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魔法の国の魔法が使えない剣士  作者: 滋田英陽
第一章 ~第一王立学院初年度~
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第二話:魔力

 王城へ向かって伸びる大通りには色彩豊かな髪色の人があふれ、時折通る車が迷惑そうにトロトロと移動している。

 大通りの両脇には商店や、高くても四階建て程度のビルが立ち並んでいた。

 そんな人ごみの中、反りを持つ漆黒の鞘が特徴的な細身の刀剣を、たすき掛けに二本背負った薄い蒼銀髪の少女と、その後ろには大ぶりな、同じく反りを持つ漆黒の鞘が特徴的な刀剣を背負った、黒髪の少年が後を追うように歩いている。


「コハル姉、もう少しゆっくり歩こうよ」

「ゆっくり歩くと灯入は周りの人や商店に目移りばかりするでしょ」

「そ、そんなことないさ」


 灯入は少し気まずそうに答えた。


「わかったわ、そんな顔しない」


 しょうがないといった表情で振り向いたコハルの言葉に、灯入はニッと笑って安心したような顔をした。

 しばらく歩いて城門が見え始めたころには、大通りを歩く人影もまばらになっていった。

 城門には二人の衛士が槍を立てて直立不動の姿勢をとっている。

 城門の前まで歩いた二人は、立ち止まることなく大通りから別れ、高さ十mはあろう城壁を取り囲むように伸びた道を右に曲がっていった。


 しばらく城壁沿いの道を歩いた二人は、城壁に食い込んだような建物の中に入っていく。

 建物の中に入った二人の眼前には木目調の受付カウンターがあり、奥にはデスクワーク中の白い隊服を着た人が何人か見える。

 受付カウンターには青い長髪の若い女性が同じく白い隊服を着て座っていて、入ってきた灯入たちを見ていた。

 コハルはつかつかとカウンターの女性に近づくと、緊張した表情を作り(・ ・)話しかけた。


「私たち二人は貴国外から身元の保護を求めて参ったものです。対応をお願いできませんか?」


 カウンターの女性は驚いた顔をしたが、すぐに表情を取り繕い「少々お待ちください」といってカウンターを立ち、奥の扉の中に入っていった。

 灯入はコハルの横まで来ると小声で話しかけた。


「大丈夫かな」

「大丈夫よ。いざとなった私が灯入を守って逃げるから」


 コハルの自信に満ちた笑顔を見た灯入は、避難船の中でのトレーニングを思い出していた。

 剣術にしても格闘術にしても灯入はコハルに全く歯が立たなかったのである。

 森の中で猪もどきを仕留めた時も、全く危なげなく仕留めていた。

 灯入もかつて地球で生活していた頃よりは、格段に強くなった自信はある。

 だがその灯入をもってしても、コハルの強さは圧倒的であった。

 その事実が灯入を安心させた。


 しばらくすると女性が入っていった扉の奥から、背の高い中年で武ばった厳つい顔をした黒い短髪の男が現れ、カウンターに歩いてきた。

 灯入も身長は一七八cmと低くはないのだが、その男は灯入よりも頭一つ以上背が高い。


「亡命したいそうだがどこから来た」


 男の問いにコハルはひどく怯えた顔を作って(・ ・ ・)答える。


「あ、あのっ、気が付いたら二人で森の中に居たんです。私たちは日本という国に住んでいました」


 男は片方の眉をつりあげ、いぶかしむような表情で聞き返す。


「訳のわからないことをいう。ニホン? そんな国はこの星にはないぞ…… つまりなんだ? お前たちは宇宙人だというのか?」

「わ、私たちの住んでいた星は地球といいます。この星が地球ではないのならば、私たちはあなたたちから見て宇宙人…… または異世界人ということになります」

「そういわれても簡単に信用するわけにはいかないな」


 コハルが困った表情で男を見上げると助け舟が入った。


「いてっ! 何しやがる」


 受付のカウンターにいた青髪の女性が、男の足を踏みつけたのだ。


「困っていらっしゃるじゃないですか! 意地悪しないできちんと話を聞いてあげてください」

「分った、分った。分ったから足をどかしてくれ」

「分ればいいんです。ここで立ち話もなんですから、奥の部屋で話しを聞きましょう。それでいいですよね。リゲル隊長」


 カウンター奥の隊長室に案内された灯入たちは、机の前に置かれたテーブルを挟んで、リゲル隊長と呼ばれた男と向かい合うようにソファーに座らされた。


「さて、話を続けよう。まずは名前を聞こうか」

「私はコハルといいます」

「俺は灯入です」

「コハルにトーイね」


 リゲルはテーブルに用意した用紙に、二人の名前を書き込んでいく。


「年は幾つだ」

「じゅうろ…… あっ、この星の一年は何日ですか?」


 コハルは気がついたような顔を作って(・ ・ ・)質問した。


「この星トリスティアの一年は三九二日だが、なぜそんなことを聞く?」

「私達が住んでいた星地球での一年は三六五日ですから、一年が三九二日だとすると私の歳は一五歳ということになります。こちらの灯入は一四歳です。一日の長さも異なるでしょうが比較する方法が分らないのでこのことは考慮していませんが」


 一日の長さまで考慮した二人の実年齢は、地球時間で一七歳のコハルはトリスティア時間で一四歳、地球時間で一六歳の灯入はトリスティア時間で一三歳ということになる。


「なるほど、やけに計算が速いな。で、二人は姉弟(きょうだい)か?」

「はい、私達は姉弟です」


 リゲルが二人の年齢を用紙に書き込んでいると、ドアがノックされ、飲み物を持って先ほどの女性が入ってきた。


「どうぞ、水ですがお飲みください」


 水の入った透明のコップが灯入たちとリゲルの前に置かれた。

 入っている水は冷たいのであろう、コップは白く結露している。


「気が利くな、リファありがとう。暑いだろう、お前たちも飲め」


 部屋の気温は三十℃くらいあるだろうか、灯入たちは顔や首筋に汗を流していたが、それを見ていたのだろうリファが気を使ってくれたようだ。


「ありがとうございます」と灯入たちはリファを見て一息に水を飲みほした。

 部屋の暑さと緊張から来るのどの渇きを覚えていた灯入たち二人は、冷たい水ののど越しに一時の潤いと安堵を覚えた。


 リファと呼ばれた青髪の女性は部屋を出て行こうとしたが、リゲルに呼び止められた。


「リファ、お前も同席してくれ」

「分りました」とリファはリゲルの横に座った。

「さて、まずはこちらの疑問に答えてもらおうか」


 リゲルはそう切り出すと異世界人だという灯入たちが、何故すらすらとトリスティア語を理解し、また、話せるのかを聞いてきた。

 この疑問について、自分たちが異世界人であることを、正直に告げると決めた時から気が付いていた二人は、あらかじめ答えを出していた。

 理由は分からないと。

 どう考えてもうまく説明できない。

 だから分からないことにしようと。

 自分たちが異世界人であることを正直に告げると決めたときも、ではなぜ、トリスティア語の練習を続けたのか、話せないことにした方が不自然ではないか、二人で話し合った。

 結局トリスティア語を話せないと、自分たちが異世界人であることを説明するのも、保護を求めるのも難しいと考えたことが一番の理由なのであるが、そもそも偶然の異世界転移でトリスティアに来てしまったということが、説明不能なのである。

 ならば、突然トリスティア語が話せるようになったことにしても、不自然ではないのであろうか、というのが二人の最終的な見解だった。


「うまく説明できませんが、私たちにも理由は分かりません。気が付いたら森にいて、森から出て、まっすぐこの街まで歩いてきて、人に道を尋ねてみたら何故かトリスティア語が理解できて話せました。このことについては信じてもらう他ありません。そもそも、偶然に何故この世界へ転移してしまったのか、その理由も分からないのですから」


 リゲルはしばらく考え込んだが、この疑問についてはこれ以上説明を求めても答えは出ないだろうと、一旦棚上げすることにした。

 二人が異世界から来たことが証明されればその時に信じようと。


「あまりよく理解できないが、これ以上聞いてもうまく説明できないようだな。では、そろそろ本題に入るか」

 そう告げたリゲルは、灯入たちが異世界人であることを証明するものは何かないかと尋ねてきた。

「証拠ですか」といって少し考え込むそぶりを見せたコハルは、おもむろに、背負っていた日本刀のうちの一本を鞘ごとテーブルの上に置いた。


 単に自分たちが異世界人であることを証明するならば、ブレスレット型端末で光のディスプレイ状タッチパネルを出して操作して見せればよいのだが、それをしなかったのは、トリスティアの科学技術から考えると、トリスティアとあまりにも乖離(かいり)した地球人類の技術力を見せるのは、面倒ごとになると考えたからだ。

 このことは灯入ともすでに打ち合わせ済みで、二人はブレスレットを隠して所持している。


「私たち地球人類の技術力と、この世界の技術力はここに来るまでに見聞きした情報を基に考えると、ここトリスティアの方が若干進んでいると感じました。ですが、私たちの国ではこの日本刀と呼ばれる剣の錬鍛技術が特に秀でていましたので、一度見てもらえませんでしょうか」


 コハルのこの言は嘘も嘘、大嘘である。

 正直に話して、地球人類の遥かに進んだ技術力や知識を利用するために拘束されて、身動きが取れなくなる可能性や、仮に地球の技術がトリスティアに露見したときに、いずれ訪れる急激な文明進化による混乱を考えると、嘘をつくことも、たとえ二人の持つ日本刀を奪われてしまったとしても、それらは些細(ささい)なことであるとの二人の考えであった。


 テーブルに置かれたコハルの日本刀を、リゲルは手に取って鞘から慎重に抜いていく。

 鞘から抜かれた反りをもつ日本刀は、漆黒の(みね)(しのぎ)に濃い焦げ茶色の刃部を備えていて、炭素鋼(玉鋼)で錬鍛された日本刀特有の、鎬と刃部の境界にみられる刀紋は存在しない。

 リゲルが片手で掲げた日本刀は刃渡り一m弱であるが、リゲルはその美しさと重さに驚愕する。

 同サイズの炭素鋼製の日本刀ならば重量は一八〇〇g程度だが、コハルの日本刀はタングステン系の超硬合金製である。

 本来、タングステン系の超硬合金は衝撃に弱く、欠けやすい性質であったが、西暦三四〇〇年代における地球人類の錬鍛技術はこの問題を解決していて、さらに、鉄よりも格段に高い靱性(じんせい)を得るに至っていた。

 また、この超硬合金の比重は、炭素鋼の二.二倍ほどあるので、地球よりも若干重力の小さいトリスティー星でも、コハルの日本刀は四Kg弱の重さになる。

 これはリゲルが使用している刃渡り一.五mの両手剣よりも若干重い。

 リゲルが驚くのも無理のないことであった。


「この細身の剣はなんという重さだ。さらにこの造形、非常に美しい」


 コハルの日本刀を手にしたリゲルの目はらんらんと輝き、なにか良からぬことを考え始めたようである。

 リゲルがコハルを真剣な表情で見て、「ぜひこの剣でためしぎ」まで口にしたところでリファから横やりが入った。


「ダメです! 自重してください」


 リファに止められてしょんぼりうなだれたリゲルであったが、「ゴホン」と取り繕って事情聴取を再開した。

 二人のやり取りを見ていたコハルは、いつのまにかクスっと笑っていた。灯入の表情も緊張感が薄れていている。

 もしかしたらリゲルは灯入たちの緊張をほぐすために、わざとやったのかともコハルは考えたが、リファはまたいつもの悪癖が出たと少々うんざりしていた。


「確かにこれほど素晴らしい剣は見たことも聞いたこともない。コハルといったか、もう一本同じような剣を持っているみたいだが、お前はこの剣を片手剣として二本使いできるのか?」


 リゲルは表情こそ真剣だがいぶかしむような口調で問うた。


「はい、通常は一刀で戦いますが、強敵とまみえたときなどは二刀を使う場合があります。あ、(とう)とは剣のことです。カタナとも言います」


 コハルはまっすぐリゲルの目を見据えながら答えた。

 リゲルの直観ではコハルのこの言葉に嘘はない。

 だてに近衛隊隊長として犯罪者や海千山千の政治家たちの目を見てきたわけではないという自信が、リゲルにそう思わせた。

 コハルはアンドロイドであるので、コハルの表情や目の動きから嘘を見抜くことは不可能なのであるが。

 コハルの二刀を使えるという返答に、またもやリゲルの悪癖が首をもたげる。


「嘘は言っていないようだな。では、ぜひ、今から手あわ「ダメです!」せしないか」


 すかさずリファの横やりが入った。


「隊長、まじめにやって下さい」


 どうやらリファのほうがリゲルよりも立場は上のようである。階級はリゲルの方が圧倒的に上なのであるが。


 少し気まずい表情でリファを一瞥したリゲルは、気を取り直して今度は灯入に話しかけた。


「ところでトーイ、お前の剣、いやカタナといったか、できればそれも見せてくれないか」

「あ、はい。いいですよ」


 いきなり話を振られた灯入は、あわてて了解の意を示すと、片手で背中から刀を抜いて持ち手の方からリゲルに差し出した。

 灯入が極々自然に片手で刀を渡してきたものだから、つい気軽に片手で刀を受け取ろうとしたリゲルであったが、灯入が手を放した瞬間、あまりの重さに刀を取り落しそうになってしまった。

 リゲルはあわてて両手で持ち直し、コハルの刀の時と同じように、今度は立ち上がって刀を掲げた。

 両手で構えてもその重さが変わることがないのだが、自分の両手剣の二倍近く感じる刀の重量にリゲルは戦慄を覚えた。

 こいつらは強い、それは間違いない、もしかしたら自分など足元にも及ばないかもしれないと。

 同時に歓喜にも震えた。

 戦ってみたいと。


「素晴らしい剣だ。どう「いい加減にして下さい」だ……」

「まだ言ってないぞ」


 リゲルは少しむくれてリファに抗議した。


「言っても無駄でしょうが、隊長はその戦闘バカなところをどうにかして下さい」

「分かった。分かったよ。そんなに睨まないでくれ」


 リファはしょうがない人だと諦めた感じで首を振った。


「このカタナは返そう」


 リゲルはそう言うと灯入に刀を返す。


「お前たちがトリスティー星人でないことを俺は信用しよう。だが、正式にトリスティアの保護を求めるにはまだ足りない。こちらのカタナについてだが、しばらく我々で預かって専門家に調査してもらう必要がある。構わないか?」


 コハルは申し訳なさそうに話すリゲルに「しかたありませんね」と返答した。


「これでいいな?」

「ええ、問題ありませんわ」


 リゲルの問いにリファは満足したように頷いた。


「なに、お前たちの保護が正式に決まればちゃんと返すさ」

「ありがとうございます」


 灯入とコハルは、保護の申請がうまくいきそうなことに少し安心した感じでリゲルたちに礼を言った。


「この後も当分は色々と取り調べがあると思うが、安心してくれていい。それから、お前たちの身柄は当面近衛隊が預かることになる。なに、心配することはない俺が責任を持って身の安全を保障する」


 近衛隊は王族の身を守ることこそが本来の姿である。

 それはここトリスティアにおいても変わることはない。

 だがしかし、リゲルは灯入たちに興味を抱いた。

 いや、興味というよりは灯入とコハルがこれからこの国で何を成し遂げるのか、どんな活躍をするのか、自分の近くに二人を置いて見届けたいという願望のほうが強いのかもしれない。

 もし、王国軍の横やりが入ればあの方を引き込むさ。

 いや、横やりなどなくてもあの方の性格からしてあの方自ら飛び込んでくる可能性の方が高そうだが。 などとリゲルが考えていたことを灯入たちが知る由はない。


 このあと当面、灯入たちは近衛隊詰所にある休憩室にて保護されることになった。

 灯入たち二人を休憩室に案内した後、隊長室では。


「俺の意見はさっき言ったとおりだが、リファはどう感じた?」 

「ええ、彼らを信用していいと思います。それから、ひとつ報告しておくことがあります。二人から魔力の波動を全く感じませんでした。二人の魔力はゼロだと考えられます」


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