士になるにはどうすればいいんですか?」
「剣士という職業は無い。まあ、剣を使うハンター以外の職業といえば…… 我々近衛隊か王国軍に入るしかないな。これはどちらも最低三年、専門の学校に行って試験に合格しなければならん」
「では、その専門の学校には入れないんですか?」
「その、だなぁ、なんだ、言い難いのだが、まあ何というか。うーむ……」
「どうしたんですか?」
考え込んでしまったリゲルに灯入は返答をうながす。
「第一王立学院に入れればハンターにも軍人にもなれる。だが、学院の入学には試験があってだな、魔力が一定値以上ないと試験すら受けられんのだ」
この、リゲルの言に灯入は、それはもう、ひとしきり落ち込んだ。
そんな灯入を見かねたコハルは、懇願するような瞳でリゲルの顔を見た。
「何とかなりませんか、リゲル殿。私自身はどんな仕事でもかまわないのですが、灯入には好きなことをさせてあげたいのです」
「コハル姉、どんな仕事でもかまわないなんて言っちゃだめだ。一緒に学校に行こう。リゲルさん聞いてくれ、俺はコハル姉と剣を使った仕事がしたい。なんなら俺のこの刀をあげてもいい。だから俺たちを第一王立学院に通わせてくれ」
シスコン感丸出しの灯入の言であるが、言った本人は自分がシスコンだとは思っていない。
灯入がコハルと一緒に居たがるのは、ただ、寂しいだけなのだ。
まあ、世間一般ではそれをシスコンというのだが、灯入とコハルの関係は仮初の姉弟である。
それでも、灯入としてはコハルと恋人関係になっても構わない、と思っていることも事実だが、コハルはそうは思っていない。
コハルにとって、灯入はあくまでも「守る」対象なのだ。
話を戻そう。
このとき灯入は、とっさに自分の刀をあげてもいいと言ってしまったが、すぐさま後悔した。
灯入のカタナはコハルに与えられて間もないものだが、コハルにもらったものを、簡単に手放そうとした自分のいい加減さに腹が立った。
さらに、おそらく生粋の武人であるリゲルを前にして、この発言はまずいと思った。
実際、このことはすぐに咎められることになる。
二人に懇願されたリゲルは、はたと困った。
そして考えた。
灯入とコハルの実力は魔力の有無に関わらず、王立学院入学に問題あるまい。
しかし、王立学院はしきたりを重んずる傾向が非常に強い。
ありていに言えば保守的である。
ここは、あの方に頼ってみるか。
「トーイ、それからコハルも聞いてくれ。魔力のないお前達だが、実力を持っていることは十分承知している。第一王立学院への編入試験を、簡単に受けられるようになるとは考えにくいが、お前達が異世界人であり、魔法のない世界から来たことを最大限考慮して、情に訴えれば試験だけは受けさせてもらえるかもしれん。だが、あまり期待はするなよ。それから、トーイ、剣士になりたいのなら、自分の武具をあげてもいい、などと簡単に言うな。それに、そのカタナはお前にしか使えん」
灯入とコハルがリゲルの住居に居候をはじめてから数日がたった。
二人はリゲルの家族に暖かく受け入れられた。
特にコハルは持ち前の知識と技術を発揮して、家事に料理にと活躍していた。
灯入はというと、リゲルの息子シリル(地球年齢で八歳)と娘イリス(同一〇歳)に懐かれていた。
特にイリスは「トーイさまトーイさま」と灯入にぞっこんである。
トリスティアでは女性が家族以外の男性を様付けで呼ぶことは、好意を示したことになるので、イリスの遊び相手をしているときにリゲルが来ると、灯入は毎回冷や汗をかくこととなった。
ちなみに、リゲル(地球年齢で三八歳)の妻アリス(同二九歳)は「あらあら、イリスは積極的ね」と上機嫌である。
リゲル家での灯入の生活は、朝食前の組み手からはじまる。
相手はもちろんコハルだが、二人のトレーニングを見ていたリゲルも、初日から組み手に参戦してきた。
リゲルが特に驚いたのは二人のスピードと、見たこともない技の数々であった。
トリスティアにおいて、武技でならしたリゲルであったが、素手による組み手においては、コハルに対して全く歯が立たなかったのだ。
灯入に対しては、初めのうち負けていたが、慣れてくると良い勝負を行うようになっていた。
トリスティアでは魔術と剣技に重きが置かれ、素手による格闘術はあまり発達していないのがその理由なのであるが。
組み手のあとは剣を使っての対戦なのだが、剣技に関してはリゲルに一日の長があったようである。
ただし、灯入が相手の場合に限られたが。コハルとの対戦において、結局リゲルは剣技でも圧倒されてしまった。もちろん魔力による身体強化は最初から使用していた。
これは素手による組み手で、最初は身体強化無しで挑んで全く相手にされなかったことによっている。それでもコハルには圧倒されたのである。
これにはリゲルも参ったようで、初日は落ち込んでいたが、翌日からは灯入と先を争うようにコハルに対戦を申し込んでいた。
なお、王立工業会に預けてあったコハルの刀はリゲル家での生活が始まって三日後に返却された。
のであるが、コハルが二刀を持ってリゲルと対戦することは無かった。
朝食の後は王都を観光したり、シリルやイリスの遊び相手をするのが灯入の日課となっていた。
そんな感じでリゲル家での生活を楽しんでいた夕食前のひと時、居間の豪華なソファに座って、今日もイリスは灯入とおしゃべりをしていた。
「トーイさま、トーイさまはハンターにおなりになるの?」
「うーん、そうだなー。ハンターにはなりたいけどその前に学校に行かなきゃならないんだ」
そこにリゲルが帰宅してくる。
「ただいま、またイリスはトーイとおしゃべりか」
「おかえりなさいませお父さま。イリスはいまトーイさまと大切なお話をしているのです」
灯入は冷や汗が止まらない。
リゲルは青筋を立てて灯入を睨んでいる。
「お、お帰りなさい。リゲルさん。ところで編入試験の話はどうなりましたか?」
灯入は咄嗟に話題を振って、この修羅場から逃げ出そうと試みた。
リゲルは納得いかないといった感じだったが、灯入たちの学院編入試験について進展があったことを灯入に告げた。
リゲルの話によると、灯入たちに興味をもった王国の第二王女フィーナ・ソル・トリスティアが、王立学院の理事達が魔力を持たない灯入たちの、編入試験実施を渋っていることについて聞きおよび、彼らを王城に呼びつけて一喝したらしい。
実際には、王女フィーナは第一王立学院一年選抜クラスの一員でもあり、近衛隊長であるリゲルから、灯入たちが王立学院に入りたがっていることを、既に聞き及んでいた。
また、灯入たちが異世界人で、魔力を持たないにもかかわらず、リゲルが驚愕するほどの武力を持つ可能性があることもフィーナには報告されていた。
フィーナ自体リゲルに勝るとも劣らない武力の持ち主であり、性格も、王族の姫としてほめられることではないが、リゲルの同属つまり戦闘バカであることは、関係者ならば皆の知るところであった。
つまり、リゲルはフィーナのその性格を利用して王立学院の理事達に特例を認めさせ、灯入たちが編入試験を受けられるように誘導したのである。
方法の是非はこの際置いておくとしても、灯入にとっては朗報である。
「ということで、編入試験を受けられることになった。本来は魔力値の低いものが、第一王立学院に入学することはできない。しかしこのことは、ここトリスティアにおいて魔力値の低いものに、今まで武力に優れたものが、ごく少数しか現れなかったことによっているので、お前達のがんばり次第では、今後魔力値の低いものへの門戸が開かれることを意味する。よって心してかかるように」
リゲルの話しを聞いた灯入は、しばらく放心したように黙っていたが「ありがとうございます」と、一言だけ言ってリゲルに深く頭を下げた。
いつのまにか居間に来ていたエプロン姿のコハルも黙って頭を下げていた。
夕食をいただきながら灯入とコハルは編入試験の詳細をリゲルに聞いていた。
試験は八日後、午前に学力試験、午後に体力測定と実技があるらしい。
本来の試験ならば、魔力測定も行われるのだが、今回に限っては行われない。
魔力を持たないものに魔力測定など意味がないから当然なのだが。
話しを聞いた翌日からは、試験に向けての勉強が始まった。
リゲルが用意してくれた、過去数年の入学試験問題を解いてみた灯入とコハルであったが、灯入の数学と文学の成績が芳しくなかったからだ。
教師はすべての教科でほとんど満点をとったコハルがおこなったのだが、あまりのスパルタぶりに少し引きぎみのリゲルなのであった。