第十二話:壊滅
コハルから刀を受け取った灯入は、息も尽かさぬ勢いで長剣の銀髪男に迫る。
男は慌てるそぶりも見せず、逆に楽しみはこれからだと言わんばかりに口元を吊り上げると、先ほどまでは手を抜いていたのかと思うほどの連撃を、迫って来た灯入に浴びせていった。
しかし、灯入も負けてはいない。
刀を手にしてからは男の連撃を無理なく流し続け、そしてついに反撃に出る。
怒涛の重い連撃を男に浴びせると、ついには男の剣を弾き上げ、一旦後ろへ飛び退った。
「ほう、変わった剣だがいやに重いな。それに早い。それがお前の実力か?」
「まだまだこんなもんじゃないさ。それに、お前の動きはもう見切ったよ。次で終いさ」
「言ってくれるな。だが、お楽しみはこれからだ」
この時、灯入のかち上げによる衝撃で男の剣を持つ手はしびれていた。
連撃が一旦止んだ事を好機と見て、話し掛けることで男は間をおいたのだ。
灯入にとって、男が多少息を整えようとどうということはない。
敵に対する怒りと次で決めるという決意を言葉に出して気合を入れなおしたのだ。
刀を正眼に構えなおし、上段に振り上げると渾身の力とスピードで男に近接し、振り下ろす。
灯入のあまりに早い近接と振り下ろしに、後ずさりながらも咄嗟に剣で受け止めようとした男だったが、振るわれた刀は男の剣を中ほどから真っ二つに切り落とす。
灯入は刀を振り下ろしたそのままの勢いで目を見開いて固まった男の顎を蹴りぬいた。
男は天を仰ぐように白目をむいて崩れ落ちたのだった。
「灯入、よくやった。これで密売組織は壊滅だ。そこで震えている豚を含めて縛り上げろ」
ここにたどり着くまでの幾つかの部屋や通路にいた組織の人間を、速攻による奇襲で無効化してきたリゲルや近衛隊員たち突入部隊が灯入の元までたどり着いた。
リゲルの号令によって、近衛隊員が密売組織の幹部と思われる男達を縛り上げていく。
そして、灯入とリゲルを追ってきた者たちもまた姿を見せた。
「灯入、それにリゲルや、そなたらだけで事を起こすなど許さんぞ。とは言ったものの既に終わった後か」
「姫様の言うとおりです」
「そうだぞリゲル。軍人の俺に声を掛けんとはどういうことだ」
フィーナ王女とティータ、レグルスにカノープが灯入たちに声を掛ける。
リゲルは手で顔を覆ってやれやれと嘆いている。
やはり来てしまったかと。
城の連中では姫様を止めきれなかったのかと。
その時であった。
戦いを終え、ひざに両手をついて息を整えていた灯入に向かって、半ばから切断された剣がくるくると回りながら飛んできていることにコハルが気づいた。
顎を蹴りぬかれ崩れ落ちたと思った銀髪の男が、持っていた剣を当為に向かって投げていたのだ。
「灯入!」
コハルの叫びに顔を上げるより早く、飛んできた剣は灯入のわき腹、防弾ベストの直下を切り裂いた。
血しぶきが舞い、切られたわき腹を押さえて崩れ落ちる灯入。
みるみる内に血が溢れ出す。
「トーイさまー!」
ティータがすぐに灯入に駆け寄ると、血が滲むわき腹に両手をかざして回復魔術を掛けだした。
しかし、灯入に魔術は効かない。
青白い光が包む灯入のわき腹からは止めどなく血が滲み出してくる。
「トーイさま、トーイさま、しっかりなさって」
ティータは魔術が効かないことに気付きながらも、ポロポロと大粒の涙を溢れさせながら魔術による治療を続けている。
そこへ、腰に括りつけたポーチから一本の針と糸を取り出したコハルが駆け寄った。
「灯入、しっかりしなさい。大丈夫、傷口を塞いであげるから」
「トーイさまに魔術が効きませんの。わたくし、わたくし」
ティータは回復魔術を掛けながらもコハルに切羽詰った泣き顔を見せる。
「灯入に魔術は効かない。今から切れた血管を縫う。ティータは灯入の手を握ってあげてください。痛がって暴れるかもしれないから両手で強くしっかりと」
コハルはそう言うと灯入の防弾ベストとシャツを捲くり上げ、切れたわき腹の傷口を広げて血を噴出している切れた血管を縫合していった。
ティータに両手を握られ励まされている灯入は、麻酔もなしに傷を縫われ、腹部に走る激痛を必死に堪えている。
素早く正確な動きで血管とわき腹の縫合を終えたコハルは、自分のシャツを脱ぎ、それを切り裂いて包帯代わりに灯入の腹に巻きつけていく。
「ティータさん、灯入の傷口に火炎の魔術を打ってもらえますか」
コハルの言葉に、今まで灯入の手を握り締めて、励まし続けていたティータは驚愕の表情を見せる。
驚いたのはティータだけではない。
取り囲むようにコハルの処置を見守っていた仲間達も、皆コハルの言ったことが理解できないでいた。
「灯入と私に魔術は効きません。素通りします。でも、ばい菌などの雑菌には効きます。ティータさん、貴方の魔術で灯入の傷口に付いた雑菌を殺菌してください」
コハルの説明でようやくその意味を理解したティータは、灯入のわき腹に向かって恐る恐るではあるが、火炎の魔術をぶつけた。
ティータの手から放たれた火炎は灯入のわき腹をすり抜けると何もなかったかのように霧散する。
「もっと強く、長い時間火炎を放射できない?」
コハルのアドバイスに力強く頷いたティータの瞳に、もう涙はない。
ティータは大きな火炎を今度は放たずに、灯入のわき腹に重ねて維持している。
すると、先ほどまで痛みに耐えて顔をしかめていた灯入の表情が和らいだ。
「ティータありがとう、だいぶ楽になったよ。疲れただろ、もう休んで」
「ううん、わたくしのことなんていいの」
灯入はティータの顔を見上げてそう言うと、安心したような表情で意識を手放した。
安らかに寝息を立てる灯入に安堵の表情を浮かべたティータは、リゲルとカノープによって取り押さえられ、縛り上げられた銀髪男につかつかと歩み寄ると、その顔に思い切り平手打ちを放つ。
「貴方みたいな卑怯な方をわたくしは許しません」
ティータはそう言うと灯入のもとに歩み寄り膝を付くと、優しい顔つきで乱れた灯入の髪を手ですくようになでている。
複雑な表情でその様子を見ていたカノープの肩に手をやったリゲルは、顔を左右に振って彼をなだめた。
「諦めろ、彼女にはもうトーイしか見えていない」
灯入の治療が続けられていたころ、捕らえられ縛り上げられた麻薬密売組織の者達は、近衛隊員たちによって大部屋に集められていた。
その数は幹部も含めて四〇名を超えていた。
ある者は足を折られ、ある者は顔がはれ上がり、ある者は気を失って倒れている。
リゲルになだめられたカノープは、本来の仕事に戻り、捕らえた密売組織の顔ぶれを確認していく。
すると、その中に見慣れた顔を見つけて驚愕した。
「キーノック大将、あんたが密売組織の幹部だったとはな。どおりで大物の足取りが掴めなかった訳だ」
キーノックはカノープの顔を確認すると、たるんだ顎の肉をぶるぶると震わせている。
その顔は血の気が引いて青ざめていた。
大仕事を終えたリゲルとコハル、駆けつけたフィーナ王女一向はカノープと近衛隊を密売組織の本拠地に残して帰路へと就いた。
灯入はコハルが背負っていこうとしたが、どうしてもこれだけは俺にやらせてくれと言い張ったリゲルが背負ったのだった。
こうして灯入とコハルの作戦第二段階は幕を閉じたのである。
灯入が負傷してしまうといった大きな代償を払うことになってしまったが、残る第三段階については、インセクターとカノープ率いる王国軍が、全てを片付けてくれることになっているので、作戦における灯入の役割はこれで終了ということになる。
油断で負傷したとはいえ囮として進んで敵に捕らえられ、その中枢を殆ど一人で叩きのめした灯入の功績は、後に大きく称えられることになるのであった。




